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兄妹

 そもそも『絶対破壊』という能力は単純に構成されているものだ。

 全てを文字通り自由自在に破壊することができるサタンの魔力を、体全体に薄く張ることで絶対の盾にしているだけである。

 では、なぜ体全体に展開させるのだろう?

 当然誰もがそう思うはずだ。

 そんなにも強力な力を宿している魔力を体に装着する暇があるのなら、周囲一体にばら撒いてしまえばいい。何も考えず、魔力を放出し続けていればいい。

 と、考える。

 誰だって考える。

 が、それは絶対にできない。

 夜来初三が戦闘の中でサタンの魔力を使い続けてしまえば、彼はあっという間に呪いに飲み込まれてしまうからだ。サタンの魔力とは『サタンの呪い』にかかっているからこそ、扱うことができる怪物の力。そんなものを多用してしまえば、夜来はすぐに呪いの餌食になってしまうだろう。

 だからこその『絶対破壊』だ。

『「必要最低限の魔力」を体全体に薄く装着することで自分の身を守る』という、『サタンの呪い』の侵食速度をかなり軽減させると同時に、絶対の盾にすることも可能な技こそが、『絶対破壊』なのだ。

 そして今回、夜来初三はその『絶対破壊』のもとになっている『サタンの呪い』をさらに必要最低限だけ利用して、『凶狼組織』の組織員達を圧倒した。

 教会の内部へ入ってきた男、誰でもいい。とにかく、連中が所持していたハンドガンを入手することにさえ成功すれば、夜来初三にも連中と同じ飛び道具という対等の力を手に入れられる。

 だからこそ、その目的を遂行させる為に、一度だけ呪いを使用した。

 もちろん、本当に一瞬。言葉通り一瞬だけだ。


 たった一瞬さえあれば、『凶狼組織』の一人や二人を即座に殺して持ち運び、その手にあるハンドガンを奪い取ることだって、大悪魔サタンに憑かれている夜来初三ならば朝飯前のことだった。


 あとは簡単。

 わざと仲間の死体を見せびらかせて、連中に恐怖心を与えて隙を作らせる。

 そうすれば、パニックになったバカの顔面に『必要最小の魔力を込めた鉄パイプ』を投げてやって瞬殺したり、あらかじめ出口に回り込んで逃げ出した腰抜けを入手した拳銃で魔力なんて使わずに打ち抜くことだってできる。

 無駄な力を使わず、必要な場面のみだけ魔力を使用したのだ。

 ただ、豹栄真介ひょうえいしんすけとの死闘のときのように暴れまわるのではなくて、『節約』を心がけて戦ったのだ。

 そうすれば、呪いの侵食など米粒一つ程度の小ささで済む。

 ただ、魔力の無駄遣いをしなかっただけだ。

 こうして、彼は『凶狼組織』の一部隊を壊滅させた。

 一人を除いて、壊滅させた。

 その生き残った一人とは、

「な、なんのつもり……なんだ……?」

 歯がカチカチと音を鳴らしている男。夜来初三と戦闘を行った『凶狼組織』の一部隊の一員である唯一の生き残り―――大柴亮おおしばりょうである。

 彼は現在、教会の前で夜来初三に見下ろされる形で腰を地面に落としている。

 後ろに両手両足を使って後退する大柴を見て、夜来は面倒くさそうに溜め息を吐き、

「はぁ……。だーかーらー、豹栄のドクソと残りの『凶狼組織』はどこに居んのか吐けつってんだよ。日本語わからねぇの? 日本語版のスピードラーニングでも買ってやろうか?」

「お、お前に教えたあと、俺は殺されるんだろ!?」

「さーなー? そりゃテメェの態度次第じゃねぇの? ってか、どっち道吐かなかったら殺すぜ? だったら、まだ吐いたほうが生き残る可能性はあんぞ。素直な子は、俺ちょー大好きだからさ」

 手に持っている拳銃の先―――すなわち銃口を、大柴のこめかみにトントンと当てる。

 その行動が意味するものは実に簡単なことだった。

 ―――吐かなきゃ打ち抜く。

 嫌でも、そう察することができた大柴は、あまりの恐怖に泣きそうになっている自分を必死に押さえ込んで、ゆっくりと口を開き、

「豹栄さんのば、場所は……別部隊が知ってる。お、俺はお前専門のグループに分けられてるからわからん。で、でも、他の組織員達は、この山の中、お前を、さがしてる、はずだ。そいつらの中には、知ってる奴がいる、か、かかもしれない」

 青ざめた顔のまま、うまく回らない唇を動かしてそう言った。

 夜来初三は、そんな哀れに思えるような姿の彼を嘲笑して、

「……嘘だなぁ」

 と、ぼやくように口にした。

 男は大層仰天した顔を、頭上の夜来に振り上げた。

「は!?」

「嘘だっつってんだよクソ野郎。どーやらガセだったみたいだし―――もう死ねよ、お前。いらないわ」

 夜来は大柴の眉間に銃口を押し当てて、ゆっくりと引き金に指をかける。

 その躊躇いなく撃ち殺そうとしている様子に、大柴は咄嗟に大声を上げた。

「ま、まままま待ってくれ!! 嘘じゃない! 本当に嘘じゃないんだ!!」

「はーい嘘決定、ちょー嘘決定~」

「ほ、ほんとなんだって、信じてくれよっ!! 嘘じゃないんだ! 全部本当のことなんだよ!!」

「おー、いいねいいねぇ。まじサスペンスドラマの犯人のセリフじゃん。ぎゃっはハハははハはハハハハは!! ほれ、続きは何だよ? あの男が悪いの、とか定番のセリフ言っちゃうわけぇ?」

 眉間に押し当てているままの銃口をガン! と、押し出すように突き出して、大柴の頭部にダメージを与える夜来。

 情けない悲鳴を上げてバク転をするように転がっていった大柴亮は、地べたに這いつくばりながら、視線をすぐに正面へ戻した。

 瞬間、

「―――っばがぁ!?」

 その上げられたばかりの顔面の中心に、重く鋭い衝撃が走る。

 正体は、夜来初三がサッカーボールで遊ぶような感覚で放った蹴りのせいだ。

「あ、ば、ああががががっがあっがっがっががががっがががっががががが!?」

 盛大に折れ曲がって血をダバダバと流す鼻を両手で押さえ、ジタバタとその熱い激痛によって暴れまわる大柴亮。

 そんな悲惨な光景を作り上げた張本人である少年は、大きなあくびをして、

「んで、もっぺん聞いてやるが、豹栄のクソと『凶狼組織』の残りカス共はどこに居んだ? あぁ? ファイナルアンサー?」

 先ほどとまったく同じ質問を繰り返してやった。

 大柴は苦痛に歪んだ顔で夜来を見上げて、懇願するように言い放つ。

「だからさっき言った通りなんだよぉ!! 豹栄さんはこっから遠い場所にいて説明は難しいし、残りの奴らはこの山の中を歩き回ってるはずだ! お前を探してるはずなんだよ、信じてくれよォ!!」

「……」

 夜来初三はしばし沈黙し、口を閉じる。

 無情な瞳で男を見下ろして、ゆっくりと考えた。

(カマをかけた結果がこれか……。どうやら、このクソが言ったことは本当らしいな)

 ここまで脅されても、先ほどの発言が本当だと言い張る大柴の言葉をようやく信用した夜来は、彼の傍まで近寄って、膝を折った。

 そして一言。

「携帯よこせ」

「は、は……?」

 ピキリ、と夜来の額に青筋が走る。

「携帯よこせっつってんのが聞こえねぇのかよクソがァァあああ!! 今すぐここでその汚ぇ耳ん中に鉛玉ぶち込んで脳みそグチャグチャにしてやんぞゴラァ!? あぁ!? こっちゃあ身内にまでテメェらクソ共の唾ァ飛んでるって現状で腸ァ煮えくり返ってんだよ!! ふざけんじゃねぇぞオイ、マジでテメェ全体的に拳で整形してやろうか……? ああ!?」

「―――ひ、ひっ!? は、ははははい!!」

 銃口を耳に痛いほど押し付けて、さらに怒声もプレゼントして軽く脅してやる。すると大柴は震える両手で携帯をそそくさと取り出し、夜来に差し出した。

「ふん」

 叩き落とすように乱暴な動きで携帯を奪い取り、それを自分のポケットに押し込んだ。このアイテムは、後で『凶狼組織』同士のメールのやり取りや通話記録を確認して、連中の情報を入手することができるかもしれない強力な武器になる。

「さて、あとはテメェをどうするかだけだな」

「……う、あ」

 小動物のように怯える大柴を見た夜来は、

「ぷ、くっ、ぎゃっハははははハハハはハハハハッあっひャひャひャひャ!! なーにチワワみてぇにブルブル震えてんだ、クソ野郎。頭でも撫でて欲しいのか? ん?」

「た、助けて。ご、ごめん、なさ―――」

「謝って済むなら警察はいらねぇ、っていうガキが考えたクソ素ッ晴らしい言葉知ってるか?」

 大柴は、覚悟を決めた顔で俯いた。

 まるで、観念するように、負けを認めるように恐怖で震えながらも視線を落としたのだ。

「そ、そうだよ、な。俺らもお前を殺そうとした。なら、お前に殺されたってそれは当然のことだよな……」

「あ?」

 ぎゅっと両目を閉じた大柴は、決心をつけて、

「わ、分かった。殺せ。こんな血みどろの世界で生きてきたんだ。俺だって、殺される運命を受け入れる準備はしてある。殺していい。いや、殺せ!」

 しばし目をぱちくりさせ、まばたきを何度か行った夜来初三。

 彼はいつものように、ニタリと口の端を釣り上げて―――


「思ったより、マシな悪だったみたいだなテメェ」


 そう感心するように口にしてから、彼は敵である大柴亮から拳銃をゆっくりと離した。

 その行動に一番驚愕した大柴は、幽霊を見るような目で、

「なん、で……?」

「テメェは自分が殺されても仕方がねぇ人間だって自覚してた。自分が悪人だってことを自覚してただろうが。テメェらみたいなクソ共の中にも、自分を悪だってわかってる奴がいたことに感心したんだよ。それに、お前は気に入った。お前は『本物の悪』にゃなれねぇだろうが……『マシな悪』にゃなれそうな悪人だ。だからまぁ、心臓は動いたまま帰してやんよ」

 安堵によって表情が緩んだ大柴は、もう一度口を開く。

「で、でも、なん―――」

「だが」

 彼は、大柴の言葉を遮るように大声を出したあと、さも当然のように拳銃をターゲットに合わせる。

 もちろん、その照準にロックオンされているのは大柴亮ただ一人だ。

 彼はいつものように口を引き裂いて笑い、邪悪な声で、


「だが、生かしてやるだけだ。死なねぇ程度に、絶望オンパレードのオフコース料理をご馳走してやんよ。ドクソが」


 次の瞬間。

 教会の内部で、断末魔の叫びのような悲鳴とセットのように、無数の銃声が鳴り響いた。

 そこには硝煙の香りと、鉄臭い臭いだけが充満している。

 辺りには真っ赤な血のカーペットが出来上がっていて、壁も模様替えしたように赤く染め上げられていた。

「ダりィなぁ……」

 背後でぴくぴくと痙攣しながらも、急所は外して生かしておいた男に振り返ることなく、夜来初三は殺人現場と化した教会を出る。

 そして辺りを適当に見渡してみると、薄暗い闇の中で動く数人の影があった。

 間違いない、次の獲物である。

 彼は右手に握りしめている拳銃に力を込めて、

「―――死体転生決定だ、ハハ!!」


 怪物、ウロボロスとは『死と再生』や『不老不死』を司る、己の尾を噛んで環となったヘビもしくは竜を図案化した古代の象徴である。

 さらに循環性、永続性、始原性、無限性、完全性などを意味していて、多くの文化や宗教に用いられてきた有名な怪物だ。

 豹栄真介の背中から生えた土色の翼を考慮して考えると、おそらく竜のウロボロスを奴は身体に宿しているはず。だからこそ、豹栄真介は『不死身』という生命の運命を一変させる強大な力を手に入れているのだろう。

「じゃから、夜来の宿している悪魔の神サタンと同じレベルぐらい厄介な相手じゃと考えていい。ウロボロスを相手にするには、お主らでは力不足じゃ」

 はっきりと、事実のみを告げた七色夕那の気迫に押された雪白千蘭と世ノ華雪花は、悔しそうに沈黙する。何も言い返せない。なぜなら、その力不足というものが確かな事実であるからだ。

 そんな彼女達を可哀想に思った鉈内翔縁が、七色を軽く注意する。

「ま、まぁまぁ。夕那さんも、もうちょっとオブラートに包んで言いなよ。まじでキツイよその言い方」

「黙れバカ息子! アホ! チャラ男! トンチンカン!! 口臭が臭いんじゃお主は!! 歯を磨いてるのかどうか疑問に思うわバーカバーカ!!」

「な、何かもの凄い言われようなんだけど!?」

 涙目になるチャラ男を一瞥して、七色は二人の少女達に視線を戻す

「じゃからお主たちでは夜来の足でまといじゃ。大人しく待っておれ。それに、あの不良息子がたかだか不老不死程度の相手に負けるとでも思っているのか?」

 自分の息子をよほど信用しているのか、七色は雪白と世ノ華に胸を張ってそう言った。

 彼女達も、あの夜来初三が敗北するとは考えられず、無意識に笑みが漏れる。

「そうです、ね。兄様は負けませんよね」

「確かに、そうだろうな」

 鉈内も笑いながら大きな溜め息を吐いて、

「そうそう。やっくんは殺しても死ぬどころか、笑いながら余計にパワーアップしそうなバカだからねー。だから死ぬわけないよ。……やっくんは絶対勝つ。それだけは僕が保証する。アイツが負けるなんてことは、ない」

 珍しく、夜来とは犬猿の仲である鉈内が彼を絶賛したことにビックリした七色達だったが、すぐに表情はもとに戻った。なぜなら、気づいたからだ。普段から夜来といがみ合っている鉈内は、多分、一番夜来初三を信頼していることに。

 信頼しているからこそ、あれだけ毒を吐きあって、遠慮なんかしないで、喧嘩ばかりできるのだ。気遣いなんてことを一切しなくても、一緒にいられるのだ。

 きっと、夜来も鉈内と同じ気持ちを抱いているだろう。でなければ、あれだけ喧嘩し合っているのに共に旅行になど来れるはずがない。

「ん? なんじゃ?」

 そのとき、七色の袖の中から携帯電話の着信音が鳴り響いた。 

 すぐに取り出して、七色は電話に出る―――のではなく、そのかかってきた番号を凝視した後にスピーカーモードにする。さらにジェスチャーだけで誰も喋るなと雪白達に伝えてから、ようやく通話ボタンを押した。

「どうしたバカ息子よ」

『開口一番に喧嘩売ってくんじゃねぇ。つーか、今の状況を理解できててその無駄口叩いてんだろうな? 口剥ぎ取んぞロリ』

「「「―――ッ!!」」」

 電話相手が夜来初三だと知った雪白達は、驚きによって表情が真剣なものに一変する。

 七色は構わずに話を続行した。

「うむ。大体のことは知っているのう。世ノ華と雪白から説明されたわい」

『……アイツらはそこに居んのか?』

 低い声音で尋ねてきた彼に対して七色は、

「いや、翔縁と一緒に売店へ向かわせた。どうせ、お主は儂とだけ話たかったのだろう?」

 あらかじめ夜来の行動を予測していた上で、堂々と嘘を吐いた。

 夜来はしばし沈黙してから、それを本当と信用し、

『……チッ。気遣いどうも』

「それで、一体なんのようじゃ? お主が儂とだけ話すからには、雪白達には秘密にしたいことなんじゃろう?」

『ああ、頼みがある。今すぐそこ―――』

 と、そこで呻き苦しむような声が割り込んできた。

 唸るように、激痛に耐えるように「う、ぅぅぅぅうぅぅう!!」と苦しみもがく男の声だった。七色達は眉を潜めて、顔を見合わせる。

 すると、

『電話中は黙ってろって母ちゃんに習わなかったのか?』

 夜来の脅すようにドスの効いた言葉が聞こえた瞬間、ドンドンドンドン!! と激しい轟音が鳴り響き、苦しむような声は消え失せる。その音が何を意味するか瞬時に察した七色は、必死な顔で大声を上げた。

「おい! お主、今何やっとるんじゃ!?」

『……』

 何も答えない。

 返答どころか息遣いすらなかった。

「まさかとは思うが、無抵抗な者にまで手を出したわけじゃあるまいのう……!!。今、ついさっき、お主は一体何をした!?」 

『仏教に身を委ねてるアンタは知らねぇほうがいい』

 七色は激昂した。

「ふざけるな!! お主が無駄に殺生を行うような真似をするのを、親代わりの儂が見過ごせるわけないじゃろう!! 一体なにをしているのじゃ!?」

 しかし、夜来は吐き捨てるように言い放つ。

『アンタみたいな「普通」の人間にゃ分からねぇだろうよ、俺の心なんざ。「生まれたときから狂ってる親に育てられてきた」俺みたいな「異常」で「悪」に染まりきった奴のことなんざ、何も分からねぇだろうが。……だから黙っててくれ。俺みたいな「悪」の心情なんざ、何一つ理解できるはずがねぇアンタが、知ったような口を叩くな。俺の行動に首突っ込むんじゃねぇよ。じゃねぇと、その頭ァ飛ぶぞ?』

「しかし―――」

『とにかく、俺の頼みだけを今聞いてくれ。聞かなきゃアンタを恨む』

 七色は、泣きそうなほど悲しげな顔で雪白達に振り返る。

 やはり彼女達も夜来のことが心配で心配でたまらないのか、険しい表情が崩れていない。

『そっちに、チャラ男も合わせて雪白とあのガキんちょも居んだよな』

「……うむ。世ノ華も翔縁も雪白も全員ここに揃っている。それがどうかしたのか?」

『今すぐアイツら連れて、そこを離れろ』

 突然の意味が分からない発言に、七色達は呆然とする。

 しかし、夜来は一々構うことはなかった。

『そっちに連中が攻撃してくるかもしんねぇ。狙いは、お前らのはずだ』

「な、なぜ儂たちなのじゃ?」

『俺と深く関わってんのがお前らだからだよ。とにかく、アイツらがパニックにならねえように、適当な理由をつけて、その旅館から離れろ。もう一回滝でも見に行こう、だとか言って離れりゃいい。分かったな?』

「と、とりあえず、緊急事態なのは分かった。しかし、お主はいつ帰ってくるのじゃ? 雪白達が心配しておるぞ。というか、お主のもとへ行きそうで困ったぞ」

 自分の名前を出されたことに顔を赤くした雪白千蘭を横目で一瞥し、携帯電話に意識を戻した七色。

 電話口からは、鼻で笑うような音がした。

『心配、ねぇ……。まぁ、だったら尚更、雪白達にゃ気づかれねぇよう旅館から逃げろ』

「分かった。……それで、儂の質問に答えていないが、お主は一体いつ帰ってくるのじゃ?」

 彼は沈黙する。

 何一つ、口にしなかった。

 まるで、帰らないと言わんばかりの意味を持つような反応だ。

『豹栄のクソを死体に変えて、あの組織を今度こそ叩き潰す。もう二度と、陽の光を浴びれねぇぐれぇ殺して殺して殺してから、そっちに顔を出す』

 殺意なんてものじゃない、殺すことは当たり前だという様な言い方で、夜来初三はそう言った。

 七色は彼に呆れるように肩を落として溜め息を吐いてから、

「……言っておくが、豹栄の呪いは『ウロボロスの呪い』じゃ。お主が負けるとは思っていないが……ぶっちゃけ、勝てるとも思っていない。じゃから儂は、一応撤退をオススメするのう」 

『ぶっちゃけすぎだろ。……ま、いいや。とにかく俺は連中を天国まで送り飛ばしてやる。テメェらはそこから逃げろ。それと……世ノ華のガキにゃ、特に気づかれねぇように逃げろ』

「なぜじゃ……?」

 肩がピクリと上下した世ノ華雪花を横目で見ながら、七色は理由を聞き出した。

 すると、彼は面倒くさそうにこう言った。

『俺ァ今、世ノ華の兄貴と殺し合ってんだ。そんなモン、妹のアイツが見て喜ぶはずもねぇだろ。それに俺は、世ノ華を本当の妹みたいに思ってる。似合わねぇこと言ってんのは自覚してるが、俺はアイツを妹だと、家族だと、本気で思ってる。だからこそ、俺は妹のアイツを―――』

 区切って、続けた。

 どこか、こんなことを言っている自分を呆れるような調子で、彼は続ける。


『妹のアイツを、兄貴として巻き込ませたくねぇ。いや、守る』


 おそらく、この言葉は世ノ華雪花や他の者達が聞いていると夜来が知っている状態だったら、聞くことは不可能だったろう。

 本人がいないからこそ、彼は本音を吐き出したのだ。

 自分の妹―――世ノ華雪花を兄として守る。その強い意思に一番心打たれたのは、もちろんその妹である彼女だ。

「兄、様……」

 世ノ華は、、ポロポロと涙を落下させながら、小さな声で呟いていた。

 彼は、夜来初三は、世ノ華雪花が望んだ本当の兄だ。豹栄真介のように自分を滅亡させたような兄ではなく、自分のことを守ってくれる本当の兄だった。

 自分を救ってくれる、自分だけの兄だった。

 声を押し殺して泣き崩れている世ノ華に微笑みを向けた七色は、満足そうにこう言った。

「やはり、お主はなんだかんだで優しいのう」

『違ェ!! 違ぇよ……! 俺は世ノ華っていう自分の妹を兄貴として守るだけだ。それは必然的なことで、当たり前のことだボケ。優しくなんかねぇよ。絶対に優しくねぇ。俺はただのクズだ』

 激怒した夜来は、大きな舌打ちを最後に電話を切ってしまう。

 おそらく、『優しい』と言われたことが癇に障ったのだろう

『自分を悪と肯定して生きてきた』彼にとって、『悪』とは正反対の意味を持つ『優しい』という言葉は、『悪そのものである自分』を否定することと同じだからこそ、『優しい』という言葉に怒ったのだ。

「ふむ。さて、話を聞いていただろうが……」

 会話を聞いていた一同に向き直って、七色は咳払いを一つする。

 それから不敵に笑って、口を開く。


「儂は夜来の手伝いはしないと言った。じゃがしかし、関係のない者までいる旅館を襲われることになった以上は別問題じゃ。―――連中を叩くぞ」


 鉈内翔縁は、自分の母の正義感にやれやれと息を吐く。号泣している世ノ華の背中をひたすらさすっている雪白千蘭は大賛成だと頷く。いまだに涙が止まらない豹栄真介の妹―――ではなく、夜来初三の妹である世ノ華雪花は、嗚咽混じりの声をだしながらコクコクと首肯した。

 夜来初三が自分を妹だと―――兄妹だと心の底から思っていてくれたことに幸せを感じたまま、笑顔のまま、首を縦に振り続けたのだ。


 大体、なぜ世ノ華雪花は夜来初三のことを『兄様』と呼ぶのだろう。

 自分を助けてくれたことに感謝し、彼を慕うようになった……ということは理解できる。

 が、しかし。

 だからといって、夜来初三のことを『兄様』と呼ぶ理由にはならない。まだ、様づけをする程度ならば納得できるが、わざわざ『兄』と呼ぶことは納得できない。

 しかし、理由は彼女自体にあったのだ。

『兄様』と夜来初三を呼ぶ理由は、彼女自身が原因だったのだ。


 実の兄に傷つけられて滅亡させられた彼女は、自分を救ってくれた彼の妹になりたかっただけなのだ。


 彼―――夜来初三のような兄がいたら良かったと願い、思い、望んでいたからこそ、世ノ華雪花は気分だけでも彼の妹になりたいと考えて、夜来初三を『兄様』と言うようになった。

 だからこそ、世ノ華雪花は夜来初三が自分のことを妹だと認めてくれていたことに歓喜して、とにかく嬉しくて、涙を零してしまった。


 彼も、自分も、お互いを兄妹と認識している事実によって、泣いたのだ。

 

 ようやく望んでいた兄―――夜来初三が自分を守るというのならば、妹の自分も兄の為に少しでも協力したい。たったそれだけの思いだけで、世ノ華雪花は自分の実の兄だった豹栄真介が管理する大規模犯罪組織『凶狼組織』に立ち向かう。 


 自分の兄は夜来初三だ。豹栄のようなクズ野郎ではない。

 そう事実を再確認したことで、彼女の体には熱い力がみなぎった気がした。

 世ノ華は右手を横に伸ばしてバッと広げ、その手から『羅刹鬼の呪い』を使用することで得られる鬼専用の撲殺武器―――全長三メートルは超える巨大な黒い金棒を生み出した。

 さらに気づけば、彼女の額に存在する『羅刹鬼の目』を表す紋様は異様な威圧感を放っていて、額からは大きな灰色の角が二本飛び出ている。

 完全完璧な戦闘モードに移行した世ノ華雪花は、前方から歩いてくる複数の人影を睨みつけて、金棒を大きく水平に振るう。その結果、周囲には台風のような烈風が走り抜け、周りの木々達は薙ぎ払われるように一時的に曲がってしまった。

 そして、一言。

夜来初三にいさまの為に、妹の私は戦います」


 

 

 


 


 

 

  

 

 


 

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