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上の連中

 鉈内翔縁、雪白千蘭、七色夕那は、自身の過去に対するショックが抜けきれずに、気絶してしまった世ノ華雪花に声をかけた。

 彼女は死んでしまったように目を閉じていて、ショック死でもしてしまったのかと不安に思ってしまう。

「世ノ華、大丈夫なの!?」

「鉈、内……」

 自分の名を叫ぶ特徴的な茶髪の少年の顔を見て、世ノ華はようやく目を開ける。

「私は一体……」

 頭を押さえながら、呟いた。

 若干の頭痛が残っていることに眉根を寄せていると、雪白や七色の心配する声も聞こえた。

「世ノ華、今はまだ休んでいろ。私たちも今の状況を飲み込めていない」

「確かに、お主はそれでなくとも精神的に疲労しておる。大人しく座っていろ」

 いたって普通の気遣いだった。

 無下にするものではない。

 しかし、彼らの言葉には耳も傾けず、世ノ華は辺りを見渡して強く言った。

「兄様は!? 兄様はどこにいるの!?」

 そう。

 気づけば、夜来初三と豹栄真介の姿がどこにも見当たらなかったのだ。

 故に、絶叫するように尋ねたのだが……。

「あそこ、だね」

 鉈内が引きつった顔で指をさす。夜来初三がいる場所を示しているのだろう。

 そしてその指が示す問題の方向とは、

「そ、空……!?」

 世ノ華は勢いよく立ち上がって、天空へ向けて顔を振り上げた。

 輝く星。

 光る満月。

 しかし、優しく降り注ぐ少量の雨はとどまってはいない。

 そして。

 それだけの環境が整っている空では、二つの物体が何度も何度も衝突を繰り返していた。その衝撃の余波によって木々は風圧で曲げられ、雲は裂かれて大地にヒビが入る。空気は振動し、空間は大きく揺れてしまっていた。


「う、おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 夜来初三と激しい空中戦を繰り広げている豹栄真介は、咆哮を轟かせて翼を大きく羽ばたかせ、目標に突っ込んでいく。

 夜来は指をパチンと鳴らした。

 そして、

「落ちろ」

 無慈悲な一言が響くと同時に、豹栄真介の背中に大きな衝撃が走った。

 言葉通り、重力に引っ張られるように急速で落下していった彼は、爆音を上げて地面に激突して転がっていく。

「ごほ、がはっ!!」

 背骨が折れて内蔵が消し飛ぶほどの威力だったが、彼には『不死身』の力が宿っている為、外の傷も中の傷も瞬間再生で元通りになる。

「クッソ、むちゃくちゃすぎんだろ……」

 豹栄は愚痴るように呟いた。

 しかし、再生したばかりだというのに再び彼に恐怖が襲いかかる。

 ギュン!! と音を立て、一瞬で悪魔は移動してきた。地面に両手をついた格好の豹栄のすぐ傍に、夜来初三はポケットに手を突っ込んだまま彼を見下ろす。

 そして右足を後ろに軽く引いてから、

「火星あたりまでいっちょ飛んでこいよ」

「―――っが!?」

 言い放ち、情けなど一切かけずに、這いつくばっている豹栄の顎を蹴り飛ばした。

 バゴン!! と轟音が鳴る。しかも魔力が込められている蹴りだ。その分威力は絶大なため、真上に存在する天空へ吹っ飛んでいった。

 雲を突き抜け、夜空に上昇していく豹栄。即座に骨ごと粉砕骨折させられた顎の再生を行って、態勢を立て直そうと考えた瞬間、

「ンで、もういっぺん落ちろ」

 自分の顔を鷲掴みした悪魔の手。

 ギョッとした豹栄だったが、もう逃げ場はどこにも存在しない。

 夜来初三は獲物の顔面をより一層握り締めたあと、黒翼を大きく動かして自分ごと一直線に急降下する。

 結果。

 ドオオオオオオオオオオオオオオン!! と、地盤を木っ端微塵にぶち壊すほどの威力で、豹栄の体を叩きつけてやった。

 が、これでは終わらない。

 彼は赤黒い瞳をうっすらと細めて、

「散れ」

 掴んだままの豹栄を上空へ投げ飛ばす。

 飛んでいく彼に照準を合わせるように人差し指を突き出して、街一つを飲み込むレベルの黒い魔力を放出させた。その音さえも壊す恐怖の一撃は、もしかしたら空間そのものすら破壊してしまう可能性も秘めているのだろう。

 爆音と破壊の爪痕だけがその場には残り、立っている者は悪魔の少年だけ。

 だと思ったのだが、

「肝が冷えたぞコラ」 

 ぼやくように言い、土色の翼を上下させて笑う豹栄真介の姿が夜空に映った。

 やはり、死なない。

(これでも……ダメだってのかよ)

 限界までサタンに染まり、全力を振り絞った魔力をぶつけてやっても、彼は再び生き返ってしまう。

 ……勝てない。

 そう、本能的に思ってしまう。不安を抱いてしまう。

 ゴクリと生唾を飲み込んだ、そのとき。

「ご無事ですか、兄様!!」

 世ノ華雪花の声に続いて、今までの戦いを約束通り見守っていた仲間達が姿を現した。

 やはり、夜来の判断は正解だった。

 夜来初三がここまで呪いの力をフルパワーで振るっても、豹栄真介には一切通じない。ならば、七色達が共闘してくれたとしても結果に変化はないだろう。ただ殺されるだけだ。

「雪花……」

 そこで、妹の顔を見て呟いた豹栄の顔に動揺が走った。

 おそらく、自分のしたことを悔やむあまり、世ノ華に合わせる顔がないからだ。

 確かに豹栄は世ノ華を救った。両親から救った。しかし、両親からは救ったが、その代償として世ノ華は滅亡させられてしまったのだ。人間関係も、彼女自身も、何もかもが滅亡してしまった。

 それを行った張本人が自分だと自覚しているのなら、動揺の一つ程度はする。当然の反応だった。

「……雪花、どけ」

 豹栄が小さく言った。 

 当然、先ほど暴かれた豹栄の事実よって世ノ華も動揺が残っている。さらに『手出し』をしないという夜来との約束もあるため、口を開かずに身を引いた。

「おい。テメェ、俺を殺すことにゃ手を引けねぇのかよ」

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ。お前を殺せって上から言われてんだ。命令に背いて俺だけが傷つくならいい。だが、雪花にまで危険がいく可能性だってあんだ。上は何をしでかすか分からねぇ」

「……面倒くせぇ野郎だ」

 豹栄真介の本性が、ここまで妹想いの兄貴だったことに慣れないのか、夜来は吐き捨てるように言い放った。

 世ノ華も豹栄の態度に困惑していて、自分がどう反応すればいいのか分からずに突っ立っている。

 雪白はそんな彼女の方に手を置き、

「大丈夫だ。夜来がなんとかしてくれるさ」

「雪白。あんた……」

 次に、世ノ華は頭をポンと叩かれた。

 振り向いてみると、そこには鉈内がいつもの笑顔を浮かべていて、

「やっくんは自分で決めた『守る存在』は何を犠牲にしてでも守るよ。たとえ全人類を殺すことになっても、自分が死ぬことになっても、やっくんは自分の『守る存在』だけは何を壊してでも殺してでも守る……そういう馬鹿な人間だよ」

 視線を落とせば七色もいる。彼女も不安など一つも混じっていない顔で、

「そうじゃそうじゃ。あの不良息子は『自分の「守る存在」を助ける為ならば邪魔な存在を容赦なく殺す』ような人間じゃ。じゃから、何をしてでも必ずお主を救ってくれるはずじゃ。必ずな……」

「……そう、ですね」

 視線を前方にいる夜来初三に移す。

 彼の姿は、明らかに悪役そのものだった。

 背中から生えた巨大な黒翼。全身黒ずくめの格好だからこそ、さらに輝きを増している銀髪。瞳は赤く染まっていて、眼球は黒一色の赤と黒で構成された怪物の魔眼だ。さらに皮膚を覆っているのは『サタンの皮膚』を表す禍々しい紋様。

 戦い方も、その悪魔の姿に似たようなものだ。

 敵には容赦も情けも躊躇いも慈悲さえも見せずに完全確実に排除し、場合によっては命すらも奪う。地獄を与えて絶望をプレゼントする戦法だ。

 以上のことから、外見も中身も到底『善人』には思えない。

 しかし、


 そうして冷酷になることで絶対に『守る存在』だけは守り通すのも、彼の姿である。


(兄様は、本当に私を救ってくれる……)

 黒翼を羽ばたかせて浮上していく夜来初三の姿を目で追いながら、思う。

(兄様なら、私の中にある……モヤモヤも消し去ってくれるはずだ)

 豹栄真介が実は自分の為に今まで行動してきた事実を知ってからとうものの、世ノ華の心には晴れることがない煙のような存在が根を張っていた。

 そうそう、消えるものではないだろう。

 しかし彼ならば、夜来初三ならば、それさえも『壊す』ことが出来るかもしれない。

 壊してくれるかもしれないのだ。

(頼りすぎだよね……私)

 しかし、夜来に甘えきっている自分に怒りを覚えているのも、今の世ノ華雪花だ。

 だが、今回だけは甘えるしかない。頼るしかない。

 なぜなら力さえ不足な彼女には、やれるべきことが現在は何も存在していないから。

 だから信じて待とう。

 そう決意して息を吐いたとき。

「っ!? だ、だれ!?」

 大きな足音が背後からした。

 七色達も彼女の叫び声によって気づいたようで、バッと振り返って戦闘態勢を取る。

 おそらく『凶狼組織』の生き残りだろう。七十人もいたのだから、まだ戦意が溢れたままの者もいるはずだ。そう敵視しして構えをとったのだが。


「初めまして、夜来初三の関係者様方」

 そこにいたのは『凶狼組織』の者ではなかった。武装すら一切せずに趣味の悪い金色のスーツで身を包んでいる二十代程度の若い男。金髪が混じっている黒髪をオールバックに固めていて、何より服装の趣味が酷すぎるため強く印象に残る。


 一般人とも思えない雰囲気から、警戒を解かずに七色夕那が口を開いた。

「お主、どこの誰じゃ? 自己紹介ぐらいせんか馬鹿者が」

「申し訳ありません、七色夕那さん。それと雪白千蘭さんに鉈内翔縁さん。そして世ノ華雪花さんにも無礼な真似をしました」

 わざとだろう。

 意図的にフルネームを出すことによって『お前らのことは全て知っている』と伝えているのだ。鉈内は彼の態度がカンに触ったのか、一歩前に出て笑顔だけは崩さずに尋ねる。

「んでんで? 君はなんていう名前なのかな。やっくんのことも知ってるみたいだけど、あれかな? やっくんのストーカーなのかな? 変態さんなのかなー?」

「いえいえ。私には同性愛などという特殊な恋愛感情は微塵もありませんので違いますよ」

 男は鉈内と同様に、にこやかに笑ってゴホンと咳払いをしてから、


「私は『凶狼組織』の活動スケジュールを決める……いわば彼らの上司ですね。今回、夜来初三の殺害命令を出した張本人でもあります。名前はお伝えできません」


「「「「―――っ!!」」」」

 七色達全員が確信した。 

 目の前の男こそが、夜来を殺そうと企む黒幕。『凶狼組織』のリーダーである豹栄真介が言っていた『上の連中』の一人であることに。

 雪白千蘭はキッと男を睨みつけて威圧するように言い放つ。

「なぜ、貴様らは夜来を狙うんだ」

 もちろん、正直に向こうが答えるとは思っていない。そう簡単に聞き出せるだなんて微塵も考えていなかったが、一応聞くだけ聞いてみただけ程度の質問だった。

 しかし、結果は予想外なもので、


「彼が欲しいんです」

 

「……なん、だと?」

 あっさりと返答を返してきた。

 当然、その意味が分からない言葉には眉をひそめる。

「今回の殺害命令は、夜来初三の戦闘能力を測るためのものでした。万が一夜来初三が死にかけた場合は、僕が止めに入ってました。いわばテストのようなものです。『凶狼組織』には全力で戦わせるために『殺害命令』を出しましたが、それも嘘です。ご安心してください」

「夜来が欲しい、ということはどういうことだ……?」

「そのままの意味ですよ。あ、本当にゲイとかじゃありませんからね?」

 男は上空で繰り広げられている豹栄真介と夜来初三の戦いを見て、心底感心するように目を見開いた。

「わー、すっごいですね。きちんと『サタンの呪い』を扱えてますよ夜来さん。豹栄さんも『ウロボロスの呪い』を使いこなしてますけど、どっちもどっちですねぇ」

「……お主が一体何を目的にしているかはわからんが、『呪い』のことを知っているということは『悪人祓い』だったりするのかのう」

「あー、まぁ多少の詠唱とかはできますけど、七色さんほどの力は僕は持ってないですよ。はははっ」

「して、お主は一体儂たちに何のようじゃ? 別に儂たちと雑談をしにきたわけじゃないのじゃろう?」

 本題に入るよう、面倒くさそうに七色は言った。

 すると、男の笑顔の質が変わった。

 笑みに変わりはない。ただし、どこか邪悪な雰囲気を放出してくる黒い笑顔に変化した。

 そして口を引き裂くように開けて、

「豹栄真介さんは世ノ華雪花さんのお兄さんです。なので、一応妹さんに事前報告に参りました」

「わ、私……? い、一体なんなのよ」

 男はうっすらと目を細めて、


「もう夜来さんのテストは終わりです。なのであなたのお兄さん、豹栄真介さんを回収しますので今後しばらくはお兄さんとご対面できなくなります。よろしいですね?」


「―――え?」

 そう言い残し、世ノ華の返答も待たずに、男は上空へ勢いよく跳躍した。

 ロケットのように飛空していった後、豹栄と夜来の間に割り込むように浮遊する。

「豹栄さん。もう帰投の時間ですよ。あなたはよくやりました」

「っ!? う、上岡さん!? な、なんでここに……というか、まだターゲットを始末していません」

「話は後です。既に今回の戦闘で起こった死体や負傷者の回収や証拠隠滅は済ませてあります。帰投、しますよね?」

「……もちろんです」

 上岡の指示に従う決意をした豹栄真介は、地上にいる自分の妹に視線を落とした後、渋々といった風にゆっくりと頷いた。

 確かに『殺害命令』に反する行動に納得がいかない豹栄の気持ちは分かる。

 上岡は彼の気持ちも考慮し、きちんと説明を後でしてやろうと適当に考えてから、ふと視線を正面に戻した。

 そしてそこには、

 

「青二才が。調子に乗って割り込んでンじゃねぇよ」


 血走った両目をギラつかせて、目と鼻の先の距離で獰猛に笑っている悪魔がいた。

 夜来初三は右手の関節を鳴らした後、きつく握り締めて魔力を込めた拳を上岡の鼻っ柱にぶち込んだ。

 ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!! と轟音を立てながら魔力の爆発を巻き起こしたその攻撃に上岡は飲み込まれる。

 さらにそれだけでは収まらない。

 落下していき、地面に倒れふした彼をゴミを見るように眺めた夜来は右手を横に突き出した。

 すると。

 ズオオオオオオオオオオオッッ!! と、徐々に手のひらから莫大な量の黒い魔力が溢れ出していき、烈風を作り上げながらも渦を描いてある形へ変化していった。

「鮮やかに消失させてやンよ、ドクソが」

 そうして出来上がったのが―――全長二百メートルはあるだろう、魔力で構成された巨大な漆黒の剣である。

 あまりにも大規模すぎるその光景に目を奪われているのは、敵である豹栄真介も含めてこの場にいる全員だ。

 夜来は口元を歪めて、その大剣を頭上に振り上げ、

「失せろ。青二才」

 全力でターゲットに向けて振り下ろした。

 次元すらも切り裂いてしまいそうな力で収束されている暗黒の剣は、ドス黒さを一際強めた気がした。

 そして。

 目標に激しく激突する。

 その瞬間―――地球は震度七以上になる揺れに一度だけ襲われ、近くの街では爆音によって様々な混乱が巻き起こり、地球そのものに大ダメージが与えられた謎の現象が発生したと、後のニュースでは語られるだろう。

 

 絶対的な破壊の一撃だった。

 その気になれば地球そのものを一刀両断できるレベルの力だったはずだ。

 あの衝撃で地球の位置は下手をしたら数メートル程度下がった可能性だってある。惑星自体に影響を与えるほどの圧倒的な破壊の嵐だった。

 なのに、それなのに、

「今のは本当にやばかったです。僕、間違ったら死んじゃいましたよ」

 上岡という男は、頭から血を流すだけの怪我で、いつのまにか夜来の背後に浮遊していた。

 しかも、

 余裕の笑顔を浮かべている。全然、まったく、ほとんどダメージになっていない証拠だろう。

「今のを避けるたァ、運動バカの才能はありそうだな」

「あはは。まぁ、それより。ここは一度お互いに手を引きませんか? 私としては、あなたを傷つけたくないんですよ」

「人の喧嘩に首っ突っ込んできといて、なァに寝ぼけた事ォほざいてンだクソが。散らすぞ?」

「短気な性格ですねぇあなた。でもまぁ、そういったところも私は気に入りました。……少しならばお相手しましょう」

 気づけば、上岡の体が大きくなっていた。

 いや、違う。

 正確には、反応できない速度でこちらとの間合いを詰めてきたのだ。その錯覚として、体が巨大化したと勘違いしたのだろう。

「やんちゃな子には少しお仕置きをしましょうか」

 上岡は懐から取り出した十字架の形をした短剣を振り上げた。

 狙いは夜来の肩。

 関節の部分にねじ込むように押し込むつもりだ。

(コイツ、物理攻撃が俺に通用すると思ってんのか……?)

 自分の最強の矛にして最強の盾でもある『絶対破壊』は常に展開しているので、今の夜来に何か攻撃を加えたとしても届くはずがなかった。なぜなら全て壊されるから。

 故に、夜来は何のアクションも起こさなかったのだが……。


 ―――ダメだ小僧!!


 ふと、そんな叫び声が彼の脳内に響き渡った。

 さらにもう一つ。予期せぬ事態が現在進行形で発生していたようだ。

 それは。


「おい小虫。貴様、誰の男に手を出したか、理解しているのだろうなァ?」  

 

 夜来の肩に突き刺さる寸前の短剣の刃を、握りつぶす勢いで掴み取っている真っ白で細い腕。それを辿っていくと、小さな肩や可愛らしいゴスロリ服の一部分が目に入る。中学生程度に見える幼い顔立ちに、小さな身長。輝きが激しい長い銀髪が恐ろしいほどに光っていて背筋を凍らせる。

 それは夜来初三の胸から上半身だけを出現させていて、未だに短剣を掴み続けている。

「―――っ!? こ、ここで登場とは……しかも『半実体化』で現れるだなんて、やはりあなたは規格外の存在ですね……!!」

「黙れ。そして早急に失せろ……小虫風情が」

 バギン!! と、ついに彼女は短剣そのものを握りつぶしてしまう。

 当然ながら、その小さな手に傷は一つもない。

 上岡は悔しそうに舌打ちを吐いて後ろへ飛び下がり、再び懐から予備の短剣を抜く。

「なっ!? な、なんでお前が……」

「すまないが、小僧。一度だけ我輩は出て行くぞ」

 突如現れた、見覚えのある少女の後ろ姿に動揺した夜来。

 少女は彼の身体から今度こそ、下半身も含めて完全な状態で人間界へ出現する。

 すると、夜来初三の顔から紋様は消えて黒翼も消失し、銀髪の髪も元の黒髪へと変化した。両目も既に魔眼から通常の黒目へ形を戻している。

「テメェ、マジふざけん―――って、おいコラ落ちる落ちるふざけんなクソったれが!!」

 さらに浮遊能力も失ったのか、重力に従って落下しそうになってしまう。

 それを防ぐために少女が夜来を抱きかかえ、

「七色!! 小僧を守れ!!」

 地上に待機している七色のもとへ狙いをつけて投げ飛ばした。

 頼みごとをされた側である彼女は、一々呪文などを使うのは面倒くさいと判断し、

「翔縁、行け!!」

「ペットみたいに扱わないでくれるかな!?」

 運動神経に優れているチャラ男に命令を下した。

 不満はあるものの、即座に鉈内が落っこちてくる夜来を空中でキャッチし、衝撃を吸収する着地の仕方で地に降り立った。 

 が、しかし。

 ジタバタと夜来は暴れまわりはじめる。

「離せゴキブリ野郎、アホの病原菌が移るだろうが!! なに気安く触ってンだ!!」

「命の恩人にその態度はないでしょ普通!?」

 額に青筋を立てた鉈内は笑顔を維持したまま堪忍袋そのものが切れたようで、担いでいた夜来を背おいなげで地面に下ろしてやった。背中から着地した夜来は『あがっ!?』と痛みによって声を上げる。

「なにすんだコラ!! 普通ゆっくり丁寧に下ろすだろうがクソ野郎!!」

「はああああ!? せっかく空から降ってきた美少女でもないゴミやっくんを助けてやったのに、開口一番あんなこと言うのが悪いんでしょ!?」

 ハッとした夜来は立ち上がって、

「空―――っ! そうだ、あのクソ悪魔はなにをやってんだ!?」

 普段は自分の中に潜んでいるはずの大悪魔サタン。

 彼女は日中は常に夜来の中に居続けることで彼の『日光』のトラウマの再発を防いでいて、夜間も一日の疲れが夜来はたまっているだろうと気遣いをし、ほとんど出てくることはない。

 さらに現在のように戦闘中ならば、尚更、夜来初三の身体から出るということは彼から『力』を奪うことに等しい。サタンが夜来の中にいなければ、彼はナイフ一つで怪我を負うだろう。よって、サタンが彼から出てくることは早々ありえないことなのだ。

 もちろん、サタン自身は夜来と顔を見て話したいし、触りたいし、他にも様々なスキンシップを取りたい。

 だが、

 自分が彼から出ていくことは大量のリスクや危険を招く行為だと自覚しているので、彼女は夜来の中で普段は大人しく眠っているのである。

 が、今回はその危険な行為を承知の上で行ったのだ。

 なにか、それ相応の理由が彼女にあるのだろう。例えば、雪白が清姫に乗っ取られた際に夜来が絶体絶命のピンチに遭ったときのような。

「兄様、お怪我は!?」

 上空で上岡という金色のスーツを着た男とにらみ合っているサタンを凝視していた夜来に、ふとそんな声が耳に入った。

「クソガキ二号……」

「あはは。よかった。いつもの兄様ですね」

 目の前で安堵の息をこぼす世ノ華を見て、夜来は『ああ』とだけ言葉を返した。

 さらに彼女に続き、雪白千蘭も心配をかけてきた。

「変な男が出て、サタンも出てきて、なにが何だか今の状況がよく飲み込めないが……。夜来はとにかく無事なんだな?」

「まぁな。つか、俺よりも今は―――」

 視線を上空にいる悪魔に向けるだけで、続きの言葉を伝えた。

 そう。今重要なのは夜来のことよりもサタンが現れた原因のほうだ。

「あの短剣じゃよ」

 ふと、七色が腕を組みながらそんなことを言った。

「あの十字架の形をした短剣。あれは『悪魔祓い』の儀式で用いられる『悪魔を払う』ことが可能な特殊な短剣じゃ。じゃから、悪魔であるサタンの力では防げない。十字架もキリスト教を意味しているのじゃろうな」

「つまり何だ? サタンの奴は、その『絶対破壊』じゃ防げねぇ武器をあのクソ男が持ってるから、俺を助けたあとに、俺の身をあんじてこっちに避難させたのかよ」

「じゃろうな」

「チッ! っつか、『悪魔祓い』専用の短剣だってんなら、サタンの奴、ヤベェんじゃねぇのか」

「儂が暴走したお主の呪いを止めるために十字架のネックレスを使って『悪魔祓い』を行ったことあるじゃろう? 『悪魔祓い』は確かに効果は出るが、サタンは悪魔の神じゃ。レベルが高すぎる。じゃから短剣一つじゃ傷一つつくことはないのじゃよ。まぁ、お主が戦うならそれはまた別だからこそ、サタンはお主を逃がしたのじゃろうな」

 確かに夜来は雪白と共に七色寺へ訪れた際に魔力を暴走させたことがある。

 それを七色が『悪魔祓い』でしずめたのは事実だが、サタンが夜来の身体から引き離されることは決してなかった。

 ……つまり、サタンはその『悪魔祓い』を行える短剣を持った相手と対峙しているが、彼女自身のレベルが高すぎるため、敗北する可能性はないということだ。

「サタン、さんですか……。まさかここで顔を合わせるとは」

 どうやら、その話は本当らしい。

 短剣を構えた上岡の顔には、冷や汗が流れ出ているので、勝ち目がないことを悟ったのだろう。

「貴様に罰を与える」

 靴にまで届いている長い銀髪を風で揺らすサタンは、浮いたまま態勢を百八十度変えて頭と足の向きを変更し、逆さまになって言い放った。

「一つ。我輩の小僧と合計二分十五秒会話したことに対する罰」

 ……それは罰を与えるほどのものなのか? と、地上にいる誰もが心の中で突っ込みを入れる。

「二つ。我輩の小僧と合計一分三秒目を合わせていたことに対する罰」

 ……ここまで理不尽に怒りをぶつけられる女はそういないだろう。

 存在通りの悪魔のような嫉妬深さだった。

「三つ。我輩の小僧の神聖な体に―――傷をつけようとした事に対する罰だ」

「その結果、僕は一体どんな罰を受けるのでしょうか……?」

 一歩後ろに後退しながらも、上岡はまだ余裕があるのか、返答を返す。 

 その様子を見て悪魔らしい笑みを浮かべたサタンは、直径五メートルはあるだろう巨大な黒翼を生やしてから、無慈悲に一言。

 

「判決を言い渡そう―――『死罪』決定だ、ゴミクズ野郎」 

  

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