乗り気
(また……どんだけ子供が……!!)
両足にひっついている二人の子供。左足には女の子が、右足には男の子が両手でがっちりと拘束をしてきていた。そこで気づいたが、二人とも子供の力とは到底思えない腕力を持っている。実際、鉈内は苦痛に顔を歪めて叫びかけていた。
間違いなく、この子達は全て、
(怪物の力使ってる悪人かよ!! 多すぎだろオイ!)
「お兄さんの邪魔、しないでくれるかな!!」
ブン!! と、子供を蹴り飛ばすのは心が痛むものの、現状では黒崎にさえ被害が出る可能性があった。故に鉈内は本気で足をフルスイングして、くっついていた子供を片方ずつ吹き飛ばす。自由を得られた鉈内は、即座に黒崎のもとへ向かおうと走り出した。
だが、すぐに先ほどまでに相手していた四人の子供たちが虚ろな瞳を揺らしながらフラフラと鉈内を取り囲む。
「っ!! おいおい冗談だろ!!」
鉈内は吐き捨てるに言って、御札を取り出す。瞬時に呪文を唱えて輝く銀色の刀・銀刀を作り出してそれを握った。
対し、子供達はどこから持ってきたのか西洋風の剣や槍を持っている。眉を潜めた鉈内はチラリと室内のいたるところに目を向けてみると、そこら中に鎧をかぶった騎士のオブジェなどが並んでいる。おそらくそのオブジェが装備していた『飾り』を持ち出したのだろう。飾りにしては刀も槍も随分と手が込んだ作りだが。
(子供だから斬るわけにはいかない……!! どうする、マジで打つ手なしだろこれじゃ。何とかしてこっから逃げなきゃ話にならない)
歯噛みした鉈内は銀刀をクルリと回して峰打ちできるよう構える。最悪襲いかかってこられても、これならば殺さずにすむだろう。
と、そんな甘いことを考えている鉈内を教育するが如く四人の子供たちは一斉に迫ってきた。
「っ!!」
覚悟を決めた鉈内は正面から剣を振り下ろしてきた男の子の一撃を銀刀で防ぐ。ズン!! と、肩が外れそうになるほどの威力だった。明らかに子供が出せる筋力ではない。
子供だから、なんて先入観を抱いて戦えば殺される。
その現実をよく理解した鉈内は防いでいた剣を振り払って、周りから突っ込んでくる他の子供たちを相手する。槍の衝突は刀でいなして、一閃された剣の一撃は銀刀でしっかりと防いで、回避可能なレベルならば余裕のある場合だけ回避する。
そうして四対一という絶望的な状況の中で冷静に対応し、相手である子供を傷つけないよう注意しながらある程度の反撃を下す。
「燐ちゃん!! とりあえず君は逃げて!!」
「っ、ダメです! それじゃ鉈内さんを見殺しにすることと同じじゃないですか!!」
「マジで僕的にはそういう『主人公とヒロイン』みたいな関係のセリフ返ってきて嬉しいんだけどさ、今ってば正直言ってギリギリなのよ……!! ってわけで、かっこよくもう一回言うけど、君だけでも先に出て!! ここでお互いに潰れたらアウトだろうが!! って言ってみたら臭いなこのセリフ、ああ恥ずかしいわ」
余裕の笑みを無理に作って自分自身を勇気づけている鉈内は、頬をかすめた剣の一撃に冷や汗を流す。鉈内にかすり傷ながらも傷を与えたのは色のない目を向けてくる金髪の女の子だった。
あと一瞬対応が遅れていれば間違いなく死んでいた。
鉈内はその事実に薄く笑って、
「ロリに傷つけられんのはもう伊奈ちゃんだけで十分なんだっつーの!!」
ブン!! と、銀刀を振って少々荒く振り回す。急に攻撃性が倍増したことで子供たちもさすがに一歩後退した。その反応に満足げな笑顔を浮かべた鉈内は、肩で息をしながらも優しい声を忘れずに言う。
「ちょ、ちょっとお兄さん疲れちゃったんだよねぇ。きゅ、休憩しない? 子供は風の子元気な子とか言うけど、あれはお父さん・お母さんが子供にR18なことしてんのを見られないよう生まれた言葉だからね? そうやって子供を追い出したあとにお父さんお母さん肌ツルツルになってるからね? よし、分かったらちょっとゲームでもしよう。ってわけで一回休憩し―――」
そこで。
あまりにも予想外な現象が発生する。
「「「「ゲーム?」」」」
「……」
まさかの、鉈内の適当な提案に襲いかかってきていた子供たち全員が乗り気な反応を見せたのだ。鉈内も黒崎もポカンと呆然としているが、子供たちは武器を捨てて鉈内の傍へ駆け寄り、
「ゲームしてくれるの? お兄さん、ゲームで遊んでくれるの?」
「ほ、ほんと? 私たちとゲームしてれるの? ねぇ?」
……改めて確認しておくが、鉈内翔縁くんはフランス語が一切分かりません。なので、彼からしてみれば急に子供たちの態度が急変したようにしか思えないのである。おそらく子供たちも鉈内の日本語の中から『ゲーム』という単語だけを聞き取って、勝手に自己解釈したのだと思う。
しかし、黒崎燐はフランス語を理解できる。
よって、
「な、鉈内さん。何かその子たち、ゲームしてくれって言ってますよ?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………はあああああああああああああああああああああああ!?!?」
先ほどまでは虚ろな目を尖らせて剣やら槍やらを鉈内の皮膚に突き刺し、振り下ろし、殺しにかかっていたというのにいきなりの展開。
当然の絶叫を上げた鉈内だったが、周りに群がってくる子供たちに腕を引っ張られたり服を掴まれたりしていて、非常に先ほどとは一変して微笑ましい光景になっている。
黒崎も意味が分からず唖然としたままだ。
「え、ちょ、痛い痛い腕を引っ張らないで! ―――って、なにこれ!? 何で僕は現在進行形で保育園の先生みたいになってんの!?」
フランス語で親しげに話しかけてくる子供達(さっきまでは殺しにかかってきていた)に懐かれてしまった鉈内は、もみくちゃにされながらそんな大声を上げて現実に混乱する。
だがそこで。
「みんなやめろ。そこのお兄さんが困ってるだろう」
背後にあった巨大な階段から足音と同時に声が聞こえた。言語はフランス語。そしてパッと明かりが城内にはついていく。一瞬にして暗闇を塗りつぶした光に鉈内も黒崎も目を細めてしまったが、慣れてきてみれば視界は正常に映る。
そこには。
一人の女性が立っていた。セミロングの金髪や色素の薄い茶色っけのある瞳が実にヨーロッパ人としての証拠のよう。しかし驚いたのは彼女の容姿ではなく、背後に何十人もの幼い子供達を連れていたのだ。
「申し訳ない。うちの子がご迷惑をかけてしまって」
軽く頭を下げてきた女性。今度ばかりは日本語だった。
その謝罪対象である少年は、ひとまず当然の反応をみせる。
「あ、いえ……え? いや、まったく状況飲み込めてないんですけど……」




