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嫌いなはずがない

 耳元で聞こえた悪魔の声。

 しかしながら。

 悪魔、というのは彼女の存在を表すものであって、その声自体は『天使』とも表現できるほどに安心感を抱かせてくれた。

「小僧、無理しなくてもいいぞ? 小僧は何でもかんでも背負うくせがあるからな。まぁ、そこがカッコいいと我輩は思うが、今は背負わなくていいんだぞ」

「な、何を……」

 狼狽している夜来の頭を。

 ゆっくりと、サタンは小さな小さな手で撫でる。

「ようやく、小僧は幸せになれていた。我輩的には女っけが強いゆえに不満がないと言えば嘘になるが、小僧はようやく『孤独』じゃなくなった。あの虐待精神異常者の親のもとで傷つけられながら弟を守るのではなく―――『ようやく』友人やら仲間やら家族ができた。『ようやく』だ。『ようやく』だぞ」

 サタンが夜来初三の頭を静かに撫で続ける光景は。

 まさしく。



 二人が初めて出会ったときと同じ光景だった。



 ああ、と納得した夜来。そういえば、彼女と初めて出会った時もこうして撫でられていた。親に傷つけられることで、弟を守ることに限界を感じて涙を流していた自分を……こうして撫で続けてくれた。優しく、悪魔の神様のくせして、何よりも支えになってくれたのは彼女だった。

 いかなるときも、夜来を『本物の悪』として守ってくれたのは彼女だったはずだ。サタンは夜来が背負う太陽によるトラウマの発症を抑えるため、一日中、夜来の体の中で一人孤独に『陰』で夜来を支えていた。さらに、それを一度も『助けた』と思っていないし、『救った』とも自慢しないし、見返りを求めるようなこともしない。

 いや。

 そういった『守ってやる』などの言葉を告げたことはあろうが、それは夜来初三と同じ価値観から生まれた言葉。

 すなわち。

 客観的に見て守っている・助けている・救っている故に飛び出た言葉なのである。

 彼女は夜来初三と似た存在。

 だからこそ、一番お互いの心を理解し合えている。

 よって、

「そういった幸せを『ようやく』手にした小僧が……また『闇』に堕ちた。いや、違うな。―――『ようやく』得られた幸せを『守る』ために自分からこういう世界に堕ちた。過去にいたような、悪党どもが這い回る泥まみれの世界に」

 サタンが夜来の苦しみに気づかないはずがない。

 こんな世界に戻ってきたことのつらさを察せないはずがないのである。

「……」

「それが『悲しくない』はずがない。我輩は知ってるぞ。小僧は最近楽しそうだった。昔とは違って、表情の変化も我輩は見て取れた。よく笑うようになった。よく喋るようになった。よく話すようになった」

 だから、と付け足して。



「我輩は小僧の中で小僧が幸せなのを見るだけで幸せだった」



 彼女は孤独に夜来の中へいながらも、夜来の『幸せな日常』を送る姿を眺めるだけで満足だったのだ。故に外へ出ることができなくても、彼女は笑って微笑むことができていたのだ。

 なのに。

 再び夜来初三は闇へと堕ちた。

 よって、サタンも悲しくないはずがない。

「だからな、小僧。今はつらいだろう。でも『我輩だけ』で我慢してくれ。今は『我輩だけ』で妥協してくれ。七色や蛇女達はいないが、『我輩だけ』で……耐えてくれるか?」

 その問いに対して。

 彼は震える声で無理に声を出す。

「……お前だけで、『十分』だよ、クソ……!!」

 思わず涙腺が緩んだ。

 気を抜いたら涙が吹き出そうになる。

 それらを堪えて、夜来はサタンの小さな背中を抱きしめて言う。

「……ありが、とう……!!」

「? 礼を言われることはしていない。我輩が小僧を『客観的』に見て助けるのは『当然』だと言ったろう。つまり善行なんかじゃない。礼なんて言われることはしていない。これはただ、大好きな小僧に泣いて欲しくなかっただけだ。―――我輩は今まで一度も小僧を『助けた』ことなんてない」

 同じだ。

 その発言すべてが夜来初三と同じ『本物の悪』らしいものだった。

「小僧」

「……なんだ」

「我輩のことが好きか?」

「……好きに決まってんだろ。わざわざ確認するな、殺すぞ」

 当たり前だ。

 夜来初三と大悪魔サタンとは並の関係で繋がっていない。

 お互いがお互いでお互いだ。

 夜来初三の理解者は大悪魔サタン。

 大悪魔サタンの理解者は夜来初三。

 夜来初三の支えは大悪魔サタン。

 大悪魔サタンの支えは夜来初三。

 故に。

「嫌いなはずがないだろ、クソッたれ」  

 抱き合う二人は身長差もあって兄妹や親子に見えるが、実際は違う。

 かけがえのない、悪人と怪物のコンビ。



 最強最悪で最凶最悪な最狂最悪の最高なパートナーである。

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