曇り
夜来初三は血の湖と化した辺を見回す。サタンの希望通り、一分で壊滅させたやったのだ。ピクピクと指先や肩が上下している死体寸前の状態になった『エンジェル』の下部組織達。夜来は『掃除』という言葉とは真逆で、辺をピカピカではなくドロドロとした真っ赤な液体で染め上げていた。
そこで、ピチャリと音を鳴らして血の池と化した地面を歩いた途端、
「小僧! 撫でろ撫でろ!! 早く!!」
「……ったく」
いつの間にか背中に飛び乗っていたサタンに溜め息を漏らす夜来。強制おんぶの形ではあったが、そこは我慢してサタンの小さな頭を撫でてやる。
「うぇへへへへ。これは麻薬だなぁ、うん。最高すぎるぞ小僧」
満足したようで何よりだ。
サタンはおんぶ体制からお気に入りの肩車体制に移行し、夜来の肩の上でひと休みする。
「おいコラ、殴るぞ」
「殴らんくせに何を言っているんだ、このおちゃめさん」
ピクピクと青筋が額に浮かび上がっていた夜来だったが、渋々サタンを肩車したまま廃ホテルの敷地内を歩く。
が、そこで。
「ッグあ……!?」
突如、夜来は己の額を押さえてうずくまりだした。急いで廃ホテルの中へフラフラと駆け込み、天井がある場所へ避難する。
「だ、大丈夫か小僧!!」
「あ、ああ、問題ねぇ」
体調が安定してきたようで、一息吐いた夜来。
対し、サタンは以前変わらない表情のまま肩に乗った状態で尋ねる。
「や、やはり『曇り』とはいえ我輩は中に入っていたほうがいいのではないか? 小僧が苦しいと我輩は悲しいぞ」
「だ、黙ってろ。気遣い無用、ってやつだ。いい加減『トラウマ』にも少しずつ慣れていかねぇとな」
そう。
現在は午前中。故に、夜来初三の最大最悪の天敵とも言える存在―――太陽が天空で輝いている時間だ。なのに、彼の体からはサタンが離れていることは疑問が浮上する。
サタンが夜来初三の中へいなければ、『絶対破壊』を展開して太陽の光を防げない。
だが、それは今回『ギリギリセーフ』な天気なので意図的に行っていないのだ。
すなわち曇り。
太陽が雲に隠れている故に、少々気分は悪いままだが『トラウマ克服』のために夜来初三は『わざと』サタンを戦闘以外では引き離している。
「つ、つか、心配しといて肩に乗ったままってどういう了見だコラ」
夜来はサタン(肩の上に乗ったまま離れない)を見上げて言い放つ。
「え、何か気持ちいいから」
「お前マジで心配してんのか……?」
「まぁまぁ。我輩も小僧と一緒にいられて嬉しいぞ。小僧の中は暇で暇でしょうがないからな」
サタンの無邪気な笑顔と長い銀髪が浮き上がったのを目にした夜来は舌打ちをして歩き出す。……あそこまで嬉しそうにされると、さすがに冷血硬派な夜来くんでも反論できない。
場所は変わって屋外から屋内。
ホテル内の廊下を歩いていた。
といっても、周りにあるのは客室だけではなく広場のようなものまで存在している。歩いている最中には、マッサージ機が並んでいる場所や温泉の女湯・男湯を分別する暖簾などがあったりもしていたので、やはり元がホテルだということは理解できた(廃墟なので、どれもこれも汚く壊れていたのだが)。
「小僧、ここがラブホテルというやつか? 我輩と小僧が一糸纏わぬ姿で激しく運動する天国なのか?」
「地獄だよ」
「おお、監獄プレイ好きなのか小僧は!! いいぞ、我輩がいっぱい鞭で叩かれてやる!! 〇〇〇だっていけるし〇〇〇〇〇〇〇〇もやれるぞ! 〇〇〇で小僧を〇〇〇〇〇で〇〇〇でして〇〇で―――」
「そろそろ規制音出したほうがいいな、これ」
もはやサタンの逆セクハラにも耐性ができているようで、下ネタ発言を完全スルーする夜来初三・思春期真っ只中の元男子校高校生。
元、というのは彼自身が自主退学の書類を全て速水玲の自宅に提出してきたからだ。あれだけで退学が成立するかは子供の夜来には不明であるが、少なくとも最低の自主退学条件はクリアできているはず。書類さえ、きちんと学年主任である女教師・速水玲に届けているのだから、あまり騒ぎは起こらないはずだ。
「やっぱり、ガッコウとやらを辞めて後悔しているのか?」
まるで夜来の心を読むように、ベストなんだか最悪なんだか分からないタイミングでサタンが問いかけてきた。彼女を肩車しているので、夜来は頭上にある悪魔の大将様の神秘的な顔を一瞥して、
「もともとロクに通ってねぇだろうが。後悔もクソもねぇよ」
「そういう割には『青春』とやらに憧れていたではないか。ほら、引きこもり時代はよく『制服っていくらなんだろ……』ってベランダから通学している高校生を見て呟いていたではないか」
「呟いてません」
「他にも、『勉強したら俺みたいなクズも高校ライフを……』みたいな決心して一時期は中学の参考書を買い占めて勉強してたではないか」
「してません。全ッッッッッッ然してませんはい」
「それにほら、『ぶ、部活って楽しいのかな……』ってコンビニから帰るときに見た野球部のマラソン見て呟いてたではないか」
「絶ッッッッッッ対呟いてません勝手に記憶を捏造しないでください」
「七色の奴が高校にコネで通わせてやると言った時は、『あー? クソ面倒くせぇな、ったく』とか言っておいて、家に帰ったらウキウキ気分で『こ、校則はしっかり守ってやらねぇとな! そう! 仕方ねぇけど俺も高校生だし! 男子高校生だし!!』とか言って鏡の前で制服着てたではないか、ニヤニヤしながら」
「断ッッッッッッじてやってません。高校なんて糞くらえですはい」
「まぁでも、その後高校通学しようとしたら、久しぶりに人と関わることになる緊張から心臓バクバクで通えなかったというオチだったんだがな。そのときは我輩ってば笑いが止まらんかったぞ。でも、あの蛇女が一緒に登校しようとか言ってくれたときは嬉しくてニヤにやしないよう―――」
「うおおおおおおおおおおおお!! クッソがああああああああああああああああああああ!!」
ついにメンタル的に耐えられなくなたのか、実は青春に憧れを持っていたかもしれない夜来くんは絶叫する。そして肩に乗っている人のプライベートを暴露しまくるクソ悪魔の腹部を両手で掴み、強引に引き離して前にもってくる。
逆さまの状態で掴まれているサタンの目と鼻の先に、血走った目を近づけて、
「いいかよく聞けクソ悪魔がぁ!! 俺は青春もスクールライフも何一つこれっぽちも微塵も毛ほども期待してねぇしむしろ嫌悪してるんですよマジで!! だからいい加減その口閉じねぇと切腹させるぞゴラァ!!」
「うむうむ。やっぱり怒ってる小僧は可愛いなぁ」
「死んどけクソがあああ!! 大体俺はもともと一人で―――」
しかしそこで。
逆さま状態で持たれていたサタンがクルリと回って床に足をつけた。さらに続けて、夜来の顔をやや強引に己の胸に抱き寄せる。黒いゴスロリ服の中に顔が埋まった夜来は、サタンの身長が小さい故に膝を床について中腰になった。
「安心しろ。我輩は小僧と一緒なんだ」