撃破
その通りだ。
豹栄真介は死なない。負けない。絶対に敗北の二文字は彼にはない。しかし、敵に絶対勝てるというわけでもない。彼の力は『不老不死』や『死と再生』を宿した超防御型・超回復型のもの。故に、翼を使って敵を潰そうとしても、それだけで相手が負けることもない。
死なないが、それだけ。
負けないが、勝てるわけでもない。
つまり簡単に言えば、じゃんけんで『グー』と『チョキ』などの二つの武器を同時に使えるようなものだ。相手が『パー』を出そうと『グー』を出そうと『チョキ』出そうと、あるのは『引き分け』か『勝利』のみ。敗北はないが、絶対に勝てるわけでもない。
しかし、
「おいおいおいおい!! 本道くんよぉおおおおおおおおおおおおおお!! そういうお前が甘いってことの自覚がねえのかなぁオイ!!」
「っ!?」
豹栄が取り出したのは―――ピンが突き刺さっている手榴弾だ。みれば、豹栄のすぐそばには倒れ伏したままである『エンジェル』の武装した男がいた。肩やら腰やらには拳銃や手榴弾などが留められていることからして……。
「用意周到なやつだな……!!」
「褒め言葉をありがとう! そいじゃさよなら本道くん、ハハ!!」
豹栄は口でピンを抜き、それを無造作に放り投げた。まるで子供とキャッチボールをするように下から上へ投げてやったので、手榴弾は目で追える速度で本道のもとまで届いていく。まるで、ゆったりと死が本道へ迫って来ているような感想を思う光景だ。
そして。
手榴弾は静かに上空にいた本道賢一の右頬の傍で起爆する。炎を巻き上げて炸裂したゼロ距離からの爆弾だ。その爆発による風圧から発生した生暖かい突風に髪を揺らした豹栄。彼はしばし炎が破裂した上空の爆発と煙に目を向けていたが……そこでおかしいことに気づく。
(死体が……落ちてこない?)
そう。
手榴弾によって吹き飛ばされるはずの本道の肉体が落下してこないのだ。
まさか、と思ったときには既に遅い。
「どうやら、お前のほうが甘かったようだな」
手榴弾の爆発で発生していた煙を突き破って本道賢一が接近してきた。空中にいたため、正確には降下や落下とも言えよう。まさかの事態に呆然としていた豹栄は、迫ってくる傷一つ負っていない本道に仰天している間に―――
ズン!! と、何かに両足を引っ張られるような感覚に襲われて動けなくなる。
「っ!? なん―――」
驚愕の声を出した豹栄は身動きが完全に取れていなかった。
故に。
上空から突っ込んできた本道賢一の―――落下によるベクトルが加算された右足の靴底が顔面に減り込んだ。ペキメキピシメキバキ!! という鼻っ柱が砕けた感触を聞きながら、本道は豹栄を蹴り飛ばす。バク転をするような勢いで後ろへ飛んだ豹栄は、汚い廃ホテルの床を転がった。
しかし即座に傷を治して立ち上がろうとする。
が。
「っが!?」
またもや重力が十倍になったような感覚に襲われた。
ゴガッ!! と、床に吸引されるように倒れふした豹栄。起き上がろうとするものの、まるで磁石同士がくっつくような勢いで床にうつ伏せで倒れてしまう。
動けない。
まるで、重りが全身にかかっているように。
「チェックメイトだ」
目の前で足音が聞こえた。
こちらを見下ろしてきている本道賢一だ。
「お前は死なない。だが、それだけだ。死なないのならば、永久の拘束をするなり監禁するなりの対処法がある。まぁ、今のところはそれで我慢しろ。いずれは殺す」
「なん……だ、よ……こりゃ……!! マジック、にしちゃ……レベル、高いじゃねえか……!!」
「まだ余裕があるようで安心したぞ」
地面に吸い付くように動けなくなっている豹栄。
それを見て鼻を鳴らした本道賢一は。
最後に、
「せいぜい足掻いてみせろ、悪人」
肉が叩かれる音が炸裂した。
憂さ晴らしでもするかのように、豹栄の顔を蹴り飛ばしたのだ。
豹栄真介の力は『回復』だ。故に、体を床へ押し付けているような力に対処できる術はない。顔を蹴ったところで何の意味もないだろうが、少々ストレスは発散できた。
身動きが取れないという形で撃破された豹栄を背にし、本道賢一は振り返って歩き出す。