かといって
血走った目をギラつかせて行った全力の一撃。その攻撃を行った豹栄自身にさえ、床を叩き割った翼から体にまでビリビリした衝撃が伝わるほどだ。威力は絶大。誰であろうと、体を空き缶を潰した後のようにペシャンコにされているはずだ。
しかし。
どうやら本道賢一は『ただ』の人間ではないらしく、
「どうした、悪人。悪人同士仲良くしようじゃないか」
「……」
沈黙した豹栄は眉を潜めた。
本道の体には―――あれだけの物理攻撃を受けてもなお傷一つついていない。
妙だ。
だって―――振り下ろした豹栄の翼のほうが『引きちぎれて狙いを外していた』のだから。
まるで、本道賢一に当たる寸前に翼が半分にブチ切れて飛んでいったようだった。しかし即座に『ウロボロスの呪い』を使い、土色の翼がなくなっている傷口から先を再生させる。
結果、見事にウロボロスの翼は元通りになった。
「本当にどうしたんだ? 先ほどまでの冷静さが欠けている様子だが」
「……うっせえよ」
「もしや、先ほどのように容赦なく暴力を振るっていたのか? そうした滅亡させたのか? ―――自分の可愛い妹を」
瞬間。
最後の一言によって。
本当に、今度こそ、豹栄真介の中にあった『暴力』という名の殺戮本能を縛り付けていた鎖が解き放たれてしまった。
ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!! というマシンガンから飛び出たように激突するような轟音が鳴り響く。正体は土色の翼だ。豹栄が憤怒に染めた瞳をグラグラと揺らしながら翼を何十何百と振り下ろしているのである。
左翼を振り下ろしたのならば右翼を振り上げる。
右翼を振り下ろしたのならば左翼を振り上げる。
この永久に続くような連続攻撃を、豹栄は太鼓をたたくような調子で継続する。……ここで注意しておきたいのは、豹栄が使っている翼のサイズだ。三メートルだの五メートルだのでさえ、巨大すぎて腰を抜かすレベルだというのに―――彼が太鼓を叩くように使っているバッジの代わりである翼は『片翼直径五十メートル』にも及ぶ。
それだけ長ければある程度の想像はつくだろう。
廃ホテル内という屋内で振るうには大きすぎる棍棒だった。
故に、翼を振り上げるたびに天井は砕けて、壁にはヒビが入って崩壊寸前へと化していく。廃墟がさらなる廃墟へと変わりかけているのだ。
「分かってんだよ」
スガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!! と目にも止まらぬ速度で打ち付けられる翼の豪雨。それを行いながら、豹栄はいつものように嘲笑することなく、口を開く。
「分かってんだよ、俺がいまこうしてんのは……雪花を滅亡させたクソ兄貴だって図星をつかれたからだ」
轟音だけが響く中。
神様に懺悔するように続ける。
「けど過去なんて改変できねえ。いや、しない。できたとしてもしねえ。だって俺は雪花を一度滅亡させたからな。その『罪』をなかったことにするだァ? そんな舐めたこと絶対しねえよ。俺は一生―――妹を滅亡させた兄貴失格のクズだ。そこは変わらない。俺は『くず兄貴』、っていう看板を一生背負ってく。それが少しでも罪滅ぼしになる……んじゃねえかとは思ってる」
ふぅ、と一息吐いた彼はタバコをふかした。
そして改めて宣言する。
「だけどまぁ、それを『関係ない』お前に言われるのはしゃくにさわるんだよ。雪花とのトラブルに関して首突っ込んでいいのは……俺とは違う、雪花の兄貴―――もう一人の夜来初三だけだ」
一際大きな轟音が鳴り響いた。
豹栄真介が左翼と右翼を同時に真上から振り下ろしたのだ。天井を突き破って振り上げられたその破壊力は凄まじいほどの衝撃波を作り出す。辺のソファやロビーにあった机は吹き飛び、衝撃波というよりは一種の災害とも認識できるレベルだった。
「だから気に入らねえんだよ。関係のねえ猿が出しゃばんなっつーの。あのクソガキは確かにお前の言うとおり俺も気に入らねえ。なんせ、俺とは違うやり方で雪花守ってるもう一人の兄貴だぜ? 俺からしてみりゃ、妹取られた嫉妬もあるかもな。あっちも俺は殺す対象に入ってるだろうよ。俺もあのガキもお互いを殺してやりたい。そのくらいの因縁があんだ。だが―――それを他人のてめぇにとやかく言われる道理はねえな、くそったれ」
「そうか」
そこで、やはり声が聞こえた。
先端から煙を出しているタバコをくわえている豹栄も、さすがに眉を潜める。あれだけの物量を持った翼という名の棍棒を何十何百何千と叩きつけられたというのに、本道賢一は余裕の顔で立ったままだった。
豹栄は吐き捨てるように言う。
「肉体そのものを硬くできる呪いにかかってるってあたりかな?」
「残念ながら不正解だ。そこまで防御型に特化していない」
どちらかと言えば、と付け足した本道は右手を豹栄に向けて広げ、
「攻撃型だ」
その宣言通り、ガラスが砕けるような音と共に豹栄の体のパーツ―――上半身から血しぶきが上がった。遅れて視線を下げた豹栄が見たのは、パックリと割れた己の胸。中に詰まっている臓物が落ちてこないほどの深い傷が出来上がっていた。
(見えない攻撃……? 念力だとかそういったあたりか?)
しかし冷静に相手から受けた攻撃を分析する豹栄。そこまで頭が回る理由としては、彼はいかなる攻撃を喰らおうとも死ぬことがないからだ。些細な傷すら一瞬で回復可能な力をも持つ。故に上半身が真っ二つにされようと、心臓が握りつぶされようと問題はない。
裂けてしまった胸を『瞬間再生』させた豹栄は薄く笑い。
「あっははははははは!! 本道くんよぉ!! 視覚情報に引っかからねえとか卑怯すぎる武器なんじゃねーのぉそれ」
「そう言うな。こっちだって好きなわけじゃない」
「そうかい。んじゃまぁ殺してやるから―――はかなく散っとけやコラ」
ゴワッ!! と、背中から生えていた巨大なウロボロスの翼が本道の体へ突っ込んだ。まるで槍。先端から突き刺さっていった翼は刺殺用兵器とも評価できるほど。
しかし、
「遅いな」
豹栄の頭上からそんな声が聞こえた。
ハッと顔を振り上げてみれば、そこにはいつの間にか跳躍していた本道賢一がいる。
「お前の攻撃パターンは翼だけだ。お前は超防御型に特化した力が取り柄だろう。死ぬことはない、それはお前の持つ最強の武器だ」
だが、と付け足して、
「お前は死なない―――だが、かといって俺を殺せるとは限らんだろ」