気がすまない
黒崎燐が目にした光景とは。
鉈内翔縁がダルク・スピリッドへ殴りかかろうとしている瞬間だった。それほどまでに彼らの悪事を許せなかったのか、鉈内は目を潰されて一時的に動けないでいるダルクのもとへ駆け迫っていた。
そして。
「今はこれで勘弁してやる、クソ野郎!!」
容赦なく、固めた拳をダルクの右頬にめり込ませた。
ズン!! という莫大な衝撃を感じ取ったダルク・スピリッドは、何の抵抗も出来ずにゴロゴロと床を転がっていく。
その様を見下ろした鉈内は、背後からかかってきた黒崎の声に従うべく渋々踵を返して『プリデン城』から撤退を行った。
「な、鉈内さん! なにやってるんですか!! 怒ってるのはわかりますけど、あそこはすぐに撤退しなきゃダメでしょう!!」
「あ、ああ、ごめんごめん。ただ、どうしても一発殴んないと気がすまなくて……つい」
『プリデン城』の敷地内からは既に逃げおおせていた鉈内達は、木々が生い茂った森の中にある巨大な倉庫へ身を隠していた。大人数の子供達もいるため、ひとまず隠れ家を探す必要があったのだ。
「……ありがとう」
そこで。
シャリィ・レインがポツリと鉈内に言った。顔を背けて、気恥ずかしいのか静かな声量で。
すると鉈内は笑い声を上げて、
「気にしなくていいっていいって。僕が単純に気に食わなかっただけだから」
「それでも、私が殴れなかった分を殴ってもらったからな。礼は言うだろう」
「気難しいねー、シャリィちゃんは。もっと肩の力抜いていいのに」
そのとき。
ガサリと倉庫の外から足音が鳴り響いた。
「……さすがに早くないかなぁおい」
しかも複数である。ガチャガチャと金属類が揺れる音からして―――武装した街の者だとはすぐに察せた。今になって思えば、現在の戦場に味方になってくれる人はいない。『街の人間』全てが敵なのだ。
もっとも、『プリデン城』にダルク・スピリッド達が侵入してきたことからして、『最初からシャリィ・レイン達の隙を作らせるためだけに鉈内達を雇った』のだろう。でなければ、あのタイミングで突入なんて出来るはずがない。
(ようは、僕も燐ちゃんも利用されていただけってわけか。依頼側の街の人全員に)
チッ、と軽く舌打ちをした鉈内は、外で発生していた足音が鳴り止んでいたことに気づく。怪訝そうに眉を潜めたが、ハッと目を見開いて、
(足音が消えたってことは歩く必要がなくなったってこと。ってことは―――ここがバレた……!?)
「燐ちゃん、ちょっくら行ってくる。いざとなったら僕のことは忘れてシャリィちゃん達と逃げな。……あ、やっぱり忘れないで覚えておいて逃げて。忘れられると悲しくなってくる」
「ちょ、そんな死亡フラグたてないでくださいよ鉈内さん!」
「いいからいいから、燐ちゃんだって気づいてるでしょ? ここはバレてる。だから戦うしかない。そう、つまりは僕が華々しく散っていくってわけ」
「で、ですけ―――」
「じゃね~」
ヒラヒラと振り向かずに手を振って倉庫から出て行った鉈内翔縁。あまりの軽い調子には余裕があるからなのか、自暴自棄なのかは不明だが、
「ま、待つしかないですよね」
「……だな。私たちが連中の狙いだ。うかつに私が加勢することは本末転倒になるし……」
戦場へ向かっていった鉈内を信じることしか出来ない現実に、黒崎は歯噛みしていた。
何か・・・・鉈内の『チャラ男』って設定がぶっ壊れてるような・・・・もうチャラ男っていうかただ優しだけの男なような・・・・




