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衝撃の事実

 改めて事実を確認しよう。

 孤児だった世ノ華雪花をこき使う為だけを目的として引き取った豹栄真介の家族。その新しい両親は世ノ華に家事を全てやらせ、休みなど与えずに働かせ続けていた。

 しかし、豹栄真介だけは元々は違った。

 自分の妹になった世ノ華に優しさをかけて。

 頭を撫でて、笑い合って、両親の酷すぎる対応に何度も何度も講義して、影で彼女の負担を減らそうと家事を手伝ったこともある。

 そんな、自慢の兄だったのだ。

 だが、

 ある日から、温かかった彼の態度も、性格も、何もかもが一変した。

 タバコを吸い、酒を胃袋に流し込み、それらを世ノ華に勧め、関係があった不良を集めて当時は小規模だった犯罪組織を立ち上げてリーダーとなり、裏の仕事で金を稼ぐようになって、『凶狼組織』という大規模犯罪組織を確立して強化させていった。

 そして。

 それに影響された世ノ華も、不良になってしまった。

 当たり前だ。

 あの腐りきった家族の中で唯一信頼を寄せていた兄からタバコを吸うよう誘われれば、彼女はまともな判断もせずに言うことに従う。さらに兄の不良と化していった姿やその仲間を日常的に眺めていれば、いつかは彼女だって真似をするようになる。

 ……そうして、不良化した世ノ華雪花からは人が消えていった。

 そう。世ノ華雪花は自分の人間関係も何もかもを滅亡させてしまったのだ。

 いや、滅亡させられたとも言える。

 故に彼女は『滅亡』を司る怪物―――羅刹鬼に憑かれてしまった。

 さらに。知識も何もなかった当時の彼女を闇に落とした張本人こそが、兄である豹栄真介だ。さらに彼はあるときから家を出て行ってしまい、世ノ華に顔を見せることさえなかった。 

 そして、その妹を滅亡させたクズ同然の兄が今、夜来初三の前にいる。 

 だが。

 夜来はこう言い放った。

 明らかに意味不明で理解が不可能なことを告げた。


「妹想いのお兄ちゃんみたいで感心しちまうなぁ、豹栄真介」


 世ノ華が送ってきた事実、過去、展開を全てを知っていて尚、世ノ華雪花を大事に思っている彼はそんな矛盾したことを言った。

 当然、世ノ華は彼の発言に混乱しているようで、呆然と突っ立っている。

 雪白も七色も鉈内も口を開くことがない。

 ただし、説明を要求する視線だけは夜来の背中へ突き刺している。

「まさかたァ思うが、俺に復讐するってのもガセなのかよ」

「いや、そりゃ嘘じゃねえよ。テメェに組織ごと潰された恨みは現在進行形で組織員全員が抱いてるっつーの。それに……まぁ、もう一つ理由があるが、まぁいいだろ。お前にゃ関係ねぇことだ」

「んじゃあ―――」

 背後にいる金髪の少女。

 妹である世ノ華雪花をチラリと一瞥してから、


「テメェが自分テメェの妹を今の今まで守り通してきたっつー俺の推理は、やっぱ当たってんのかよ」


「……大正解だ。見かけによらず頭良いんだな。名探偵みてぇで笑っちまうよ」

 苦笑した豹栄の表情は、どこか悲しそうに見える。

 夜来は今の今まで気づかなかった本当の真実に対して、悔しがるように舌打ちをする。

 そのとき、

「何を、言ってるん……ですか?」

 震える声が響いた。

 ザァァァァァァァ、という雨が打ち付けられる音が空間を支配しているこの場でも、ハッキリと聞き取れる動揺の呟きだった。

「そのクソ野郎が、私を、守ってきた……? 兄様、なに変なこと言ってるんですか……?」

「変なことじゃねぇよ。事実だ」

「意味が全然わかりません……!! そこのクズは、私を闇に突き落として、私を滅亡させた張本人なんですよ!? 一体、いつ、どこで、私を守ったって言うんですか!?」

 グラグラと揺れる世ノ華の緑の瞳。

 さらに捨てられた子犬のように肩を震わせている。

「お前、両親に虐待されてたんだよな」

「そう、ですよ。毎日毎日家事をやらされて、学校にもなかなか行かせてもらえなかったです。でも、それが何の関係が―――」

「ンじゃ聞くが、その虐待が収まったのはいつだ? んで、何で虐待は収まったんだ?」

 取り乱している世ノ華の目を、じっと睨むようにして尋ねた。

 彼女は頭を抱えて数歩ばかり後退し、

「た、確か……虐待がなくなったのは、私が不良になったころで。虐待しなくなった理由は、私が不良化して怖かったんだと、思います。あのバカ親共は私にビビってたから、私をこき使わなくなり、ました……」


「じゃあ、一体どこの誰がお前を不良にしたんだ? そうすることで―――誰がお前を親から『救った』んだ?」

 

 答えは目の前にあった。

 この、雨によってぐちゃぐちゃの汚い地面と化し、降り注いでくる少雨によって服が肌に張り付き、辺りを林で囲まれた旅館に繋がる綺麗とは言えない変哲もない道の中に、答えはあった。

 そう。


 昔の、優しかった頃の、大好きだった頃の、自分の『兄』だった頃の温かい笑顔を浮かべている白スーツの男―――豹栄真介が、答えが、そこにいるのだ。


「ま、さか……うそ、でしょ……?」 

 頭を振り乱し、混乱を解こうとする世ノ華。

「う、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ!! わ、私を不良にすることで、両親は私にビビって虐待をやめる。そのために、アンタはわざわざ不良になって犯罪組織作って、私を不良にさせるために自分から『お手本』になったっての? だから私にタバコを勧めて、酒を勧めたっていうの……?」

「……悪い」

 申し訳なさそうに呟いた豹栄真介の顔には、もう極悪な笑顔や凶悪な表情はない。

 おそらく、あれも世ノ華に『怒り』を覚えさせて、もっと『怖がられる』存在にさせるための計画だったのだろう。きっと演技だったのだろう。

 豹栄真介は実に悪人で悪党な方法をとって妹を守っていた。

 実に悪らしい救い方だった。

 実に悪らしい助け方だった。

 彼には、世ノ華雪花を不良にすることで両親の虐待を収めるという『善行』とは到底言えない考えしか、思いつかなかったのだ。

「じゃ、じゃあ、家を出てったのは……」

「凶狼組織の活動が広くなったからだ。俺もできればお前と暮らしてたかった。ただ、俺は犯罪組織のリーダーだ。海外に取引しに行くこともスケジュールに入っちまってな……。だから家出するしかなかった」

 世ノ華はしばし無言で立ち尽くして、

 壊れた笑い声を轟かせた。

「は、はははははは、ははははははははははは。……は? は? は? じゃあテメェは私を不良にさせて親をビビらせることで虐待を止めたのかよ……? そうやって、私を親から救ったのかよ……?」

「……ゴメン」

 再び謝る。

 もう、豹栄真介には頭を下げることしかできなかった。

 自覚があったのだ。

 自分の取った妹の救い方は決して『善行』ではなく『悪行』だという自覚が、十分すぎるほどに存在していたのだ。

「か、仮にそれが本当だとして。何で兄様を狙ったんだよ!!」

「それは俺の意思じゃなかった。復讐を決意した組織全体が決めたことで……あとは『上の連中』が夜来を殺せって命令してきたんだよ。俺は……お前を『本当』に救えた夜来には、感謝してた。もちろん夜来初三っていう男のせいで俺の組織は―――『凶狼組織』は壊滅した。だから俺は夜来初三を許す気もねえ。組織潰されて『俺のやり方』を妨害されたから本気で殺意も抱いてる。けどまぁ……結局のところ俺は『凶狼組織』のリーダーだ。俺個人の考えで動くわけにはいかない。上の命令にゃ逆らったら、妹のお前を人質にとられるかもしれない。何をされるか分からねぇ。だから今回は夜来初三ターゲットを本当に殺す気だった。個人的にムカついてるしな」

 おそらく、その『上の連中』こそが夜来を殺害するもう一つの理由なのだろう。なぜ『上の連中』が夜来を殺害したいのかは分からない。

 しかし、

 裏社会とは残酷だ。

 夜来初三だろうと、老人だろうと、誰であろうと、上が『殺せ』と命令されたのならば下である豹栄達は黙って殺すしかない。

 反抗すれば、死よりも恐ろしい落とし前をつけさせられることになる。

「ふざ、けんなよ……」

 世ノ華は歯を食いしばる。

 ぎりぎりと嫌な音を立てながらも、顎に力を加え続ける。

 そうして、少しでも怒りを沈めようとしていた。

 そうしなければ、視界に入ったもの全てに理不尽な暴力を行いそうで、八つ当たりしそうで、怖かったからだ。

「アンタが私を親から救ったのは、認めてやる……。でも、アンタに影響させられて私は不良になって、そのせいで友達も親友も私から離れてった!! 私は滅亡して、滅亡させられたんだよ!! アンタのせいで!! だから私は救われてなんかいないんだよ!!」

「落ち着け世ノ華!!」

 金棒を振り回して大声を上げる世ノ華を後ろから取り押さえる雪白。そして七色達。

 暴れる世ノ華を背後から拘束している雪白が口を開いた。

「や、夜来、本当なのか? この話は」

「……俺も可能性程度にしか予測はしてなかった。だが、あの時―――世ノ華が俺に抱きついてきたときのアイツの顔が、あまりにも後悔してるようだった。だから確信を持った」

 豹栄を憐れむように見つめて、言い放った。

「コイツは自分なりの『妹の救い方』を後悔してたんだってな。マジモンのシスコンじゃねぇかよ、クソったれ」

「救いかた……っ!」

 そこで、世ノ華の暴れ方が強力なものになっていった変化に気づいた雪白。

「うッッあああアアアアアああアアあああああアあああアアアアアアアあああアアあああああああああああああアあああアアアああああああああアアあああああああ!!!!」

 絶叫する世ノ華雪花。

 暴れ馬を押さえつけるように七色達は拘束をきつくする。

「世ノ華、落ち着いてって! わけわかんなくなってるのは分かるけどさぁ……!!」

「っく! 儂は肉体労働には向いておらんぞ!! 深呼吸でもせい馬鹿者が!」

 彼らの声は届かない。

 自分の過去に、人生に、大きな勘違いを持っていたことに気づいた世ノ華は、半ば自暴自棄になっている。さらに、憎んでいた豹栄真介が実は自分を救っていたこと。しかし同時に、自分の人間関係を全て滅亡させていた事実だけは変わらないことに、脳の処理が追いつかなかった。

 だからこそ、世ノ華は混乱している。

 豹栄真介は自分を救ったと同時に滅亡させた。

 その矛盾した事実によって、彼女は自分がどう反応して、どう行動して、どうやって何をすればいいのか自体が分からないのだ。

 そんな混乱と困惑の嵐に飲み込まれている世ノ華雪花の頭に、

「―――安心しろ」

 そっと、温かい手が乗せられた。

 ゆっくりと撫でられる。

「お前は指でもしゃぶってここで待ってろ。俺が全部、終わらせてやる」

「兄、様……」 

『兄様』の顔が視線を上げればそこにはあった。

 彼は安心させようと優しい笑顔を作るわけでもなければ、同情の言葉を告げるわけでもない。なぜなら彼は『世ノ華雪花を優しさ故に助けている』わけではないからだ。彼女の兄として『妹を守るという「必然」な行動』をしているだけだからだ。

 兄が妹を守るのに理由が必要か?

 兄が妹を助けることは褒められることか?

 兄が妹を守ることは偉い行為なのか?

 否。

 そんなわけがない。

 兄が妹を救う行為は『当然』なことだ。

 生き物が生命活動を行うために呼吸を無意識に行うことと何ら変わりない当たり前のことだ。

『兄妹』という、お互いを『家族』だと認め合っている関係が成立している時点で、兄が妹を助けることは『普通』なのだ。

 故に、善行ではない。

 褒められるような行動じゃない。

 呼吸という『当然』のことをしている者を褒めるか?

 まばたきという『普通』の行動を取っている者を評価するか?

 しない。しないに決まっている。

 だからこそ、兄が妹を守っているという『当然』で『普通』の事実には、『優しさ』なんて大層なものは存在しないのだ。

 よって、夜来初三は世ノ華に同情による笑顔を作ることなどしない。

 なぜなら彼女を守る行為が『当然』だからだ。


 故に夜来初三は世ノ華雪花を助けてなどいない。


「待ってろ。お前の兄様が、全部ぶっ殺してきてやる。それで終いだ」

 最後にそう言い残すと同時に、彼は踵を返して歩き出した。

 もう一人の世ノ華雪花の兄―――豹栄真介を叩くために。

「……テメェは『そこそこの悪』みてぇだな」

「随分と辛口じゃねぇか。俺は妹を守る為に『悪行』を犯したが……もちっと点数上がんねぇのかよ、先生?」

「クソが調子に乗ってんじゃねぇよ。テメェは妹を傷つけた。たとえそれが、その妹を守ろうとした行為であっても、結果は妹を深く傷つけたんだよ。その時点でテメェは『一流の悪』じゃねぇ。『本物の悪』じゃねぇ」

「それも、そうだな……。んじゃ、『そこそこ』ってなぁどこを評価したんだよ」

「世ノ華を守ってたっていう動機だ、クソったれ。まぁ、方法はクソレベルだがな」

 夜来初三は、『弟を守っていた』頃の自分を思い出す。

 目の前にいるこの男も、自分の妹を守る為に行動していたのだ。

 だからこそ。

 どこか、共感できる部分はあった。

 しかし豹栄真介は守る対象だった妹を結果的に攻撃していたようなものだ。

 故に。

『一流の悪人』として、夜来初三は豹栄真介を許すわけがなかった。

「んじゃまぁ、手っ取り早くしまいにするか」

「それもそうだな。俺も、テメェを殺すのは本望じゃねぇが……『上の連中』の言うことにゃ逆らえねぇ」

 次の戦いで最後だ。

 その決意を胸に、夜来初三は『サタンの呪い』を全力で発動させる。体から溢れできたドス黒い魔力は、徐々に全身を覆っていき、竜巻のように暴れまわる。

 その結果。

 魔力が消えたその中に立っていた夜来初三の姿は、異形な化物に変わっていた。

 髪は刃物のように恐ろしい銀色に輝き、『サタンの皮膚』を表す紋様は全身に広がっていて、一番目を引きつけるのは背中から生えた漆黒の翼だ。

 以上のことから、憑依しているサタンに限界まで染まることで、彼は膨大な力を手にしたことが分かる。さらに翼は黒色では表せないほど真っ黒で、真っ暗で、夜よりも黒く、闇より闇のような黒翼だ。

「……ほ、本気モードってやつかよ……?」

 一方、彼とは違う土色の翼を生やした豹栄真介も、目の前に立ちふさがる圧倒的な恐怖によって、驚愕の声を漏らしていた。

 雪白達も同様だ。

 呆然としながら、文字通り悪魔に身をゆだねている少年の変わり果てた姿を凝視している。それはもう、呼吸を忘れそうな勢いでだ。

「テメェは俺を何が何でも殺す。確実に完全に絶対に殺す……。なら、来いよ。殺し返してやるから、無残に無様に地獄まで送ってやるから、この俺に―――一流の悪に噛み付いてみろよ虫けらが。テメェみてぇな『そこそこの悪』にしか染まってねぇ犬畜生が噛み付いちゃいけねぇ存在だってことを教育してやる」

 最強最悪で最凶最悪な最狂最悪の大悪魔サタンにギリギリまで染まった夜来初三は、漏れ出てくる邪悪な力を制御しながら口を引き裂いて笑った。

「授業の時間だァ小悪党。本物の悪ってモンを教えてやンよ」

 再び激闘が始まる……のではない。

 もう、夜来初三と豹栄真介という二人の悪人の戦いは終わっていた。

 既に、幕を下ろしていたのだ。

 これから始まるのは―――兄と兄の戦い。

 妹を理不尽な親から救うと同時に、彼女を滅亡させてしまった兄―――豹栄真介。

 兄妹の関係を結んだばかりだが、彼女を闇から救った新しい兄―――夜来初三。

 彼らは悪人だ。悪党だ。

 しかしそれ以上に、世ノ華雪花という華奢な少女の『兄』でもある。 

 

 

あー、豹栄ってば実は良い奴じゃん!!

でも、悪人じゃん!!


・・・こういった

『悪』だけど『善』

『善』だけど『悪』

というものが、この作品の特徴だと私は思います。

皆さんは・・どう思うかな?

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