妹
唯神天奈と秋羽伊奈は思っていたよりは安定していた。雪白と比べたならば、それこそ大丈夫だろうと思える程に(雪白の状態が酷すぎるからだろうが)。
そして本日最後の訪問者が現れる。
「えっと、入っていいですか?」
「どうぞ、かけてくれ」
ドアを開けて入出してきたのは世ノ華雪花だ。一番精神的に余裕があるように振舞っている彼女は、いつもと変わらない顔を作っている。そそくさと椅子に座った世ノ華をみ捉えて、五月雨乙音はコーヒーを彼女の前においた。
「いい加減に一口くらいは飲んで欲しいものだが、どうかね?」
「はい、じゃあいただきます。アイスですよね?」
「ああ、今度は無駄にならなくて済んだようで安心したよ」
と、前置きはこれくらいして、五月雨は即座に本題へ移行する。
コーヒーに口をつけている世ノ華に口を開いた。
「一応言っておくが、彼の居所は未だに掴めていない。すまないね、朗報などは持ち合わせていないんだ」
「そう、ですか……。いえ、兄様は大丈夫です。確かに寂しいですけど、兄様は強いですからね。心配するだけ無駄ですよ、どうせ兄様はふらりと帰ってくるんですから」
「あまり無理はしちゃダメだよ」
「え……?」
持っていたコーヒーのカップをテーブルにおいて、顔を上げてきた世ノ華にもう一度言い放つ。
「あまり無理はしちゃダメだよ。君と彼の間に何があったのかは分からないが……よほどの思い出があることは想像がつく。苦しくなったらきちんと吐き出さないとダメだよ」
「……そう、ですね」
確かに五月雨乙音には分からないだろう。いや、知らないだろう。―――あの世ノ華を滅亡させた一人の兄から始まった、夜来初三との血なまぐさい過去を五月雨が知るはずもない。
世ノ華は小さく苦笑する。
「まぁ、私は兄様を信じてますから。大丈夫ですよ」
「それなら構わないが……」
そこで、五月雨が気づいたようにこう言った。
「そうそう、君に頼みたいことがあるんだが」
「? なんですか?」
「雪白千蘭……彼女のことを気にかけてやってくれないかな」
しばしパチクリとまばたきをして呆然とした世ノ華は、口元に手を当てて思わずクスクスと笑った。息を整えてから、こう尋ね返す。
「いや、構いませんが、どうして私にそんなことを? あいつとは仲がいいとは言えない関係ですよ?」
「君だからさ。これは七色がアドバイスをくれたんだよ、雪白の面倒は世ノ華にみさせろって」
「七色さんが……?」
「ああ、『喧嘩するほど仲がいい』らしいからね、君たちは」
どうにも喜びきれない褒め言葉なのか分からない評価に、世ノ華はポリポリと頬を掻いて微妙な表情を作る。それでも溜め息を吐いて肩を落としながら、
「ま、まぁ分かりました。あいつの暴走にはよく付き合わさられましたし、今更どうってことないですから。また殴ってでも元に戻してみせますよ」
確かに付き合わされていた。
夜来初三を雪白千蘭が監禁して拘束して精神をズタズタにした事件の際にも、世ノ華は雪白を徹底的に殴り飛ばして正気に戻そうと一番奮闘していた。昔のくせ故に、世ノ華は一度キレると口よりも先に手が出るタイプの人間だが、おかげで雪白との問題は綺麗に幕を下ろすことができた。
もしかしたら。
世ノ華雪花と雪白千蘭は『そういう』絆があるのではないだろうか。
五月雨は満足そうにクマだらけの眠たそうな目で頷いて、
「頼んだよ。今の現状から見て、君だけが精神的に安定している。何より、私じゃ雪白の心に一歩踏み込むことすら許されないだろう。だが―――君ならば問題ないだろう」
「私ならって……どういう」
「君と雪白は、あの不良息子とチャラ息子のような関係だとも七色が言っていた。言いたいこと、わかるかね?」
「……まぁ、不服ですけど」
確かに似ているかもしれない。
夜来初三と鉈内翔縁という関係に似た繋がりが、雪白千蘭と世ノ華雪花には芽生えているかもしれない。どこか、あの二人と少女二人は同じ匂いがするかもしれない。
それは言葉では表せない関係であり絆であり信頼。
世ノ華は渋々と言った風の態度を崩すことがないが、雪白を気にかけるという頼みを引き受けている事実からして……。
「面白いね、君たちは」
思わず五月雨の口元が緩んだ。
世ノ華は首を傾げて、
「どういう意味ですか?」
「いやなに、不思議な友情もあるものだと思ってね」
「?」
怪訝そうにこちらを見つめてきている世ノ華を無視して、五月雨は最後にこう言った。
「じゃあ、雪白を頼んだよ。私じゃ彼女には何の安らぎを与えてやれない」
「……面倒ですけど、受けた仕事はやり通します。お任せ下さい」
それに、と付け足した世ノ華。
彼女はニッコリと微笑んで、
「雪白の馬鹿の面倒くらい見てなくちゃ、兄様に叱られると思うので」




