不死身の悪人
豹栄真介は夜来初三よりも一足先に広大な廃ホテルへとたどり着いていた。場所はホテル内のロビー。受付を行うために並べられていたのだろう机、天井で輝いていたのだろうシャンデリア、くつろげるように用意されていたソファなどが存在している。そんな巨大な室内で、豹栄は一人タバコを咥えたまま歩いていた。
「……面倒くせえ話だ」
立ち止まって、近くにあった薄汚れているソファに腰掛ける。よほどの余裕があるのだろう。でなければ、敵陣の中でソファに腰を下ろすことはできない。
目の前には机がある。
そして銀色の灰皿も机の上にはポツンと乗っていた。
「しっかし、本当に面倒な仕事だな。タイムカプセルを掘り返すのとは違って、まったく知らねえ場所に隠れてやがる連中のお宝を探せってことだろ。ンなモン無理無理。いっそのこと、この腐ったホテルぶっ壊して瓦礫の中から拾い上げるのが一番なんじゃねえの?」
タバコの煙が舞い上がっている先を灰皿にトントンと叩く。そうして吸いカスを落とし、タバコを再び口で咥えて天井に吊り下がっているシャンデリアを見上げた。
「どうしたもんかねぇ。俺としちゃ、海賊願望があるわけでもねえから連中の情報探しとかどうでもいいんだけどな。まぁ、サボったらサボったであの変態上司にとやかく言われるし」
仕方ない、と覚悟を決めた豹栄真介はタバコをふかした。
と、その瞬間。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!! というフルオートの銃声が響くと同時に、無数の弾丸が彼の体へ迫っていった。
肉を貫く痛々しい音と、血が吹き出す生々しい光景。
白スーツを着用していた豹栄真介の体は、見事に廃ホテルを支えている柱の影から狙い撃ちをした『エンジェル』の男の手によって肉塊に変えられてしまった。
男の手にはアサルトライフルがあった。
誰がどう見ても犯人はそいつである。
太い柱の陰から姿を現した男は、警戒しながらも死体となってソファを永遠の安楽椅子にしている豹栄真介のもとへ近づいていく。
「そーだそーだ」
「っ!?」
しかし立ち止まってしまった。
驚愕としか言い表せない顔になった男は、ただ唖然としながら―――ソファに深く腰掛けたままグルンと顔を向けてきた死んだはずの豹栄を認識している。
対して、『生き返った』豹栄はニヤニヤと笑いながらソファに体重をあずけたまま、
「そーだそーだ。わざわざ俺が走ってしゃがんで手探りして探す必要もねえじゃん。連中が隠してる機密情報的なモンは―――連中が一番知ってるはずだよなァ。だってだって、そりゃ連中が隠してんだもんよ。ってことで、君、ちょーっと隠してるモンお兄さんに見せてくれねえかな?」
「……っく!!」
「そう気張んなって。俺ァぶっちゃけ面倒なんだ」
座ったままの彼は獰猛な笑顔を濃くする。
瞬間。
それが合図だったかのように。
豹栄真介の背中からは噴射するように土色の翼が飛び生えた。
息を飲んだ『エンジェル』の男。
全長五十メートル近くは伸びた巨大な翼は、もはや軽く動いただけで全ての存在をなぎ払うだろう。打つ手などない。あの翼を豹栄が軽く振っただけで、この廃ホテルは一刀両断されるかもしれない
「ではでは問題」
豹栄はソファに深く座ったままタバコから吸い取った煙を吐いて、
「仕事をサボりたい俺が取ろうとしている行動は次のうちどれでしょう?」
「っ……!」
「一、君に優しく平和的に情報の居場所を尋ねた後に叩き殺す。ニ、君とナチュラルに話し合った後に蹴り殺す。三、君にフレンドリーに聞いた後に殴り殺す」
その瞬間。
アサルトライフルを持っていた『エンジェル』の男の上半身から、メキゴキメキボキバキ!! という肉体が吹き飛びかけた轟音が鳴った。
原因は、豹栄の背中から生えている土色の翼が横凪に振るわれて直撃したからだ。
「ごっ、ぽぁ……!?」
血を吐き出した男はグルグルと空中で三回転して、床へ受身を取ることなく体を打ち付ける。持っていたアサルトライフルは遠くへ転がっていた。手首を複雑骨折したようで、右手が百八十度回転して折れ曲がっている。
そこで、楽しそうな声が響く。
「あー、そっかそっか悪い悪い。なんかついカッとなっちゃって、順番間違って殺しちゃうところだったわー。メンゴメンゴ。あ、ちなみに正解は全部だからよろしく」
「あっ、が……!! ぐっ、っが……あっ……!!」
「そう呻くなよ。こっちとしても心が傷んじゃうからさ、可能な限りあんま泣くんじゃねーぞ?」
笑い声を上げた豹栄は、ようやくソファから立ち上がった。
そして足音を鳴らしながらニタリと笑って近づいていく。その恐怖はあまりにも大きい。殺されることを察したのか、『エンジェル』の男は唯一動かせる左腕を使って這うように逃げる。
が。
「おいおい、つれねー野郎だな。もちっと楽しくはしゃごーぜ?」
ガゴン!! と轟音が鳴り響いた。
豹栄の翼がゴルフボールを打つように『エンジェル』の男の体を叩き飛ばしたのだ。骨の折れた感触が伝わったが、その程度のことで豹栄は笑顔を崩すことはない。むしろ一層笑っている気がする。
と、そこで。
バン!! という発砲音と共に豹栄の背中には穴が空いた。
「あ?」
怪訝そうな顔をした豹栄だったが―――またもや銃声が発生して右足を弾丸が貫通する。それから先は体中のいたるところから血しぶきが上がって、銃声が絶え間なく続いた。
ふと、周りを見回してみる。
「おいおい」
呆れるようにぼやいた豹栄の周りには、気づけば十五人近くの男女がテロリストを包囲する警官のように取り囲んでいた。敵さんの増援だな、と簡単に状況を受け入れた豹栄は大きな舌打ちを一つする。
「あのクソガキ……仕事サボってんじゃねえだろうな。こりゃお前が潰しとくはずの奴らじゃねえかよ」
吐き捨てた豹栄の体には傷が一つも残っていなかった。その事実に仰天した『エンジェル』の者達は、歯噛みして銃口の先をタバコを咥えた白スーツの男に向ける。
しかし彼らは知らなかった。
いや、知っているかどうかは不明であるが、この先起こる運命には気づくことがなかった。
「役たたずのクソガキだな。まぁ―――軽く手伝ってやるのも悪くねえ」
豹栄真介。
『ウロボロスの呪い』にかかっている『不死身』の悪人に勝利することなど、不可能だということを彼らは知らなかった。
故に。
鮮血の雨が降り注ぐ。