思わぬ展開
(何が……!?)
ザート・アルンは石像のように動かなくなった己の足へ視線を下ろす。そこには二人の子供がしがみつく格好で両足を拘束していたのだ。
間違いない。
この幼さだというのに、大の大人を縛り付ける腕力。
ロウン・シングリッドという死霊に取り憑かれた『悪人達』だ。
本命のターゲット達が自分をいつの間にか拘束している状態に、ザートは歯噛みして振り払うとする。しかし忘れてはいけない。身動きが取れない現在の状況と同時進行で鉈内翔縁が走り迫っていたのだから。
「く、っそォォおおおおおおお!!」
思わず叫んだ。
しかし当然、怪物の力を宿した者にただの人間が敵うはずもない。
「まんま負け犬の遠吠えだねえくそゴリラ!!」
鉈内は夜刀を居合い切りの要領で構える。大きく一歩踏み込んで、殺すことはないよう峰打ちに刀身を変えて腕に力を込めた。
握力を引き出せる分だけ引き出だす。
血管が破裂しそうになるほど腕力を高める。
そして。
「うっ、らああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫と共に夜刀を水平に振るった。全力で躊躇うことなく。輝く刀身をザートの首元をロックして解き放ったのだ。
結果。
ガゴン!! という衝撃が炸裂する。
適切な力によって意識を完全に刈り取られたザートは、白目を剥いてフラフラとバランスを崩す。膝を地面へつき、横へバタリと倒れ込んだ。
彼が持っていた大剣も、派手な音を立てて転がっていく。
「はぁ、はぁ……!!」
荒く息を吐きながら、鉈内は緊張が抜けきったことにより尻餅をついた。もしかしたら殺られていたかもしれない。ザートの純粋な強さに心は屈服する寸前だったのだ。
そんな鉈内に、二つの声がかかった。
「お、お兄さん、大丈夫!?」
「もしかして怪我したの!?」
見てみれば、傍には見覚えのある二人の子供が駆け寄ってきていた。一人は女の子で一人は男の子だ。確か、『プリデン城』へ初めて入った際に襲いかかってきた内の二人だった。
「だ、だいじょぶ、だから。それより、君たち、ケガとは?」
まだ整わない息をしながらも、鉈内は尋ねる。
すると二人は首を横へ振って、
「ないよ、私はない。それよりお兄さんはだいじょうぶなの?」
「俺もないよ。ただ足にしがみつくことしかできなかったし……」
二人の返事に鉈内は思わず笑い声を上げた。
「はは、そっかそっか。なら問題ない。僕も大丈夫だし、それより君たちどうして出てきたの? 危ないから来ちゃダメだって言ったのに」
「え、ええと、私達ってお兄さんに危ないことしちゃったから、これ以上は何か手伝ってあげたいなと思って……」
視線を泳がせて怒られると思っているのか、女の子はポツリポツリと言った。
その反応に苦笑した鉈内は、二人の頭を撫でながら、
「いいや助かった、ありがとう。正直一人じゃやばかったしね。カッコつけるにも時と場合を選ばなきゃならないかぁ、はは」
と、そのとき。
ガン!! と勢いよく開いた倉庫の扉から、黒崎燐やシャリィ・レイン達が飛び出してきた。おそらく鉈内を密かに助けに来た子供二人に気づいたのだろう。かなり必死な形相だった。
が、どうやら戦闘は終了していたことに周りでバタバタと倒れている者たちから理解したようで、
「鉈内さん、ご苦労様です」
「ああ、燐ちゃん。まぁホントご苦労様だよね。残業した気分」
近寄って来た黒崎にそう返すと、鉈内は視界に映ったシャリィ・レインを見た。彼女は鉈内を助けにいつの間にか消えていた二人の子供に拳骨をしてから優しく抱きしめている。
そして鉈内の視線に気づくと、軽く頭を下げてから、
「すまないね、こんなんで……! 迷惑をかけていることは承知なのだが、私たちが殺されたら意味がない。だから頼ることになって、本当に申し訳ない……!!」
「そんな謝らないでいいって。顔を上げて歩こう。ここにいつまでもいられない。まだ終わってなんかないんだから、お礼も謝罪も全部が終わってからにして欲しいね」
立ち上がった鉈内は、夜刀をしっかりと握りしめてから宣言した。
「それに、僕たちの仕事は『悪人を救う』ことだ。本当の意味でね。だからこそ、君たちを守ることが仕事だよ。そんな責任感じなくていいから―――黙って守られてなよ」
笑った鉈内の言葉には、黒崎も同意するように頷いていた。
シャリィ・レインも釣られて少し笑みを見せてくれた気がしたが、今は時間をかけていられない。すぐに追っ手が来て対処できなくなっては困る。
故に鉈内は先頭を切って歩き出した。
悪人を救う『悪人祓い』として。




