空家
黒崎燐とシャリィ・レイン達は『プリデン城』から離れようと歩き続けていた。本来ならば全力で走って距離をとってもいいのだが、彼女らが挟むようにして囲んでいる場所には子供達がいる。故にゆっくりと時間をかけて歩くしかない。
「鉈内は、大丈夫だろうか……」
「大丈夫ですよ。鉈内さんは強いですから……多分」
「おい、多分って何だ多分って。安心させる気ないだろうお前」
シャリィ・レインが不安に思っている気持ちは黒崎には分かる。相手は何百・何千という規模の大軍勢だ。鉈内はそれだけの大群の中に単身で突っ込んでいるのだから、誰だって心配の一つや二つはするはずだ。
黒崎が立案した作戦とはシンプルかつ一番納得ができる方法だ。
鉈内翔縁がダルク・スピリッド達へ『プリデン城』の撤去をなしにするよう頼む。その間にシャリィ達が殺されないよう黒崎は彼女たちの護衛を務めるわけだ。
これ以上の案はなかった。
敵の目的・『プリデン城』の撤去が消失しない限りは邪魔になるシャリィ達を連中は殺しにくる。しかしかといって、シャリィ・レイン達の家である『プリデン城』を受け渡す気は毛頭ない。それでは相手の思う壺にも程がある。
「シャリィさん、とりあえずここらで一休みしませんか? ここは森の中ですし、どこか開けた場所があればいいんですけど」
「あそこに空家があるな」
シャリイが指指した方向には一軒の木製で出来たレトロな小屋のようなものがあった。おそらく彼女の言うとおり空家だろう。焚き火の跡や薪割り用の斧などが散乱しているところからして、以前は誰かが住んでいた可能性が高い。
「じゃあ、ひとまずここに避難しましょうか。子供達も疲れてるだろうし」
「ああ、わかってる。さすがに歩きすぎて私もヘトヘトだからな、子供が平気なはずがない」
玄関のドアを開けて中へ入った。評価すれば予想以上に綺麗なままだったようだ。木製だからこそ、シロアリやカビなどが侵食しているのではと悩む部分があったが、室内は想像を超えてくれた綺麗さを保っている。
「シャリィお姉ちゃん! なんかここすっごいよ! すっごくてすごい!! 全部が木で出来てて不思議な感じだね!」「ここもここも! なんで椅子とかテーブルも木なんだろう。ソファとか置いてないんだね」「ここって誰か住んでたの? 何か落ち着くね木で出来た家って」
はしゃいでいる子供達を目にしながら、黒崎は椅子に座っているシャリィに微笑んで純粋な心情を口にした。
「はは、なんだか皆さん元気な子達ですね。なんかもう、見てるこっちが癒されますよ」
「まぁ、ロウンさんが死んでからは私が育ててきたからな。ロウンさんは甘かった分、私が厳しく育ててきた。だから間違った人間にはさせないつもりだ。―――今戦ってる街の人間のような、な」
「……ええ、それは大事なことですね」
静かに同意した黒崎。
彼女はコクリと頷いてから、
「ですけど、やっぱり子供にとって親は絶対的ですからね。あんまり厳しすぎると消極的な子になっちゃうかもしれませんから、ほどほどにしてあげてください。今では、シャリィさんがお母さんみたいなものですから、頑張って面倒をみてあげてくださいね」
「分かっている。なんだ突然、まるで私が危ないことをして子供達の前から消えてしまうような雰囲気じゃないか」
「いえ、なんというか……。シャリィさんは我が家を取られそうになっている現状に、敵の親玉を一直線に仕留めにいきそうな感じがするので」
黒崎の言葉にシャリィはしばし沈黙する。
が、急に苦笑するように肩をすくめて、
「私は確かにダルクを含む街の人間は殺してやりたいさ。なんせ、私達の父親をあいつらは殺して、今度は私達を狙って動いてる。それも私達の家を撤去するために。―――どれだけ私達を苦しめればあいつらは気が済むのか分からないよ。親も殺されて、今じゃ自分たちが殺されそうになってて、挙げ句の果てには我が家まで奪われそうになっている。この状況で私が暴れていないことを褒めて欲しいものだ」
「……ええ、わかってます」
「なら、嬉しいね。だから私は鉈内を信じることにするよ。あいつは今、私達のために動いてくれているのだから、私が戦場へ向かったらそれこそ最低な行為だ。ダルクの奴を殺すのだって、天国にいるロウンさんが笑ってくれるはずもない。―――だから私はこうしておとなしく逃げている。もちろん、今でも街の連中を許してはいないがな」
「それで正解だと思いますよ。いや、そもそも正解なのかどうかは私じゃなくてシャリィさんが決めることですね。でも、私がシャリィさんのような境遇だったら同じ考えに乗っ取って行動していると思います。もちろん同じ境遇になってなんかいませんが……それでも、多分、私はシャリィさんと同じ道を歩んでいたはずです」
シャリィは思わず笑った。
どこか、寂しげな顔を浮かべて呟く。
「はは、そうだな。その言葉だけでも、私は十分なくらいに不安が解けたようだ。誰かに『正しい』と言ってもらえただけで、それだけのことで、私はかなり肩の荷が下りたようだ。今までは、君のように話を聞いてくれる相手も街にいなかったからな」
「っ! そう、でしたね。だってシャリィさんたちは街の人間全員に敵視されてたんですもんね」
そのとおり。
今になって気づいたことだが、シャリィ・レインの苦しみが生半可なものではないことが理解できた。
父親を理不尽な理由から殺されて、長女だった故に必然的なことだが何十人という子供達の世話をして、街の人間には誰一人として頼れる者はいないまま、ずっとずっと孤独の中で子供達を守り続けていた。
それがシャリィ・レインの今までの人生だ。
あまりにも酷すぎる。本当にそのままの意味で、たった一人で子供達の世話をして、家事をして、育てて、守って、生きてきた。母親なわけでもないのだから、子供達の面倒をみる覚悟だって当時はできていなかったはずだ。
しかし。
彼女―――シャリィ・レインはやり遂げてきた。
ずっとずっと、彼女は子供達を守り続けてきたのだ。親もいない、友達もいない、知り合いもいない、親戚もいない、いるのは自分一人だけという状況下で立派に子供達の手を引いて毎日を歩んできたのだ。
「すごいですね……シャリィさんは」
「ん? 何がだ?」
「いえ、その……あなたは本当に凄い人だなと。本当に、あなたはご立派ですよ」
「褒められるようなことは一切していないがな」
鼻で笑ったシャリィ・レインは黒崎に視線を向けて、
「私にとって子供達は家族だ。だからこそ、子供達を守るという行為には純粋に幸せを感じていたさ。料理を作って食べさせれば美味いと言ってくれる。遊んでやれば笑ってくれる。怒ってやればごめんさいと謝って人間として成長してくれる。ただそれだけのことに幸せを感じていた。だから好きで子供達を育ててきただけだ、決してロウンさんの代わりになった覚えはない。あの人の跡をついだとは思っているが、私は代わりとしてではなく一人の長女として人生を歩んできた。―――確かにつらいときもあったが、それ以上にかけがえのない家族達を見捨てるのだけは死んでも嫌だ。自殺しようかと思ったが、子供達の顔が浮かべば生きる力が湧いてくる。だから今日まで、今日も、これからも頑張っていくつもりだ」
その凛々しい姿には、本当の意味で黒崎燐は憧れを抱いた。ここまで美しく強い存在が自分と同じ『女』なのかと思うと、同性であることに素晴らしささえ感じる。同時に自分は彼女よりも女として―――人間としてまだまだだと思い知らされた。
黒崎は再度、こう言った。
本心からこう言った。
「やっぱり、あなたは凄い人ですよ」




