逃亡
「血気盛んなのは若者の特権かと僕は思うが、少し落ち着きたまえよ翔縁くん。僕と君の仲じゃないか」
「ゴミの言語は耳に障るねー、まじキモイわ」
吐き捨てるように言って、視線だけを様々な場所へギョロギョロと動かして逃げ道を探す。しかし周りは自衛隊や警察もびっくり仰天なほど完璧な包囲が出来上がっている。さらには全員が武装状態で構えている銃火器の引き金を引かれたら即刻アウトだ。
鉈内はゴクリと生唾を飲み込んだ。
この状況は非常にまずい。
いつ昇天することになるか分からない緊張感が体を支配する。
「さて、翔縁くんに黒崎くん。ここまでよくやってくれた。後はそこにいる化物を駆逐すればいいだけだろう。ならば僕たちに任せたまえ。自分達の街は自分達で守るからさ」
「……化物じゃねえっつってんのが分からねえのか、あんた」
「そこだけは君と僕とじゃ価値観に差があるようだね」
肩をすくめて友人と話すような態度をとってくるダルク・スピリッド。その気軽な調子に尚更堪忍袋が爆発しそうになっている鉈内は、無意識に拳を握りしめていた。
爪が肉に突き刺さり、赤い液体が拳の先から垂れていく。
雫のように床へ落下した。
それほどまでに鉈内は限界だったのだ。自分と境遇が似ている可哀想な子供達をダルク・スピリッド達のような己の悪行を自覚さえしていないクソ野郎に殺されるのが。
―――ふざけやがって。
どのような理由があって、シャリィ・レイン達がこんな目に遭わなければならない。ロウン・シングリッドだってそうだ。どうして彼が街の人間へ反抗したからって殺されなければならない。
―――ふざけやがって。
舐めている。完全にこの街の人間は家族を引き離されたシャリィ・レイン達の心情を何一つ理解していない。家族という存在の貴重さを知ろうともせずに一つの家庭をぶち壊しやがった。故に完全に舐めている。
―――ふざけやがって。
それほどまでに街が大事なのか? まだ幼い子供達の親を街全体でぶち殺してでも一つの家族を根こそぎ潰そうとするのか? そうしてから空きになったプリデン城を撤去しようというのか? 一つの家族が集う家さえも壊して殺すというのか?
ならば鉈内は再度こう吐き捨てるだろう。
―――ふざけやがってッ!!
ついに暴走寸前だった憤怒を縛り付けていた縄がブチ切れた鉈内。
彼は手当たり次第に暴れ回ろうとする自分を押さえ込みながら、横から聞こえてきた声に耳を傾けていた。
「鉈内さん、落ち着いてください。私だってムカついてますけど、相手は銃火器を武装した大人数です。さすがに勝ち目はありません。今は逃げることを考えてください」
「……策でもあるの?」
「はい。合図をしたら目を瞑ってください」
敵が離れた場所で鉈内達を包囲してくれていたおかげで、ヒソヒソと作戦を練り合うことができた。しかし油断していてはいつ銃撃されるか分からない。敵はまだ鉈内達の大人しい投降を願っているのか引き金を引くような真似はしない。
結果。
「三……二……一……」
黒崎のカウントの最中に鉈内は近くにあったテーブルクロスを掴んでいる。まるでいつでも引き取れるように準備をしていた。
瞬間、
「今です!!」
黒崎が近くにいる鉈内やシャリィ・レイン達の体で敵から死角を作りながら御札を取り出した。短く呪文を唱えると同時にそれを真上へ投げ捨てる。
と、同時に鉈内はシャリィ・レインの周りへ集まっている子供達の頭上へテーブルクロスを広げて壁を作り上げた。まるで黒崎が投げた御札を見れないよう遮断するように。
ここまでの時間、わずか二秒。
息の合ったコンビネーションと言えば聞こえはいいが、敵が度肝を抜いたのはその先にあった。
空中にあった御札が勢いよく発光する。まるで太陽を間近で見ているような現象が発生して―――鉈内達を取り囲んでいた全ての者が視界を光で潰されてしまった。
「逃げますよ、立ってください!!」
すなわち目潰し。典型的な敵の包囲から逃れるための不意打ちでしか扱えない一撃だ。
鉈内の広げたテーブルクロスによって御札の発光を肉眼で捉えることのなかったシャリィ・レイン達は、黒崎の誘導に従って割れた窓から外へ避難していく。さすがに堂々と出入り口の扉から退出するのは危険性が高い。廊下にも廊下にも第二部隊が待機している恐れがある。
しかし窓からならば別だ。
(あちらが窓を派手に割ってくれたおかげで割れた窓から外の様子が見れた。故に室外に増援はいないはず……!!)
そう確信を得ていた黒崎の考えは事実だった。
ガラスの破片などに触れないよう最低限の注意を払って割れた窓から子供達を逃がしていく黒崎。彼女が扱った目くらましの一撃は持って数分といったところだ。『対怪物用戦闘術』という人間以上の存在と戦うために使用する技なので当然といえば当然だが。
「鉈内さん! 時間はまだありますが急いで―――」
そこで黒崎は驚愕の光景を目にした。




