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不死身

『凶狼組織』の男から奪い取っておいた携帯電話の中から、連中の行動スケジュールを手に入れられた夜来初三。彼はその情報の中から神水峽旅館が襲撃させることを知り、即座に七色達に逃亡の連絡を行った。

「……いい加減飽きるな、コイツらを潰すのにも」

 これで五つ目になる『凶狼組織』のグループを叩き潰したことによって、疲労で一杯の溜め息を吐いた。ふと辺りを見渡してみると、そこには血まみれになった組織員達が転がっていて、すぐに応急処置をしなければならないレベルの怪我を負っている。

 腕は折れ曲がり、足は引き抜かれていて体のパーツが足りなく、顔はもうぐちゃぐちゃに潰されている者もいた。

「しっかし、豹栄のクソがまさか旅館に向かってるとはなぁ。こっからじゃ時間がかかるし……追いつけねぇか」

 あたりは木々に囲まれているので、走って向かうという方法は実行が難しい。

 さらに言えば、この山の中にまだ『凶狼組織』の生き残りがいる可能性だってある。よって、ここで連中を殺すとまではいかないが、せいぜい戦闘不能にするまでは追い込んでおきたい。

 後々、敵が増える厄介な場合も考慮した上での考えだ。

 やはり獲物は今のうちに狩っておくほうがいいだろう。

「おい、ゴミ」

 ゴン!!

 と、夜来初三は近くで倒れ込んでいる男の腹を蹴り飛ばした。吹っ飛んでいった男は、脇腹を襲ってくるあまりの激痛に悲鳴を上げて大木の一つに背中から激突する。

「がはっ、ごはっ!!」

「咳き込んでる場合じゃねぇだろ虫ケラが。豹栄のクソは、テメェら以外の部下と徒党組んで神水峽旅館に向かってンのか?」

 呻き、涙を落としてブルブルと震えている男は、コクコクと壊れた機械のように頷き、

「は、はい。そ、そぉです」

「チッ。もう一つ聞くが、テメェら以外にこの山の中ァ俺を探してる命知らずはあと何人いんだ?」

「も、もういないと思いま、ます。残りの奴らは全員、ひょ、豹栄さんと神水峽旅館に行って、世ノ華雪花たちをつ、捕まえようとするはずです」

「ふーん。ンで、その残りってなァ何人なんだよ」

 残りの敵数を知るために尋ねた質問なのだが、夜来は男の返答を耳に入れた瞬間青ざめることになる。

 なぜなら、


「な、七十、人です」

 

 

 神水峽旅館の前で敵を待ち伏せていた七色達も顔を青ざめていた。

 目の前から行進してくるように歩いてくる黒い群れ。正体は全身黒スーツ姿の『凶狼組織』たちなのだが、それはあらかじめ分かっていたことだ。いまさら驚くわけがない。

 が、しかし。

 それが七十人の軍勢だったならどうだろうか。

「まずい、のう」

 冷や汗を流した七色夕那は、ふと背後にそびえ立つ神水峽旅館に目をやった。

 彼女が『まずい』と呟いた理由は、その関係のない一般人が宿泊している旅館を、ハンドガンや刀などの刃物を所持した七十人の敵から守りきれるかどうか、という思いからの言葉だった。

「夕那さんは下がってて。後方支援のほうが向いてるでしょ」

 そこで、鉈内翔縁が自分の母を庇うように後ろへ下げさせた。

 大人しく自分の背後へ七色が回ったことに安堵の溜め息を吐いたあと、彼は着用しているパーカーの中から一枚の御札を取り出す。

 それは、刃物のように輝いている銀色の御札だった。

「『武器変換―――夜刀』」

 さらに、『対怪物用戦闘術』の一つである呪文を短く唱える。

 瞬間、銀色の御札は激しく発光し、みるみる内にその姿を日本刀―――『夜刀』へ変化させる。

 刃はおぞましいほどに輝いているのだが、持ち手の部分は正反対の黒一色。まさしく、夜に輝く刀―――夜刀であった。

「まぁ、一応峰打ちにしといてあげよっか」

 鉈内はその手に夜刀を握りしめて、戦闘準備を整えていた。

 すると、前方に自分達のターゲットである少年少女達が立ちふさがっていることに気づいた『凶狼組織』は、歩行を停止させた。

 七色達と『凶狼組織』は睨み合うだけで、どちらもアクションは起こさない。

 そんな緊迫した状態に呆れたのか、『凶狼組織』の組織員達の群れから一人の男が姿を現した。

 他の組織員達は全員黒スーツを着用しているのに、彼だけは白スーツを着こなしているので、とても目立っている。

「あれまぁ、マイシスターまでいるの? 一体、どういう風の吹き回しで待ち伏せなんてやってンだ?」 彼、豹栄真介は自分の赤髪をいじりながら歩いていくる。次に、右手にはめている白のゴム手袋を整えてから、口を開いた。

「雪花ぁ、なーんでここで待ち伏せしてんのかって聞いてんだけど。兄ちゃんの言うことが聞けないのか?」

「ええ、聞けませんね。だってアナタは私の兄じゃありませんもの。私の兄は初三兄様だけです」

 バガン!! と、持っている金棒を地面に叩きつけて、威圧しながらも会話を行う世ノ華。

 しかし、彼女に殺意の目を向けられている兄は、

「あっハハハハハハハハハハ!! おいおい、なんだよなんだよなんだよどうしちゃったンだよマイシスター!? お兄ちゃん、もしかして妹に嫌われちゃったのか?」

「もしかしなくてもそうです。あと、アナタは私の兄じゃありません。何度も言わせないでください」

「初三兄様だけがお兄ちゃんなんだっけか?」

「ご名答」

 兄妹喧嘩の域を超えている二人は、明らかにお互いを敵同士としてしか見ていない。おそらく、妹は兄を容赦なく殺すし、兄は妹を容赦なく殺すのだろう。

「まぁどうでもいいや。とりあえず、お前ら拘束して夜来ボコボコショーの観客にしてやる」

 ニヤリ、と殺人鬼同然の笑顔を開花させた豹栄真介は、軽く手を振った。

 どうやらそれが合図だったようで、『凶狼組織』の七十人の部下達は大声を上げながら七色達のもとへ走り出す。

「そんじゃまぁゲキ面倒くさい感じだけど行くよー世ノ華」

「こんなときまでチャラチャラしないで!」

 それに対して夜刀を装備した鉈内と金棒を握りしめた世ノ華も連中の猛攻に突っ込んでいく。

「え、あ、ちょ―――」

 その様子をあたふたと見ていた雪白千蘭だったが、自分に襲いかかってくる無数の敵―――大量の『男』に気づいた瞬間。



「やっぱり、初三以外の男に触られると吐き気がしてくるわ。もう我慢できない」



 彼女の身体から、一人の少女が飛び出てきた。

 肩まで伸びた白金の髪が月によって輝き、黄色の瞳は爬虫類のように鋭くなっている。白いワンピース姿の少女で可愛らしいのだが、その瞳には男を見ていることに対しての明確な嫌悪感が宿っていた。

「失せて頂戴。初三以外の男を視界にいれたくないの」

 イラついた声で言い放ち、右手を横へ水平に振るう。すると業炎が撒き散らされていき、襲いかかってきていた男達は一瞬で灰となって、散った。 

 ……間違いない。安診・清姫伝説の怪物―――清姫だ。

 雪白は、目の前で疲れたように息を吐いている清姫を、驚いた顔で指さす。

「お、お前……なん、で」

「あなたはまだ、私の力を使いこなせないから直々に私が出てきたのよ。でも、残念ながら初三と戦ったせいで少し弱体化しちゃってるし、本気は出せないわね。その証拠に、あなたは私に全然侵食されてないでしょ? それは私が弱体化したからよ」

 雪白が尋ねてきそうな質問の答えをあらかじめ用意していたのか、清姫は淡々と口にする。

 彼女は己の右腕を前方に突き出す。すると、その細かった女の子らしい腕は白蛇の姿へ一瞬で変化し、大きく口を開けて敵の群れへ突っ込んでいく。

 なぎ払い、吹き飛ばし、噛み砕いて『凶狼組織』を圧倒する。

「ッ! 後ろだ!!」

 雪白の大声で清姫はハッと振り返る。

 そこには、惨殺用武器である刀を頭上高くに大きく構えた男が、獰猛な笑顔を浮かべていた。

 そして振り下ろしてくる。情けなど微塵もかけることなく、清姫の首を落とそうとしてきた。

 しかし、彼女は興味の欠片も抱いていない目を細めて、

「やっぱり、男は嫌いだわ」

 改めて自覚したように言った―――瞬間、清姫の下半身が大蛇のものへと変わり、襲いかかってきていた男を叩き飛ばした。

 がゴン!! という明らかに体のいたるところが壊れたことが分かる快音が鳴ると同時に、男は木々の中へ猛烈な速度で吹っ飛んでいった。

「あーうざい。ホンットうざい。男は初三以外いらないわね、他の男はドブで生活してればいいのよ。あなたもそう思うでしょ? 雪白千蘭」

 振り返って、雪白にいきなり共感を求めた清姫。

「へ? う、うん。まぁ、確かに夜来以外の男はあまり好いていないけど……」

「やっぱり同じね私たち!! 気が合うわ!」

 満面の笑顔を咲かせた清姫に、雪白千蘭はぎこちない笑顔を送り返す。

 そこでふと、視線をある方向へ向けてみた。

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 そこには―――明らかに武術家と思えるほどの動きで夜刀を軽々と振り回し、敵を一掃している最中である鉈内翔縁が絶叫を上げて戦っていた。敵の攻撃は受け止めることすらせずに簡単にかわし、次の瞬間には刀を叩き込んでいる。彼の周りに血が舞っていないことからして、鉈内は宣言通り峰打ちのみで戦っているのだろう。

 鉈内は、いつも浮かべている笑顔……。ニコニコとした安心感を与えてくれる表情は既に消え失せていて、その瞳には武人としての色があった。

 そんな、いつものチャラ男っぷりから一変した彼の様子に、雪白が口を開けて驚いていると、

「翔縁はのう、『悪人祓い』としての力……『怪物用戦闘術』や詠唱などがそれはそれは不得意で、正直言ってあやつは『悪人祓い』に向いていないのじゃ」

 いつの間にか横にいた七色夕那が、鉈内の勇姿を眺めながら語りだした。

「じゃから儂も、『無理して儂の背中を追いかけなくていい』と昔言ったのじゃが、全然言うことを聞かんのじゃよ。僕も『悪人祓い』になる、の一点張りじゃ」

「でも……鉈内はかなり……」

「そう、強いのじゃよ。翔縁は、自分は詠唱などが不得意だと自覚した後日から、純粋な戦闘術を鍛え始めた。剣術、空手、柔道、棒術、などの武術全般を独学で勉強し初めて、毎日毎日勉強し、単純に強くなったのじゃ。そうして『悪人祓い』が使う詠唱や呪文が苦手なのを武術でカバーしているのじゃろう」

「……」

 じっと鉈内を凝視する雪白は、そこで彼と初めて出会ったときのことを思い出す。

 それは、鉈内と夜来が七色寺の境内で激しい乱闘を繰り広げてしまったときのことだ。あの殺し合いの毎日を生きてきた夜来初三と互角に渡り合えていた鉈内翔縁……。どうやら、彼が強い理由にはそういった裏があったようである。

「こんにちはー」

 突如、背後から声がかかった。

 七色達がゆっくりと振り返ってみると、そこには世ノ華雪花の兄―――豹栄真介が一対の土色の翼を背中から生やして気味の悪い笑顔を浮かべていた。

「お主、やはりそれは『ウロボロスの呪い』じゃな……」

 翼を凝視しながら、七色は呟く。

 一歩下がり、即座に御札を取り出して戦闘態勢を整えた。

「あー、アンタ『悪人祓い』だっけ。確かそうだったっけ」

 ぼやくように言う豹栄真介を睨みつけた清姫。彼女も七色の横に共闘するように立ち並んだ。怪物である彼女が手助けしてくれるとは思っていなかったのか、七色は一瞬目を見開いていた。

 しかし、この現状を打破するには目の前の豹栄真介を倒すことが優先。清姫には口を開くことなく、敵の大将様を睨みつけた。

「さっさとここから撤退しろ馬鹿者が! 関係のないものまで巻き込む気か!!」

「あ? それってもしかして旅館にいる奴らのこと言ってんの?」

「当たり前じゃ!! この騒ぎもいつかはバレる。だから今すぐ撤退しろ!!」

「おいおい、なに甘い考えしちゃってんのお前。誰かに見られるかもしれないぐらいのリスクで、撤退するような俺らだとでも思ってんのか?」

 その通りだ。

 一般人に目撃されることを恐れているようでは、大規模犯罪組織にまで『凶狼組織』は成り上がらない。有名にならない。力をつけることはない。

 だからこそ、豹栄はくだらないと言わんばかりに鼻で笑ったのだ。

 しかし、

「豹、栄……」

 ここで、豹栄真介も含めた敵味方全員が背筋を凍らせるような低い唸り声が響いた。怒りに満ちた呟きにも取れる、圧倒的なまでの殺意に染まった声音。誰もを恐怖のどん底に突き落とすほどの鬼の声。



「豹栄真介ぇぇぇエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!」



 自分を滅亡させた張本人である兄に突っ込んでいく彼の妹、世ノ華雪花は血走った目で絶叫を上げていた。『羅刹鬼の呪い』を全力で引き出して、鬼の絶対的な筋力を手にする。その脚力を生かして、ほぼロケットのように飛空することで豹栄のもとへ飛び込んでいった。

「―――あがっ!?」

 轟音が炸裂する。

 豹栄は自分の顔を走った衝撃に声を上げて吹っ飛んでいった。理由は、世ノ華がホームランを打つようにスイングした金棒がこめかみに直撃したからである。

 さらに世ノ華は飛んでいった豹栄の進行方向に先回りをして、浮いたままの彼を殴り飛ばす。さらに先回りをして殴り、またもや肉をえぐるように殴る。

 この容赦ない連続攻撃を繰り返す彼女には、もはや敵を排除する意思しかない。

 この瞬間、兄と妹の死闘が始まったのだ。

 しかし彼女の目には、既に豹栄真介を自分の兄だと認識していない色がある。ただの敵としか見ていない、そんな真っ暗な目だった。

 地面に転がっていく豹栄。

 その肉体は誰もが目を背けるだろう無残な肉塊に変えられていた。『凶狼組織』の部下達も、自分達のリーダーの変わり果てた姿を凝視して、ただただ唖然としていた。

 しかし、豹栄真介の力を忘れてはいけない。

 生命の運命を百八十度変えるような絶対的な能力。

「ったくよォ、妹にDVされるとかお兄ちゃんまじショックだよ」

 すなわち、彼は『不死身』なのだから。

 まばたきをした直後には彼の体は元通りに再生されていて、まさしく『死と再生』を司る怪物に憑依されている証だった。

「失せろ。カス野郎が」

「あれあれ? 口が悪くなってるぜ雪花。いや、元に戻ってる……って言ったほうがいいのかなぁー?」

 彼の返答に小さな舌打ちを吐いた世ノ華は、持っている金棒を傍にあった大木に叩きつけた。すると大木は根元から綺麗に外れて、弾丸のような速度で突進していく。

 だが、

「お兄ちゃんの力は『不死身』だけじゃないんだよー雪花ァ」

 粉々に吹き飛んだ。

 砲弾代わりの大木が、木っ端微塵に粉砕されてしまったのだ。破壊の犯人は翼だ。真上から振り下ろされた怪物の翼が、先ほどの一撃を盛大に無力化してしまったのだ。

「器物損壊にはならねえよな。自然保護団体とは確実に敵対した瞬間だろうが」

 自分に迫ってきた大木を、背中から生えている土色の翼を使って粉々に破壊した豹栄はニタリと不敵な笑みを作り上げた。

 対して、

「死ねっつってンだろうがよォ、このクズ野郎がァァあああああああああッ!!」

 羅刹鬼の力を使いこなし、世ノ華は再び豹栄の懐へ飛び込んだ。三メートル以上の長さを誇る金棒を、縦横斜め、あらゆる方向から軽々と動かして様々な攻撃を行う。

 しかし、豹栄真介は腕を折られても足を叩き飛ばされても『不死身』の能力を行使して、すぐに無傷の状態へ戻ってしまう。時間の無駄だった。壊しても治ってしまえば、それは結果的に壊せていないことになる。

「オラァ!!」

 ガン!! 叫び、兄の顎を金棒で下から叩き上げた。しかし、すぐに傷口はふさがって豹栄の顔に笑顔が浮かぶ。

 攻撃性に満ち溢れた瞳。

 それをランランと輝かせた豹栄は、口を引き裂いて笑顔を濃くする。

「甘いんだってば。マイシスターよォ!!」

「―――がはっ!?」

 豹栄の翼が世ノ華の脇腹に激突した。

「ほらほらもっと頑張れよ雪花ァ! そんなんじゃアお兄ちゃんあくび出ちゃうよ!! 久しぶりにお兄ちゃんが遊んでやってンだからちったァお前もはしゃいでみせろよゴラァ!!」

 さらに翼を使った四方八方からの連続攻撃が世ノ華を喰らう。

 肩、顔、腹、足、胸、腕、腹、顔、肩、肩、足、腹にドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!! と翼の先端が何百回も激突してくる。

「か、っは……」

「ほらほら、俺を殺すんじゃなかったのかよクソガキが。嘘はだめだよってお兄ちゃん教育してやったよなぁ? 殺すんだったら汗水流して殺しに来いよ! あぁ? なーに今にもピーピー泣き喚きそうなツラになってんだァおい―――ってああそっかそっかァ!! お兄ちゃんに構って欲しいんだな? ったく、可愛い妹でお兄ちゃん妹萌えになっちゃうよ。ぎゃっははははははは!! お兄ちゃんは嬉しいんだけどさぁ、そのブラコンはいい加減直せよー? お兄ちゃん的には胸がキュンキュンしちゃうんだけどさぁ!!」

 呼吸困難になり、激痛によって体を動かせない彼女の襟を引っつかんで投げ飛ばした豹栄。

 地面に這いつくばって呻き苦しんでいる彼女を一瞥した彼は、自分の背後に迫っている殺気に気づき、反射的に振り向いた。

「情けないわねぇ、鬼の娘!!」

 そこには、豪炎をまとった腕を振り上げている怪物―――清姫がいた。

 彼女はその腕を豹栄の顔面に叩き込む。

 ドガァン!! と、膨大な爆発と共にうまれた衝撃によって、頭部を盛大に爆破された豹栄真介は確実に死んだ。昇天した。

 しかし、

「いい加減気づけよ。テメェらじゃあ俺にゃ届かねぇんだって。そろそろ本気で―――他界させてやろうか?」

 瞬間再生によって再び『生き返った』彼の後ろ回し蹴りが飛ぶ。

 ガン!! それは清姫の側頭部に直撃した。蹴り飛ばされた彼女を、何の力にもなれない雪白千蘭が瞬時に抱きとめる。

 その結果、清姫を抱きしめて雪白は地面を転がっていった。

「あ、あなた……」

「おい! 選手交代だ!! どうやったらお前の力を操れる!?」

 激昂に近い大声にビクリと全身を震わせた清姫。

 雪白はそんな彼女には構わずに続ける。

「今のお前は弱体化しているんだろう!? しかもダメージだって結構負ってるじゃないか! だから今すぐ私に力の扱い方を教えて私のなかに戻れ!」

「で、でも……」

 清姫は躊躇っている。

 雪白千蘭を自分の代わりに戦場へ送り出すような行為に、なかなか賛成できないのだろう。

 そんな考えを見抜いたのか、雪白はさらに声量を上げて、

「お前は私の仲間だ! 味方だ!! 同じ『悪』を背負っている家族みたいなものだろう!! だったら私の身を気にするのと同時に、私の意思を尊重することも考えろ!!」

「っ……!」

 しばし黙り込んだ清姫は、ふぅと短く息を吐いた。

 雪白千蘭の意思を無視して自分一人の考えに従って動いたことに、今更ながら何てバカなことをしていたのだろうと悔やんでいるような表情だ。

 彼女はようやく口を開き、

「わかったわ。ただし、無茶はしないで」

「ああ!」

 雪白が首肯したことを見届けた清姫は、彼女の胸に手を当てて、

「いい? 怪物と人間は『悪』によってつながっているの。私とあなたなら『男を憎む』悪ね。だから私たちは一心同体も同然。同じ『悪』を背負う者同士なのだから、あなたとわたしは何も変わらない。同じ存在なの。だから、力を使う方法は単純」

 一旦と切った後、強調するように続きを言った。


「あなたが私という存在ともっともっと同じになって……つまり私に飲み込まれれば、あなたは私と一心同体以上に一心同体になれる。清姫わたしになれるのよ」


 そう言い残してから、彼女は雪白千蘭の中へ戻っていく。

 消えるように、幽霊のように雪白千蘭の身体へ入っていった。

「っ! く、あ……」

 すると、雪白千蘭の身体に―――皮膚にとある変化が生じた。

 ヘビの鱗のような紋様が全身に広がっていき、ルビーのような赤い瞳は輝く黄色に変色する。

 その姿には見覚えがった。いや、ついさっきまで視界に収めていた彼女の容姿にどこか似ていた。


 間違いなく、『清姫の呪い』に侵食されるかわりに怪物の力を雪白千蘭が扱っている証拠である現象だった。

   

「これなら……」

 己の内に湧き上がる強力な力を実感している雪白は、前方で余裕の表情を崩さないでいる豹栄真介を睨みつけて、

「これなら、お前を叩き潰せそうだな!!」

 叫び、『清姫の呪い』を扱うことで得た身体能力を駆使して、敵の目と鼻の先まで急接近する。

「ッ!? て、テメェ―――」

「男の声は嫌いだ。耳に悪い」

 雪白の豹変した姿に若干の動揺を見せた豹栄の顔に、炎を収束させた右ストレートが放たれた。

 ゴン!! と顔から伝わってくる熱い衝撃によって飛ばされた豹栄真介を一瞥した雪白千蘭は、自分の胸に手を当ててから、

(清姫……もっとだ……もっと私を喰らえ……!!)

 そう念じるように心で叫んだ瞬間、

 彼女の背中にある『清姫の鱗』を表す紋様がさらに全身を包んでいった。

「ったく、おもちゃが振りまわせるようになったからって調子に乗る―――」

 再び生き返った豹栄が顔を上げた。しかし思わず息を飲む。その目に飛び込んできた光景とは、右腕を白蛇の姿へ変えて上空から迫ってくる清姫に憑かれた少女である。

「失せろ」

 雪白は白蛇に変化した腕を振るう。

 それは恐ろしい程の速度で豹栄の体を貫くために突進する。

「だーかーらー、無駄無駄ァ!! 努力とかちょー無駄なんだって分かれよクソアマがァあああああああああ!!」

 彼は軽く横に移動するだけで回避を成功させて、獰猛な笑顔を見せた。

(呪いの使い方はなんとなくわかってきたけど、完全じゃない。私じゃ……何もできない……!!)

 心底悔しそうに歯を食いしばった雪白千蘭。

 が、しかし。狙いである豹栄の背後から姿を表した人物によって意識はそちらに引き戻される。


「僕の存在忘れるとかマジ引くわー」


 夜に輝く日本刀―――夜刀を振り上げた鉈内翔縁の存在にようやく気づき、バッと振り返る豹栄。

 しかし時すでに遅かったようで、鉈内が振り下ろした刀によって豹栄の頭が首から下の体から綺麗に切り離される。

 ゴトン! と、首の根元から切断された豹栄真介の顔が転がった。

 しかし―――

「酷ェなぁ。人の首切り捨てるとか残虐性が激しいんじゃねぇの? マジで切られる身にもなってくださいってぇ話なんだわ」

 やはり彼は死なない。いや、正確には死んだはずなのに生き返ってしまうのだ。

 豹栄は落ちている自分の頭を拾い上げると、それを首の切断面にくっつける。すると、あっという間に切り離されていた首と体は元通りにつながってしまった。

 つまり、『不死身』の力によって―――生き返ったのだ。

「でもまぁ、お前らはよーく頑張ったと思うぜ? 成績表にゃあ『努力する姿が素晴らしお子さんです』って書いてやっから泣いて喜べよ?」

 周囲に倒れ伏している五十人程度の部下と疲労しながらも立ち続けている者を眺めながら、豹栄は感心するように言った。

「豹、栄……テメェ……」

 ようやく立ち上がることができるほどには回復した世ノ華雪花は、憎しみしか宿っていない声で呟く。

 彼女の兄はそんな妹を見て腹を抱えて笑い、

「あっハははハハはハははぎゃはハハはハははハハハ!! 何をそんなに頑張ってんだよ雪花ァ!? お前は昔みたいに不良気取って周囲の奴らを威嚇してりゃいいんだよ!!それがなんですか今のザマはァ!? 昔のテメェの目はもっともっともっともっとドブ川の水みたいな色だったぜぇ!? なのに今じゃキラキラ生気に満ちあふれた目ェしやがって、こっちゃあ爆笑こらえんのに現在進行形で必死んだよバアアアアアアカ!!」

「黙、れ、カスが……殺す、ぞ」

「おーおーおーおー、いいねいいねぇ、そうそうその調子だよお前は―――世ノ華雪花ってなァ、そういうガラの悪ィクズ人間だよ。だんだん昔のお前に戻れてんじゃねぇの? いやー素晴らしい退化だね、ぎゃははははは!! つか、お前みたいな泥まみれの汚ぇクソ野郎が堂々とやれ友達だの何だのとつるんでリア充ごっこしてるのってマジ見苦しいんだよねぇー? なんツーの? 哀れって感じだよもう涙するくらい哀れ! ちょー哀れ! ある意味号泣作品ってことでおすすめできるほどになぁ!!」

 浴びせられる敵意の視線に屈することのない豹栄は、自分の前方に集まっている七色達の姿を視界に収めて、また楽しそうに笑う。

「面白ぇよなぁ、雪花。この状況、最ッ高に面白ェと思わねぇか?」

「……なにがよ」

 兄は妹に向けて指を突き立てて、

 気味の悪い笑顔を咲かせた。

「兄と妹の死闘に決着がつくんだぜ? 面白ぇとは思わねぇのかよ?」

「……数年前にテメェが家出して、久々に再開したのがこんな形だってのにかよ。さらに私はテメェを兄だと思ってねぇよ、このダニが」

 長年の怒りが爆発しているのか、口が悪く……いや、元に戻っている世ノ華。

 彼女の憎しみの対象者である豹栄真介は、鼻で笑ってから自分の赤髪をかきあげた。

「まァとりあえず、かかってこいよ愚妹。お兄ちゃんと仲良く楽しく残酷にヒーローごっこしようぜ?」

 彼の、人を馬鹿にする態度にもいい加減堪忍袋が切れそうなのか、世ノ華は握りしめている金棒を地面に思い切り叩きつけて、

「上等じゃねェか。兄貴もどきのゴキブリ風情が」

 


  

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