首を突っ込むほうがいい
たった一人の優しき男―――ロウン・シングリッドが守ってきたものは家族であり家だった。鉈内翔縁にとっては他人で顔も声も分からない男性であるが、彼の守り抜こうとしている存在は目の前にある。
シャリィ・レインを含んだたくさんの子供たち。死霊という霊になった後でも、ロウン・シングリッドは彼女達に力を分け与えて本当の意味で死守しようとしていた。
本来ならば、ロウンは子供たちを巻き込みたくはなかったろう。しかし残念ながら、怪物という存在は人間に憑依しなくては基本的に人間界へは干渉できない。
故にシャリィ・レイン達に憑依したのだ。
「とにかく、僕たちがするのは一つだけだ。シャリィさん達はこの『プリデン城』を守るために奮闘していた。復讐で街の人を殺す気はない。なら話は簡単―――街の人に『プリデン城』の撤去をしないよう説得すればいいんだ」
『プリデン城』という巨大な城の内部に存在するリビング。もはやリビングと認識できないほどの広さを誇るその場所で、ソファに腰掛けていた鉈内の声が響いていた。
「そんなに簡単いきますかね? 私たちみたいな飛び入りがシャリィさんたちでさえ成し遂げられなかった『プリデン城』の撤去を無しにして欲しい……なんてことをできるとは納得しづらいです」
「燐ちゃん、だからこそだよ」
「はい?」
同じく横に座っていた黒崎燐は、鉈内の返答に首をかしげる。
その反応に苦笑した鉈内は続けて、
「街の人達は僕たち『悪人祓い』にどんな要求をしていた?」
「えっと、怪物退治……シャリィさんたちのことですけど」
「そう。怪物退治だ。じゃあ簡単だよ―――シャリィさん達が街の人を襲う理由は『プリデン城』の撤去を防ぐため。なら街の人が『プリデン城』の撤去を白紙に戻せば?」
「……シャリィさん達が街の人を襲う理由がなくなって、『依頼』は成功し街の人が襲われる心配はなくなる」
「その通り。だから僕たち『悪人祓い』が首を突っ込むほうがいいんだよ」
思わず感心の声を上げていた黒崎燐は、キラキラと輝いた尊敬の眼差しを鉈内へ送っている。……鉈内の言ったことは状況を整理すれば簡単に浮上する答えだったのっだが、黒崎は天然さんなようで『すごいです! さすがです!!』などの評価を連呼している。
褒められている鉈内は鉈内で無駄に威厳のありそうな態度で『くるしゅうない、ふははは!!』などの演技をノリノリでしているので……彼らとは対面に座っているシャリィ・レインはその光景を前に少々呆れるように頬杖をついていた。
「それで、鉈内くん」
「あ、はいはいなんすかシャリィたん」
「誰がシャリィたんだ。まだ『ちゃん』にしろよおい」
「えーいやいや、だってシャリィちゃんだとシャーリィ・チャンみたいな中国人っぽい感じになるから、シャリィたんのほうが可愛いかなーって」
「シャリィたんだって十分おかいしだろ!! お前こそ鉈内ってなんだ。そんな気色悪い名前聞いたことないぞ」
「ちょ、やめてくんない!? 確かに自分の苗字がその辺のキラキラネームより痛いというかバカっぽいことは自覚してるけど苗字だよ!? 苗字じゃしょうがなくね!?」
「ま、まぁまぁ鉈内さん落ち着いてください」
「だ、だめだ落ち着けん! 今シャリィちゃんはボクのタブーに触れて―――」
黒崎燐に顔を向けたところでハッとする鉈内翔縁。理由は黒崎燐という存在自体のことである。
(ま、まて? 僕の名前って何かキラキラっつーか『は?』って言われそうな名前だけど……黒崎燐って何かまともな名前すぎじゃね!?)
本格的に改名でもしようかと思案してきた鉈内翔縁・『は?』と言われそうな名前を持つ少年は、がっくりと肩を落とす。名前というものの大切さを実感できた今日この時間だった。……結果、珍しく黒崎が鉈内のことを気にかけている普段とは真逆の状況が出来上がっている。
「それで、具体的にどう手助けしてもらえるんだ?」
尋ねられた黒崎燐は、横で暗いオーラを放出している鉈内にチラチラと視線を向けて苦笑いしながら、
「え、えと、まずは今まで話した内容をまとめて街の人達に聞いてもらえるのが一番だと思ってます。な、鉈内さんもいいですよね? それでね?」
「黒崎……黒崎……ねえ燐ちゃん。僕と結婚してくんない?」
「ふぁえ!? な、ななななな何言ってるんですか鉈内さん!!」
もはや真面目に己の苗字だけでも『黒崎』に変えようとしている鉈内翔縁は、どんよりとした空気を纏ったままシャリィに向き直って、
「ま、まぁ、僕の名前はひとまず置いておこうか」
「既に私は投げ捨てていたぞ」
「僕の名前をポイ捨てするなあああああああああ!!」
久しぶりにキレのあるツッコミを見せてくれた鉈内の姿に、黒崎がパチパチと拍手を送ってきている。調子が戻ってきたようで、鉈内は拍手の音を聞きながら立ち直っていった。
「よ、よーしオーケー! ナイスツッコミだぜ鉈内翔縁!! まずは街の人を集めて、かっこよく演説でもしてやろうじゃん!! 僕の話術すっさまじいからね、ヘタしたら洗脳までしちゃうかも」
「では、私たちはどうすればいい?」
「シャリィちゃん達はここで待機でいいんじゃないかな。君たちが表に出たら最悪攻撃されることだってあるかもだし」
「まぁ、確かにそうだな」
その返答を耳にしたところで。
ふと、疑問に思っていたことを鉈内は尋ねる。
「そういやさ、シャリィちゃんって何でそんな日本語ペラペラなの? 結構難しい日本語とかいろいろ知ってるけどさ」
「ああ、あれをロウンさんから借りていたからな」
立ち上がったシャリィは部屋の奥へ進んでいき、多くの本棚の中から一冊の本を取り出した。それを鉈内へ手渡して、読んでみるよう視線で促しくる。
大人しく本を広げた鉈内。彼の背中からは黒崎がひょいと覗き込むようにして本の中身を眺めている。
「これ、もしかしてフランス語を日本語に変換した教科書みたいなの? 何かフランス語の文字みたいなのから下に訳したかのような日本語があるんだけど」
「そうだ。ロウンさんは語学が好きでな。日本語や英語やドイツ語やロシア語や他にも様々な国の言語を知識として所有していた頭の良い人だった。だから自然に私も五カ国後以上の言語はマスターしている」
「え、なにそれハイスペックすぎじゃね?」
ますます自分という存在がどれだけちっぽけなのか再認識してしまった鉈内は、泣き目になって薄ら笑いを浮かべながら本を閉じる。




