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楽しんで

 チッ、と盛大に舌打ちを返した夜来は低い声で上岡へ告げる。

「指示ってのを聞かせろ。俺ァどいつを死体に変えてやりゃいいんだ」

『まぁまぁ、そう焦らずに。僕は仕事をテキパキと片付けろと言う上司ではなく―――「楽しんで」片付けろとアドバイスするタイプですので、肩の力を抜いてください』

 楽しんで、という部分には上岡の凶悪さの一面が見られる発言だった。

 夜来は自分の腰あたりに抱きついてきているサタンを気にすることなく(日常的に慣れているから)、自分の上司にあたる上岡真へ尋ねた。

「で? どうやったら『楽しんで』人間の体ァ死体に変えられるんだよ、優しい優しい上岡サン」

『そうですねぇ。可愛い部下のためですし、僕も人肌脱いじゃいましょうか』

 いちいち前置きが長い上岡にイライラしながらも、夜来は耐える。

『まず第一に、今回のターゲットは「エンジェル」の下部組織です。あくまで下っ端の一部隊ということですね。「エンジェル」の本部が見つかれば、そちらを重点的に叩けるんですが、生憎と野郎さんは尻尾を出さないもので』

「あっちもバカじゃねぇんだろ。仮に、そう単純にトントン拍子でヤツラをぶっ殺せるってんなら拍子抜けにも程がある。テメェらもまとめてぶち殺しちまうかもな」

『あっはは。正論ですねー、まったくもって屁理屈さえ浮かびませんよ。ま、とにかく言うこと言っちゃいますと―――敵の人数は情報通りでは五十人。武装は銃火器。刃物も所持しているかと思われます』

 そして、と上岡は付け加えて。

『怪物の力を宿した哀れな「悪人」は数人かと』

「……その程度の青二才の群れへこの俺が飛び込めってか? ―――そいつァもう『戦い』じゃなくなるぞ。一方的に俺がヤツラを『虐殺』するだけだ」 

『いい気分にはなりませんか?』

 その問いに対して。

 夜来初三は頭の中に浮かんだ絶世の男嫌い美少女の顔を振り払って、口元を歪める。

「いいや、最ッッ高だね」

 これは自虐になるのだろうか。

 彼女は、こうして自分が闇に堕ちて血なまぐさい戦場に笑って立っていることを知ったら、悲しむのだろうか。

 おそらく、きっと泣いて怒るだろう。

 頬を引っぱたかれるかもしれない。

 しかし、『こうしなくては』いずれ悲劇が巻き起こる。自分が闇に堕ちて闇で生きて闇で連中を殲滅しなければ、また彼女たちに被害が発生する。

 それはダメだ。

 それだけはダメだ。

 絶対にそれだけは許容できない。そうなる前に、惨劇がまた起こる前に、夜来初三は『あの少女を傷つける上でここに立っている』のだ。

 これはきっと『本物の悪』ではないだろう。傷つけたくない彼女を傷つけている時点でクソッタレな悪行だろう。しかし、かといって『エンジェル』を野放しにしていれば、身内の彼女たちにまた牙が襲いかかる。

 つまり。



 どっちに転んでも、夜来初三は彼女たちを傷つけるということ。

 


 ならば消去法だ。

 先に『エンジェル』を叩き潰すことで、この戦いに幕を下ろす。そうして、最小最低最速のやり方で突き進むしかない。

 マシな選択を取っただけだ。結局は、あの少女を『自虐』で傷つけている。

『ああ、そうそう夜来さん。そっちに豹栄さんを送っているんですが、あまり気にしないで頑張ってくださいね』

「……あのシスコン野郎と背中ァ守りあって仲良く絆を深めろ、とでも吠える気か?」

『いやいや。あなた達二人の間に「深い因縁」があることは承知の上です。お兄ちゃん同士、仲良くしてくれると僕的には嬉しいですが、まぁ無理でしょう? だからそうではなく、豹栄さんには別のお仕事をしてもらってます』 

「別の仕事だと?」

『ええ。―――その廃ホテルは連中の拠点ですからね。つまりはその拠点を『乗っ取る』というわけです。連中の拠点とはいわば敵の城。なにかしらの情報が地下やら天井裏やらに隠されている可能性もある。それを豹栄さんには調べてもらってます』

「宝探しってわけかよ。いい年こいて何やってんだかねぇ、あのニコ厨野郎は」

 吐き捨てた夜来に、電話口からは軽い調子の声が響く。

『それでは夜来さん。初仕事ですが、精々死なないようお気を付けて』

「確認するが、殺して構わねぇのか?」

『できれば、また「拷問」ように何人かは生かして連れてきて欲しいですね。聞いたところじゃ、夜来さんは「拷問」のセンスがなかなかのようですし、その場で吐かせられるならやってもいいですよ。念のため、やっぱり二人くらいは連行して欲しいですが』

「……それがテメェの言う楽しんでやる仕事ってわけか?」

『あれれー? 違いました? 夜来さんは僕と同類ですし、そういった「拷問」で楽しく面白くお仕事できると思ったんですけど』

「……」

 返答を返さず、夜来は通話を切った。

 携帯電話をポケットにしまって、腰に引っ付いたままのサタンと共に廃ホテルの広大な敷地内を数歩歩いて立ち止まる。

 殺気が膨れ上がったのだ。

 自分たちを狙っている殺気の量が、窓やら壁の隙間やらホテルの天井やらから突き刺さってくる。

「小僧、電話は終わったのか?」

「ああ」

「我輩はきちんと小僧のために電話中は大人しくしてたぞ! 偉いだろう? だから頭を撫でろ、優しくソフトに撫でるのだ」

「そうだな―――うじゃうじゃ湧いてやがるクソ虫を掃除したあとに撫でてやるよ」

 周囲一体から溢れかえる気配。

 それらを感じ取っている夜来の横で、サタンが頬をプクーっと膨らませていた。

「そやつらが死ねば撫でてくれるのか? 面倒な話だが……仕方ないか」

 諦めるように吐き捨てたサタンは、夜来の手を握って、

「さっさと殺せ。一分で殺せ。そして我輩を撫でろ」

 姿を消した大悪魔サタン。彼女の美しい銀髪が風でなびくのが最後に見えた。

 と、同時に夜来初三の前髪で隠された右頬には異変が走る。禍々しい漆黒の『サタンの皮膚』を表す紋様が浮き出てきたのだ。まるで顔に刺青いれずみを入れているように見えるが、実際は違う。

 夜来初三と大悪魔サタンが一つになったことを表す現象だ。

「さーってと。『楽しんで』お仕事しますかねぇ」

   

 


 

 

 

  

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