空に息を潜める一流の悪人と最強の悪魔2
一流の悪人はさらに続けて、薄く笑いながら事実を伝えた。
「テメェらは『エンジェル』に家族だの恋人だのを傷つけられたから『こっち側』に来たとかなんだろう。だから上からの命令に従順に従って張り切ってんだろうが―――俺は違う。ぶっちゃけ『エンジェル』なんざどうでもいいよ。怪物の力ァ使って世界を変える目的が連中の目標らしいがマジでどーでもいい。俺が今こうしてテメェらと渋々手ェ組んでんのは『エンジェル』を倒して世界を救おう! 的な少年漫画みたいな理由じゃねぇから」
一流の悪人は邪悪な笑みと共に告げる。
「俺は俺の身内を巻き込みやがる命知らずなクソ共を潰すだけだ。それがテメェらになったらテメェらを殺すし、どっかの国だってんなら一国ぶっ潰すし、神だろうと仏だろうと殺す。分かるかなー? 俺は身内に牙向けやがるクソ野郎なら誰だって―――ホント殺すぜ? それが味方だったお前らだろうと神様だろうとな」
自分が仲間と認めた者以外の敵になった者には慈悲も情けも容赦もかけずに命を刈り取る。しかしそれは『仲間を守る』なんて善行ではなく『仲間とは守って当然な故に評価される行動じゃない』のだ。そして結果的には『暴力で蹂躙』している故に悪行。―――『誰も救わずに敵だけを潰す』という『本物の悪』だ。
そう思考した一流の悪人は凶悪に笑う。
「なぁ小僧。もしかしてまた仕事とやらが終わったら遊べるのか? ここは外国だし、帰りに観光していこうではないか。我輩はロンドンにいきたい」
「言っとくがパスポートなしで不法侵入してんだぞ俺ら。んな堂々とワイワイやってヨーロッパ観光なんざできるわけねぇだろ」
「な、なに!? では一体、我輩と小僧は今日どうするんだ? 片道移動だけでも十時間以上はかかったんだぞ? 今日、お仕事おわして速攻で帰っても明日の朝になるではないか」
「……これだけは言いたくなかったが」
溜め息を吐いた一流の悪人は腕に絡みついている悪魔に言った。
言いたくないけども、いつかは言うことになる事実を。
「今日はフランスに宿泊だ。帰りは明日の早朝。パスポートなんざ持ってねぇから念のためお前が望むような観光はしねぇが宿で寝泊りはする」
瞬間、
悪魔は目を見開いて呆然と呟く。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………我輩と小僧の二人で?」
「……二人でだ。他の奴らも適当に宿を探すらしいからな」
「さっさと狙いの小虫を殺すぞ。小僧の理性も夜に抹消してやる。ふはは、ジーザス!! 妊娠できるぜベイベー!」
「……だから言いたくなかったんだ、クソったれ」
吐き捨てるように呟いた一流の悪人は、やたらと発情している悪魔の脳天にゴンと拳骨を落としてから、
「おい、さっさと開けろ」
運転席に顔を向けて命令する。
一流の悪人の恐ろしい量の殺気だった目がギョロリと運転手を睨む。窓ガラスにその視線が映ったことで、急いで運転手は飛行機の尻のほうへあった出動用の扉を開けた。
ガガガガガガガガ!! という派手な音と共に、風圧が凄まじい外へと飛び出せる入口が出来上がる。
「小僧小僧! 我輩お尻は怖いから優しくやってな!? あ、いや無理やりするのもカモーンだからガンガンこい! 腰も含めてガンガンこい!」
「そのセリフ次ィ吐いたら泣かすからな。ホントに殺すからな」
ガッツポーズしてる悪魔に淡々と忠告した彼は、最後の最後で面倒くさそうに息を吐いた。首を横に傾けて関節を鳴らし、隣にいる悪魔の小さな手を握って―――
「行くぞ、クソったれの残業時間だ」
高度二千メートルの飛行機からあっさりと飛び降りた。
しかしそれでも一流の悪人は動じない。悪魔と手を握っているほうの手ではない片手はポケットに突っ込んだままで、ありなえないほどの余裕が感じられる。
一方の悪魔は楽しそうにスカイダイビング気分を味わっていた。
「うわうわ! 小僧、これは面白いな。なんだかお股がスースーするぞ。ノーパンになった気分だ……しかも下はフランス……あ、これってすごいプレイな気がしてきた」
「生々しい例えやめてくんないかなァ!!」
イラついた調子で言った一流の悪人は、握っていた悪魔の手をぐいっと自分の胸へ引き寄せる。そうして悪魔の小さな体を正面から乱暴に抱きかかえて、
「ほら、さっさと中に戻れ」
「え、えへへへへへへへへ。小僧に抱きしめられてる小僧に抱きしめられてる、ダメだもういっそ死んでもいい!」
「お、おいちょっとお前なにしてんだ!? さっさと戻らねぇと俺が死ぬだろうが!!」
「い、一緒に死なないか? 我輩はもう小僧の童貞とかどうでもいいくらい幸せだぁ。もう小僧にこうやって抱きしめられてるだけでイイ。死のう? もう死んじゃおう? 一緒に死んであの世で初夜しよう?」
「結局テメェ童貞諦めてねぇじゃねぇかよ!! っつか目がマジだからやめろ! 本当にさっさと戻れ!!」
不満そうに頬を膨らませた悪魔は、ようやく一流の悪人の体へ戻っていった。その結果、霧が晴れるように消えた悪魔の代わりに、一流の悪人の右目周辺には禍々しい紋様が浮かび上がる。まるでタトゥーのようにも見えるその紋様を貼り付けた顔を歪めた一流の悪人は―――凄まじい勢いで木々が生い茂った森のような場所に着地した。
ドガン!! と下半身から衝撃が走り抜ける。地面にもビシビシと亀裂が走って行き、衝撃波によって辺の木々が薙ぎ払われる。
しかし、それだけの高さから着地した一流の悪人には傷一つついていない。
「ったく、これだから遠征的な仕事なんざ引き受けたくなかったんだよ」
一流の悪人はポケットから携帯電話を取り出した。画像フォルダから一枚の写真―――今回のターゲットの顔が映ったそれを見て、鼻を鳴らす。
「フン。まぁいい、殺しゃいい話だ」
彼は笑った。
写真のターゲット―――クソッタレな小悪党に向けて極悪な笑顔を誕生させた。
そして薄暗い森の中で。
魔王の宣言が響き渡る。
「授業の時間だァ小悪党。本物の悪ってモンを教えてやンよ」
携帯を片手で畳んでポケットに戻す。
そして笑みを絶やすことなく歩き出した。
当然ながらその顔には、
「ちっぽけな悪人風情が調子に乗りやがって。とっととシバいて終わらせてやる」
悪人らしい肉を喰らう笑みが研ぎ澄まされていた。




