本当の敵
「……そっか」
思わずつぶやいていた。
鉈内は彼女達の気持ちを少なからず理解できたのだ。実際に、七色夕那を殺されかけたときの自分の豹変っぷりには今更ながら驚いている。『親を殺されかけた』ときに、鉈内はシャリィ達と同様に怒りに我を忘れてしまった。
でもだ。
それでも、鉈内は人を殺めてはいない。
しかしそれは、『最終的には七色夕那が助かった』からだ。その事実から安堵感と安心感が芽生えて、『親を傷つけられた怨念』を静めることができたのだ。
だが。
だがしかし。
鉈内とは違って、親を殺され『かけた』のではなく、
文字通り『親を殺された』シャリィ・レイン達はどこまで怨念に染まる?
鉈内は良かったじゃないか。最後には母親の顔を見れて、今日フランスに来る前にも仲良く楽しく幸せそうに話せていたではないか。
でも。
シャリィ・レイン達の親は二度と帰ってこない。喋れない。話せない。笑い会えない。もう二度と顔さえも見れずに遺影を眺めるしかできない。
そんな業火に身を焼かれるような思いをしたのなら……怨念を抱いても『必然』ではないのか?
彼女達は逆によく我慢しているじゃないか。親を殺したクソ野郎どもを誰一人として殺していないのだから、誇ってもいいほどの精神的な強さを持っているではないか。
納得した。
全てに納得した。
鉈内達を襲撃してきた子供たちも、幼いこと故に本能的な『怨念』に従って鉈内に襲いかかっていたのだ。街の人じゃない、けども敵対するようなら敵だ。その程度の考えに従って、本能的に親の仇を取ろうと奮闘していたのだ。
「ロウンさん、ね……」
思わず、ロウン・シングリッドという顔さえも知らない男性が守ってきたものを眺めてみる。そこにはたくさんの子供たちがいた。鉈内と同じように、血は繋がっていないが『本当の意味』での親に拾われた可哀想で幸せ者の子供たちがいた。
いや、幸せ『だった』子供たちがいた。
(ロウンさん……ぶっちゃけ他人だけど、一回あってみたかったな……)
鉈内は苦笑して立ち上がった。
そして近くにいた子供たちの頭を撫でて可愛がってやる。ロウン・シングリッドほどの『親』にはなれないだろうが、せめてものことは行ってみた。
故に。
もう少し、せめてものことをしよう。
「シャリィさん。さっきの話、マジなの?」
「嘘をつく必要がない。何だ、今更になって私たちと戦うと?」
「いやいやそうじゃないってば。生憎と僕はこういうの見過ごせないタチ、っていうかキャラ作ってんだわ。だからさ、助けさせてよ。っていうか僕としてもむかつくんだよね、君たちとは『境遇』が似てるから」
「っ」
境遇が似ているという言葉に、シャリィは眉を潜めていた。
しかし深入りは相手のためにならないと踏んだのか、小さく息を吐いている。
「ただね、やっぱり怨念に染まるのは僕は否定する。綺麗事だけど、やっぱり『殺人』は純粋に、単純に、ただの罪だ。悪行だ。これも綺麗事だけど、君たちが人殺しになって天国にいるロウンさんが笑うと思う?」
鉈内は実際に『親を殺されかけた怨念』から『九尾の呪い』にかかっていた相手を殺そうとしたことがある。寸前のところで思いとどまれたが、殺人未遂を行った事実に変わりはない。
そして。
その過去に後悔している。
故に鉈内の力がこもった目に少々驚いた顔を見せた黒崎とシャリィだった。だがシャリィは周りの子供たちを見てから一息はいて、
「……分かっているさ。そんなこと、この子たちに言いつけてある。だから殺してなんかいない」
「なら僕的には万々歳だね。ところで燐ちゃん、結局シャリィさん達にかかってる『呪い』ってなんなの?」
「だ、大事なとこだけは私に任せるんですね。そ、そ、そうですよね、私都合のいい女ですもんね。使われてポイが運命ですよね、ははは」
(……空気にしてたからまた鬱モードに入っちゃたよ、燐ちゃん)
即座に黒崎へ甘い歯が浮くような褒め言葉を並べ立てた鉈内の結果、豆腐メンタルは再生したようで何よりだ。自分の言った恥ずかしいにも程がある台詞に赤面して倒れてる鉈内を放っておいて、黒崎はニコニコ笑顔で口を開いた。
「まずですね、鉈内さん。今回の呪いとは『特殊』な形です。妖怪、悪魔、魔物、神、などの一般的な怪物とは違った個人的な怪物? といったところですね」
「こ、個人的な?」
「ええ、そうです。シャリィさんの話からまとめた結果、脳内検索して出てきた呪いはただ一つでした」
コホン、と咳払いをした黒崎は続けて。
答えを述べる。
「シャリィさん達全員にかかってるのは『死霊の呪い』です」
「死霊……?」
思わず首をひねった鉈内。
そもそも死霊とは古典文学や民俗資料などに数多く残されており、その振る舞いも様々である。『広辞苑』によれば、死霊とは人にとりついて祟りをする怨霊のこととされているが、生霊のように人に憑いて苦しめる以外にも、自分を殺した者を追い回したり、死んだ場所をさまよったり、死の直後に親しい者のもとに挨拶に現れたり、さらに親しい者を殺して一緒にあの世へ連れて行こうとする話もある。
つまりは『幽霊』という奴に近いだろう。
そのあたりを懇切丁寧に説明された鉈内は、理解できたようでウンウンと頷き、
「つまりは死んだロウン・シングリッドさんの意思―――『プリデン城』を守りたいっていう意思から、ロウンさんが霊になってシャリィさん達にとりついてるってわけ?」
「見えたり聞こえたりはしていないでしょう。ですが、シャリィさんたちが街の人を襲ってた動機は『プリデン城』を守るためです。おそらくそれは死んだロウンさんが霊という『怪物』として力を与えているのかと」
「でも……皆体に紋様とかないよね? それじゃ呪いにかかってないんじゃ?」
「いえ、おそらくそれは怪物であるロウンさんが力を分散させて紋様が出るほどの呪いの強さがないんでしょう」
「? どういうこと?」
「つまり、霊になった怪物・ロウンさん一人でここにいる何十人の子供たちとシャリィさんに力を分け与えているんです。故に個人個人の力はそこまでない。実際、鉈内さんは四人の子供たちと戦いましたよね? 四人とも怪物の力を持つ悪人ですよ? よく生き残れたなと思いません?」
言われてみれば確かにそうだ。四人の人間離れした力を扱う悪人と戦うということは……。
(世ノ華を四人同時に相手するようなもんだもんね。おお、怖い! そう想像すると確かに僕ってばよく生き残れたな!!)
何やら失礼な例えだったが、その通りである。ようは鉈内一人じゃ対処できるわけがなかったということ。
しかし四人全員の力が憑依している怪物一匹から使用しているのなら、必然的に個人個人の能力は落ちる。つまり言ってしまえば、
「シャリィさん含む全ての子供が『一人の悪人』ってわけか」
「はい、その通りです」
そこで、恐る恐るといった調子でシャリィ・レインが挙手をしていた。
彼女は言いにくそうに続けて、
「何やら君たちの専門的な話に持ってかれたからよくわかんないけども……つまり私たちの不思議な力は死んだロウンさんがくれた、ってこと?」
「その見解げ概ね間違いないですよ」
黒崎の返答に、シャリィは納得したようでソファに座り直す。
そしてクスリと笑って、
「死んでまで、私たちの家を守ろうとしているのか……あの人は」
「そうですね。怪物は基本的に人間に憑依しなければ人間界に干渉できません。つまりシャリィさん達に憑依しなければ『プリデン城』を守れなかったんですよ」
「なるほど……実にあの人らしい」
死んでまで子供達の家を守ろうとしている意思の強さ。
その親そのものである強さに、鉈内のほうが思わず笑っていた。
(帰ったら……夕那さんの肩たたきでもしてあげよっかな)
親の素晴らしさを改めて知った鉈内は、ぼんやりとそんなことを思っていた。
そして始まる。
『本当の敵』と向かい合って、鉈内翔縁は再び刀を握るだろう。




