吐け
土色の翼が走り抜けた。
周囲一体に集まっていた十五人近くの男や女たちは、時計の針をグルリと回転させたように三百六十度を綺麗に一周したウロボロスの翼によって、体を粉々に叩き潰される。
たったの一撃だ。
ただ、豹栄は薄く笑いながら翼を己の周りに振るっただけ。
その単純で簡単な動作一つで、『エンジェル』の男や女たちは壁に叩き飛ばされて背骨を折り、あばら骨を真っ二つにされて床を転がり、血反吐を流してピクピクと倒れ伏したまま痙攣している。
壊滅だ。
一瞬で武装した一つの集団が壊滅したのだ。
「ったく、あのガキわざと俺にこいつら寄越したんじゃねえだろうな。タチの悪ィいじめほど悲しいもんはないねぇ、まったく」
己の赤い髪をガシガシと掻いて、豹栄は呻き苦しんでいる『エンジェル』の下部組織の一員を見回す。そして一番最初にアサルトライフルで喧嘩を売ってきやがった男のもとまで近寄り、正面に腰を下ろして額を軽く小突いてやった。
「おいコラ、なーに眠たそうに目ェ細めてんだよ。お前にゃやってもらいたい仕事が山済みなんだ。そんなに眠ぃんなら永眠させてやろうか?」
「っふ……ざけ、ろ……!! 従順に……従う、犬……だと思うか……?」
「だったら躾けるまでだ」
鼻で笑った豹栄は、生やしていたウロボロスの翼をしまい、代わりに腰のベルトから一丁の黒光りする拳銃を取り出す。
銃口を『エンジェル』の男の眉間にコツコツと当てて、
「お前らの握ってやがる資料だの情報が隠してる場所を吐け。じゃなきゃ物理的に吐かすぞ。食った朝飯ここでビチャビチャ並べてみるか?」
「っ」
喉が干上がった男。
その表情を見て低く笑った豹栄は、
「ラストだ。吐け」
「……断る」
その返答に口の端を釣り上げた豹栄は引き金に指をかけて、
「そーかい、そりゃ残念」
バン!! という銃声が炸裂した。
しかし弾丸が貫通したのは『エンジェル』の男ではない。他の床に倒れ伏している男や女でもない。
では誰かと言えば消去法から想像はつく。
「……なんだこりゃ」
豹栄真介は、己の右肩を弾丸が貫いたことにそう呟いた。右肩から溢れ出てくる血液は大量だが、豹栄真介が軽く笑った瞬間に『完治』する。
理由は、『死と再生』や『不老不死』を司る怪物・ウロボロスの力。
故に豹栄真介にとって、あらゆる攻撃は原子爆弾でも核爆弾でも危険性は『ゼロ』なのである。『ゼロ』と断言できるほどの力を彼は扱えるのだから。
そこで、豹栄は背後に向けて視線を移した。
そこには。
「何だお前。自殺志願者か?」
「違う。死刑執行人だ」
短く答えたのは筋肉がついたガタイの大きい男。大木のように太い腕や体には、黒いTシャツが着用されている。さらに注意深く見れば、その手には白く輝く拳銃が硝煙の香りを上げて握られていた。通路の奥から登場してきたのだろうが、豹栄真介にとってはどうでもいい。
そう、心底どうでもいい。
仕事中の豹栄にとっては―――邪魔でしかないのだ。
「喧嘩すんなら外で暴れてるクソガキが一匹いる。あっちを殺れ。俺は平和主義だから争いを好まないんで、踵を返して外に向かってくんない? あっちのガキなら殺していいから」
筋骨隆々な男らしい男は、その言葉を聞いて失笑する。
そして、周りに転がっている大人数の味方達が倒れている光景を見回して確認してから、
「これで平和主義か。ちょっと無理があるいいわけだな」
「ンだぁ? まじで面倒だからあっち行けって。お前ら潰すのは外にいるルーキーの仕事。ベテランの俺はこっちで発掘作業しなきゃならねえの」
「そうか。―――だが俺に関係ないな。俺はお前を殺す」
瞬間。
轟音が鳴り響いて、廃ホテルそのものを揺らす衝撃が巻き起こった。