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悪党VS悪党

「呆気ねぇなぁ」

 彼は、周りの惨状を見渡してぼやくように口にした。

 その惨状とは……。

 汚い地面に呻きながら横たわっている、長い黒髪を持つ浴衣姿の女。大木に背中を預ける形で盛大に気を失っている、一番出血量が多い茶髪の少年。うつ伏せになって動けなくなった、神秘的な白髪を片ポニーテールにした少女。

 そして、

「そう思うよなァ? そう思っちゃっても仕方ねぇよなァ? だよなぁ、マイスシスター」

 膝をガクガクと揺らしながらも金棒を杖がわりにすることで踏ん張り、立ち続けている、肩甲骨まで伸びた金髪が特徴的な少女―――自分の妹を視線に捉えて告げた。

 世ノ華はギロりと目つきを鋭利な刃物のように鋭くして、

「一々口開けンじゃねぇよクズが……!! テメェの声は聞いてて吐き気がしてくる」

「あらら、こりゃまた酷い嫌われようだな」

 七色達をたった一人で全滅させた絶対的な勝者である豹栄真介。

 結局、彼に打ち勝つことは不可能な話だったのだ。

 チートにも程があるだろう、と嘆きたくなる『不死身』という力を持つ彼には、敗北の二文字は決してないのだ。ただ、勝利という『当然』の結果がついてくるのみ。死ぬことがない豹栄真介に『負け』は最初から、始めから、戦う前から、すでに存在しないものだったのだ。

「んでよぉ」

 そんな無敵という言葉が適切だろう白スーツ姿の男は、嗜虐的に笑いながら自分の妹を見つめ、

「結局テメェはいつになったら元の不良少女に戻んだ?」

「……お前、なに、言ってんだ……?」

「だから、いつになったら前の、もっともっとガラの悪ィ頃のお前に、今のお前は戻るんだ?」

「……はっ」

 鼻で笑う。

 バカバカしい質問に対して、答えなど最初から決まっている質問に対して、くだらないと言わんばかりに鼻で笑った。

 世ノ華雪花は口の端を釣り上げて、

「戻るわけねぇだろ。私は初三兄様のおかげで、鬼みたいだった頃の自分とおさらばして人間に戻れたんだ」

「……」

「鬼の女だとか言われてた頃の私は、もう人間じゃなかった。アンタのせいで、アンタに滅亡させられたせいで、私は『鬼』と言われるようになった……!! でも、初三兄様だけは違った。口が悪い私と普通に接してくれて、救ってくれた。私を、立派な兄のように大きな背中で何度も守ってくれたんだ!!」

 激昂するように大声を張り上げる彼女に、夜来初三とは違い、彼女を追い詰めて滅亡させた張本人である豹栄真介は、無表情で話を聞いていた。

「そして私は、初三兄様に出会ってコイツらに出会えたんだ!!」

 バッ、と手を背後で倒れている七色達を庇うように広げて叫んだ。

「初三兄様が救ってくれたから、可愛い七色さんと出会えた」

 雨が、降ってきた。

 ぽつぽつと、徐々にそれは勢いを増していく。

「初三兄様が救ってくれたから、クソうざいチャラ男とも出会えた」

 水たまりができ、それに映った彼女の美しい緑の瞳には、

 明らかに雨ではないであろう、大粒の涙が浮かんでいた。

「初三兄様が救ってくれたから、男嫌いのくせに初三兄様にだけは迫る白髪女とも出会えた」

 決して豪雨ではない、大人しい雨を降らす夜空を見上げた。

 そして彼女は、その出会えた人達の素晴らしさを改めて実感するように笑って、


「だから、初三兄様は滅亡してた私を救ってくれた―――私のお兄様なんだよ」


 誇らしげに、彼こそが自分の兄だと目の前の兄に伝えた。

 対して、豹栄真介は興味が失せたような目で彼女を一瞥し、

「あっそ」

 どうでもよさげな調子で、たったそれだけの言葉を返して―――背中から生えている一対の翼を世ノ華に向けて突っ込ませた。

「っ!!」

 ゴオオオオオオオオオオオオ!! と、ミサイルのように風を切って迫ってくる土色の翼に、思わず目をぎゅっと閉じた世ノ華雪花。

 ただ、死を覚悟した瞬間だった。

 しかし、

「『絶対防御―――鉄壁』」

 ふと、背後からそんな声が響き渡った。

 その幼さ全開のソプラノの声には聞き覚えがあり、咄嗟に振り向いてみると。

 ぜぇぜぇと息を荒くしながらも、満足げな顔を浮かべ、うつ伏せで倒れ込んでいる七色夕那がいた。

 さらに。

 ガッキイイイイイイイイイイイイイイイイイン!! と、豹栄の放った翼が、世ノ華の前に出現した光り輝く鉄壁によって塞がれた甲高い音がなる。

 攻撃を弾かれてしまったことに苛立ったのか、舌打ちをする豹栄。

 しかし世ノ華は彼よりも、目の前に現れた七色が作り出したのだろう『対怪物用戦闘術』の一種である防御壁を見上げる。

「誰、が、可愛いじゃ……馬鹿者が」

 背後から、無理に立ちがろうとする気配がした。

 しかも、三つだ。

 仰天した世ノ華が振り返ると、そこには―――

「儂を、可愛い扱い……するとは……いい度胸、じゃのう世ノ華……」

「まったく……だね。僕がチャラチャラ、してるのは……現代っ子の特権だから、じゃん……」

「……私は、別に夜来に迫って……など、いない……ただ一緒にいたい……だけだ……」

 膝に手を置いて立ち上がる三人の仲間。

 彼、彼女らは、肩で息をして傷口を押さえ込みながらも、絶対にもう一度地面に突っ伏すような真似だけは決してしなかった。

 世ノ華雪花の為に、彼女と共に戦う為に、立ちがっているのだ。

「み、んな……」

 驚愕と嬉しさ、という二つの感情が心の中で生まれている世ノ華雪花は、ただ目を見開いて三人の姿を見つめていることしかできなかった。

「あー、うざいわー。ホンットそういうのうざいわー。そういう仲間意識バリバリな光景みるとマジでイライラするわー」

 一方、そんな茶番劇にも等しいとしか思っていない豹栄真介は、退屈な映画に感想を言うような調子でぼやいていた。

「まぁいいや。とりあえず、ここで足の一本で折ってやれば逃げられねぇだろうし―――」

「うるせぇよ、クズが」

 遮るように、告げた

 自分の傍に集まった七色達の存在が彼女を強くしたのか、世ノ華は強く言い放った。

 今は、仲間がいる。

 昔のように一人ではない。

 もう、滅亡などしていない。

 もう、滅亡などさせていない。

 その数々の事実が、自分の傍で戦闘態勢を共に整えている七色達のおかげで証明されたような気がして、世ノ華雪花は不敵な笑みを浮かべていた。

 ……自分は一人じゃないから、目の前のクズ野郎には負けない。

 そう、確信を持っていた。

 故に、叫ぶ。

「私はアンタにゃ負けねぇ!! 死んでも負けねぇぞゴラァ!!」

「ぎゃっはははははははははは!! おいおいマイシスター、急に友達ができちゃって調子に乗っちゃってンのかァ!? あぁ!? 負けねぇ? どんな幻想抱きゃそんな言葉が出てくんだよ、バッカじゃねぇの!?」

 腹を抱えて大爆笑する豹栄の極悪な笑顔には、間違いなく容赦や加減をしない意思が宿っていた。

 次は、殺されるかもしれない。

 七色達はゴクリと生唾を飲み込み、これから始まる殺し合い二回戦目に文字通りに命懸けで挑むため、覚悟を決めた。

「バカはバカらしく、バカバカしい死に様がお似合いだぜぇ?」

 そんな言葉が聞こえた瞬間―――豹栄真介の背中から生えている土色の翼が、辺りの木々を滅茶苦茶に薙ぎ払いながら七色達の体を切り裂こうと突進してきた。

 明らかに、回避や防御など不可能な大規模攻撃。

 七色達もぎょっとしたが、打つ手はなにもない。

 絶体絶命のピンチにパワーアップするような、都合のいい展開が彼女達にあるわけでも、颯爽と駆けつけるヒーローが出てくるはずもなかった。

 しかし。



「到着早々クソ面倒くせぇ状況だな」


 

 ヒーローは来ないのだろうが、悪人は駆けつけてくれたようだった。

 翼の猛攻を片手一本で触れることだけで、粉々に破壊してしまった全身黒ずくめの少年。その見覚えのある長い前髪や後ろ姿を凝視して、七色達は呆然と立ち尽くしていた。

「テメェ……」

「元気だったかなぁ、豹栄ちゃん」

 突如現れた本命の敵に眉を潜めた豹栄真介。

 夜来初三には別部隊を送り込んでいたはずなのだが、どうも時間稼ぎにすら部下達は役に立たかなったようだ。

 まったく使えない連中だ、と思わず吐き捨てる豹栄。

 夜来はそんな彼を見下しながら、

「んでぇ? 豹栄ちゃんはなーんで、俺じゃなくてこっちを潰しにきたのかなぁ?」

「夜来くんこそ、どうしてここが分かっちゃったのかなぁ? 不思議で不思議で俺ァたまらないよ」

「好奇心が旺盛なのはいいことだねぇ豹栄ちゃんよぉ」

 ポイ捨てをするように、夜来はポケットから黒い何かを豹栄のもとへ投げ捨てた。

 目の前に落下して転がった何か―――それは『凶狼組織』専用の折りたたみ式携帯電話だった。

 自分の部下から取り上げて情報を入手したのだろう、とすぐに予想を立てた豹栄は雨によって濡れていく携帯電話を、ガン! と思い切り踏み潰して粉々に破壊した。

「カッコつけて華麗に鮮やかに登場したとこ悪ィんだけどさぁ、この世から速攻で退場してくんない?」

「あぁ? なに図に乗っちゃってんのテメェ。もしかしてもしかしてー、この俺に勝つ気満々だったりしちゃってんのかな? おー、哀れ哀れ。身の程知らずはホンット哀れだよなぁ。なんつーか泣きそうになってきちゃうわ、今から俺の手で綺麗な死体に工作される材料が自信まんまん過ぎてマジ笑える。なに? ウケでも狙ってんのかよ三流芸人が」

「相変わらず調子乗ってンなぁお前。あっはははははは……」

 一通り無気力な笑い声を響かせた瞬間、豹栄は短い息を吐いた。

 そして再生させた土色の翼をはためかせて、獰猛に口を引き裂き、

「そんじゃあ撲殺決定だけど、遺言を残してからここに立ってンだよなァクソガキがァァあああああああああああ!!」

「楽しく愉快にハッピーに虐殺してやるから頭ァ下げて感謝しろよぉ? クッソ風情の中年がァァあああああああああああああ!!」

 残忍な笑顔を誕生させて、凶悪な声で絶叫したのは闇に染まっている二人の悪人だ。

 冷たい雨に打たれる中で、夜来初三と豹栄真介は本日二回目になる死闘を再開させる。

 お互いに『悪人』らしく口を引き裂いて笑いあった瞬間―――二つの悪は激突した。

 心も体も悪で構成されている悪と悪。

 彼らの激闘が、再び始まった。



 呆然としている世ノ華雪花の視線が捉えているのは、圧倒的な力を持つもの同士の衝突が始まった瞬間だった。豹栄真介は自身の翼を大きく横に振るい、烈風を生み出して夜来を吹き飛ばそうとする。

 しかし、その膨大な風圧は夜来初三の体に触れた瞬間に消失してしまう。

「ほらほらどうした夜来くん!! もっと楽しく豪快にはしゃごーぜェ!? それともキュートで可愛らしいシャイな男の子が夜来くんなのかなァ!!」

「……上等じゃねぇか。クソの立場ってモンをよーくこの俺が教育してやるよ」

 夜来は足元に転がっていた大きな石を蹴り上げる。

 ただそれだけの行動で。

 その石は弾丸と同等の速度で豹栄の胸元を貫通し、心臓を確実に打ち抜いた。

 完全に殺害したのだ。

 完璧に昇天させたのだ。

 しかし、死んだ彼は再び生き返ることで胸の傷口を瞬間再生し、余裕の表情を見せてくる。

「夜来くーん。石は蹴っちゃだめでしょ。万が一車に当たったらどうすんだよバカが」

「速攻でバックれるに決まってんだろ」

「うわー、お前ちょー犯罪者予備軍じゃん」

 適当な言葉を交わしあった後、二人は水たまりを蹴り上げるように飛び出して、正面衝突してしまった交通事故のように激しく激突した。

 ドパアアアアアアアン!! と、その衝撃の影響によって辺りの水たまりや雨は周囲一体に吹き飛んでいった。

 かかってきた大量の水に思わず目を腕でかばった世ノ華は、その腕の隙間から見える光景に思わず息を飲んだ。

 理由は、いたって単純明快だ。

 夜来初三と豹栄真介の戦いが、あまりにも激しすぎたからである。

「オラオラァ! 死んどけよクソガキがァ!!」

 自分の胸に叩き込まれた豹栄の膝蹴りを瞬時に『絶対破壊』でぶち壊す夜来。

 足の根元から爆散するように散った豹栄の足だったのだが、瞬間再生によってトカゲの尻尾のように再び生えてしまうので、まったくもって無意味な反撃に終わった。

「さっきから俺のパーソナルスペース土足で荒らしてんじゃねぇよゴラァ!!」 

「―――ッ!!」

 飛び上がって、減り込ませる様に豹栄の顔面に右拳を大きく放つ。

 バキィ!! という、鼻っ柱に直撃して骨が折れた証拠の音が響いた。

 さらに威力も強力なので、脳みそを確実に揺らして意識を奪うことすら可能だった右ストレートパンチだった。そこらの凶器よりも恐ろしい一撃だっただろう。

 しかし、

 重傷を負った豹栄の傷は一秒にも満たない短時間で完治する。さらに、お返しと言わんばかりの翼を使った連続攻撃が、殴り終えたことで隙だらけだった夜来のボディに襲いかかった。

(嘘だろ……!! マジで、チートすぎんだろクソが……!!)

「ぎゃッハハハハハハハハハハ!! 甘ぇ甘ぇ、甘すぎて糖尿病になっちまうくらい甘ぇ味だぜ夜来くぅぅぅぅぅぅン!!」

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!! と、秒間百発にも及ぶマシンガンのように翼の先端が夜来の体のいたるところを叩きつけてきた。それらを瞬時に全て『絶対破壊』で防御する。が、壊しても壊しても文字通り一瞬で再生してしまうので、永続的な連続攻撃は停止する気配を一切見せなかった。

「あれまぁ夜来くん!! 何だか目が怪物みたいになってるぜぇ!? それともカラーコンタクトでカッコイービジュアル系バンドでも組んでるのかなぁオイ!! なんなら俺にもライブのチケット売ってくれよォ、最前列で応援してやっからさァ!!」

(―――っ!! 侵食が始まったか、クソっ!!)

 さらに『サタンの呪い』の多用によって、血のようになった瞳以外が黒一色に染まった彼の両目。このまま豹栄の攻撃に『絶対破壊』を使い続ければ、間違いなく、夜来初三は人間に戻れなくなりサタンに塗り潰されてしまうだろう。

「兄様!!」

 そんな絶体絶命である夜来の状態に気づいた、世ノ華の心配する声が響いた。他にも、自分の名を叫ぶ仲間の複数の大声が耳に入り込んでくる。

 だが、

 それらの言葉をかき消すような、邪悪な闇の叫びが上がった。

「ほらほらぁ、お友達が精一杯応援してくれてるぜぇ!? 夜来くんは皆の期待に答えられるのかなぁ!?」

「百点満点花丸だっつーのボケ」

 一歩踏み込んで、踵を使ってぐるりと回り、その遠心力を利用した魔力を込めた後ろ回し蹴りを豹栄の胸に叩き込んだ。ゴン!! と、ショットガンで打たれたように彼は吹っ飛んでいった……のだが。

「最近の高校生は怖ぇなぁ。手加減ってモンを何も知ってねぇ」

 転がっていった豹栄は軽々と体を起こして立ち上がり、涼しい顔をしてニヤニヤと笑っていた。

 夜来は唾を地面に向けて吐き捨てる。

 そのとき、

「大丈夫ですか兄様!!」

「夜来! 無茶をするな!!」

 夜来初三と豹栄真介の間に、壁として立ち塞がった二人の少女が現れた。

 さらに後から二人の『悪人祓い』も傷口を押さえながらノロノロと歩み寄ってくる。

「やっくんはカッコつけすぎ。僕一人でも十分だし」

「嘘を吐くな翔縁。お主一人じゃ余計に無理じゃ」

 夜来初三を一人で戦わせるわけにはいかない。

 その思いを胸に抱き、彼と共に立ち向かう為に皆は立ち上がったのだろう。

 仲間という絆。

 友情という証

 などの素晴らしく、輝いていて、温かいものを証明したような光景だった。

 七色夕那、雪白千蘭、鉈内翔縁、世ノ華雪花達の、仲間として頼れる大きな後ろ姿を目を見開いて凝視していた夜来初三は―――


「……邪魔なんだよ、クソ共が」


 と、憤怒に満ちた声で言い放っていた。

 自分達がなぜ夜来の怒りを爆発させたのかさっぱり分からない七色達は、仰天して振り返った。

「……何で、テメェらはそうアホなんだよ」

 そこには、無情で、暗い、黒い、侮蔑するような目を向けてくる夜来初三が静かに雨に打たれていた。

 七色は、現状に戸惑いながらも口を開いた。

「な、何を怒っているのじゃ、夜ら―――」

「何でテメェらはそうアホなんだっつってんだよ!! あぁ!? 実はアホじゃなくてバカなンじゃねぇのか!? テメェらの大事な大事な脳みそは豆腐か何かで出来てんのかよクソったれが!!」

 激昂した彼は、大きな舌打ちと共に七色達の襟首を一人ずつ引っ掴んで後方に投げ飛ばした。

 ……夜来の行動をまったく理解できない。誰もがそう思った。

 なぜ、彼は共に戦ってくれる七色達に激怒して戦場から彼女らを離脱させるような行動を取ったのか。

 豹栄も彼の反応に怪訝そうに首を傾げている。

「に、兄様!! 私たちは兄様を助けようと―――」

 世ノ華の言葉を切り捨てるように、

「テメェらは俺を助けようとしたんじゃねぇんだよ。よく考えろバカが。テメェらはそのクソ野郎に一致団結して立ち向かった結果、どういう結末が待ってたんだよ。よーく思いだせ」

 顎で、豹栄を示して言った。

 世ノ華達は、彼の言いたいことが察せたのか、申し訳なさそうに俯いてしまう。

「テメェらじゃ、このドクソの足元にも及ばねぇんだろうが。つーか、遊ばれてるようなモンだったんだろ? だったらテメェらの助けなんざ、俺にとっちゃ邪魔以上にデメリットになる。テメェらがまーた無謀にも立ち向かって、今度こそ殺される可能性が高ぇんだよ。だったら、ここは一時撤退っていう行動を俺のためにも取るべきだろうが。それを何だ? 一緒に戦おう、みてぇな感じで俺を庇いやがって……アホ以上にアホらしいぞテメェらは。そういう無駄に仲間意識して馬鹿やんなら他所よそを当たれ」

 あまりにも言いすぎな言い方に、雪白が反論を立てようと口を開く。

「し、しかし―――」

「……俺はよう。テメェらと仲間意識全開で一緒に戦いてぇんじゃねぇ。……テメェらを生き延ばしたいんだよ。だからこの場から失せろ。俺のためを思うってんなら、とっとと消えろ」

 夜来の言いたいことが理解できた雪白。

 彼女は、彼の気持ちを無視して自分勝手に一緒に戦おうとしたバカな自分を恥じながらも、勢いよく立ち上がった。

 他の者にも目を向けてみる。

 七色も鉈内も納得しているようで、目があうとコクりと頷いてくれた。

 しかし、


「嫌、です……」

 

 冷たい雨に輝く金髪を濡らしている世ノ華雪花だけは、意外にも、夜来初三の言うことを聞かなかった。堂々と拒否して、大きく首を横に振った。

「兄様を見捨てて、逃げたくありません!!」

「ここでテメェが俺と共闘しても、お前の力じゃ真っ先に殺られるから逃げろつってんだよ。俺ァテメェと背中を守り合って戦いてぇんじゃねぇ。……テメェを生かしてぇんだよ。だからとっとと失せろ、クソガキが」

「嫌、です……」

「いい加減にしねぇと死なねぇ程度に殴ってあいつらに連れて行かせんぞコラ。もういっぺん言っといてやる―――失せろ」

「嫌です……!!」

 何があっても、何を言っても、何をしても、世ノ華は首を横に振り続けるのだろう。

 普段は、誰よりも夜来を慕って懐いている彼女が、ここまで頑なに拒否の返答しか返さないことに、さすがの夜来も動揺を見せていた。

「私は、兄様と離れたくない、です……」

「しつけぇぞ。失せろっつってんだろ」

「だって、だって……」

 彼女は、泣きながら嗚咽を繰り返しながらも、夜来のもとへフラフラとした足取りで近寄っていき、背中にぎゅっと抱きついた。

  

「兄様が、私を妹と本気で想ってくれてる事がわかったのに……。ここで兄様だけが殺されたら、私、自殺してでも兄様の後を追っちゃいますから……」


「―――っ!」

 七色との電話でしか漏らしていない、世ノ華に対する本音がバレていることに驚いて、肩を揺らした夜来。……嘘を吐いていたのだろう七色を一喝したい気持ちで一杯になったが、今は背中から離れることがない世ノ華に意識を向けて、

「……チッ。だったらなおさらだ。妹のテメェが死ぬのだけは、兄として見逃せねぇっていう俺の思考回路理解できんだろ。だから失せろ」

「嫌です。私も、妹として兄を見捨てるわけにはいきません」

 ダイヤモンドよりも固い決意を感じる、世ノ華の言葉。説得は、誰がどう見ても無理な状態だった。

 それほどまでに、彼女の瞳には揺らぐことがない意思が存在していたのだ。

 夜来は仕方なさそうに溜め息を吐くと、

「……もう勝手にしろ。だがなぁ、テメェは手ぇ出すな。俺の喧嘩にゃ関わんな。それが条件だ」

「はい……! 兄様から離れないだけで大きな安心感で溢れますから、それで十分です!!」

 本当に、心から安堵した顔で首肯した世ノ華雪花。

 夜来は彼女を一瞥してから、他の者達へ振り返らずに言った。

「テメェらも、それでいいなら勝手にしろ。どうせ、それじゃ自分たちも残るだの言いだすだろうしな」

 七色達はどこか満足げに頷く。

 彼を見守るということが出来る時点で、そうとう安心しているのだろう。

 だが、 

 豹栄真介だけが、この場に似合わない不思議な表情をしていた。

(……何だ、あの野郎?)

 当然、夜来は眉を潜めた。

 敵である彼ならば……この状況に大声で嘲笑うなり、くだらないと吐き捨てるなり、一々夜来達の話が終わるまで礼儀正しく待ってることもせずに襲いかかるはずだ。

 今は演劇をしているわけじゃない。

 無慈悲な殺し合いの最中である。

 なのに。

 それなのに、豹栄真介だけは攻撃を仕掛ける絶好の機会だったというのに、何のアクションも起こさなかった。ただ、どこか寂しそうな顔を維持して、天から降り注いでいる雨に体を濡らしている。

 その違和感だらけの首を傾げる様子を凝視していた夜来は―――驚愕の事実を知った探偵のように目を見開いた。

 そして呟くように、

「……ま、さか」

 夜来初三は、自分の背中に抱きついたままの世ノ華雪花をやや強引に引き離し、雪白千蘭のもとへ突き飛ばすように避難させた。

 しかし、豹栄真介からは視線をロックオンさせたままだ。

 さらに唸るように言い放つ。

「テッメェ……舐めた真似してくれたじゃねぇかよ。クソ風情のミジンコが」

「……バレちまったか」

 カンニングが発覚した生徒のようにバツが悪そうな顔になる豹栄真介。

 二人のやり取りに理解が追いつかないでいる七色達は、完全に空気にされている様なものだった。

「兄、様……? 一体、なにをしているんです、か?」

「夜来、さっきから何の話しをしているんだ……?」

 鉈内も七色も同様に、

「やっくん、マジ意味わかんないんだけど……」

「まったくじゃ。儂らにもわかるよう説明せんか」

 豹栄側の戦力はほぼ壊滅状態。

 もう『凶狼組織』の者達は、まともに動ける者は既に皆無で、豹栄の力にもならなければ士気も下がりに下がっている状態だった。

 しかし、七色達もそれは同じこと。

 明らかに、戦闘が可能とは思えないほど疲労していて、豹栄真介に立ち向かっても戦力にはならない。そんなことをすれば、夜来が言うところの自殺行為に等しい行動になるだけだ。

 故に、この戦場の中で唯一拳を振るえる者達こそが。

 大悪魔サタンに身を喰わせている夜来初三。

 不死を司るウロボロスに染まった豹栄真介。

 彼ら二人だけが、この戦いに終わりの幕を下ろせる生き残った者達なのだ。

 しかし、

「……豹栄。テメェ、マジでふざけんじゃねぇぞクソったれが……!」

「……」 

 彼らは激突しあうことも殴り合うこともしないまま、視線をぶつけ合っている。

 憤怒に染められている低い声が、どこか呆れるように響いた。

「そんな方法で、救えるとでも思ってたのかよ……小悪党が」

「俺のやり方が間違ってる事は百も承知だ。だが、てめぇに指図される言われはねえ」

 夜来初三は小さく息を吐いた。

 その行動には呼吸活動を行う為の意思はなく、溜め息と見れるものだった。

 さらに彼は額に手を当て、視線を水たまりが出来上がっている汚れた地面に落としてから。

 ……世ノ華雪花を横目で一瞥した。

 口を開く。

「テメェは兄貴失格だ。小悪党が」   

  


 


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