丸くなった
「まぁ、とりあえず」
夜来は椅子に拘束されてる『エンジェル』の男の目の前へ立つ。
そして一言、告げた。
「知ってることを全部吐け、クソ」
「……お、まえ、……夜来、初三か……?」
瞬間。
夜来は右手で持っていた金属バッドの先を『エンジェル』の男の『口の中にねじ込んだ』。あまりの威力と乱暴さによって、前歯が砕け落ちる快音が響く。あまりにも『残虐』なやり方に、背後に立っている『凶狼組織』たちも、椅子に縛られている『エンジェル』の女も悲鳴を上げて仰天した。
ただし。
大悪魔サタンだけは、夜来の左腕に抱きついたまま退屈そうに可愛いあくびをしていた。
「言ったろ? 知ってることを吐けって。なのに何で自己紹介求めてんだぁコラ」
「も、っが……あっば……がァ……!?」
「あー? なにほざいてんのか聞こえねぇなこれじゃ。―――おいクソアマ」
そこで、夜来は金属バッドを『エンジェル』の男の口の中へグイグイと押し込みながら、その男の隣で固まっていた『エンジェル』の女に視線を移す。
あまりの激痛に目玉をギョロギョロと動かして暴れている男だったが、椅子に縛り付けられているので満足に体を動かすこともままならない。
可哀想、とは思えなかった。
ただ、次は自分がああなると理解すると、『エンジェル』の女は歯をカチカチと鳴らし始める。
「ビビって歯ァ鳴らす暇があんなら答えろって。ああ、コイツがくたばったら必然的にテメェだけしか『いじれなくなる』から勘弁してくれよー? 女の悲鳴とか聞くと―――いろいろと興奮して頭のネジが吹っ飛ぶから、俺」
「し、しししししし知らない! ほ、ほんとに、な、ななな、なにも知らない!!」
「ふーん。神に誓って?」
コクコクと頷く『エンジェル』の女。
対し、夜来は『そっかそっか』と納得した声を出す。
「マジでなんも知らねぇのか?」
「は、ははははい!! し、しりません!!」
「あーそっか。じゃあいいや」
その言葉を聞いて、思わずほっとする『エンジェル』の女。
しかし彼女は大きな間違いをしていた。
夜来の『じゃあいいや』という発言の意味を、彼女は正しく理解していなかった。
「ンじゃまぁ、何も知らねぇんじゃ『生かす』価値もねぇよな?」
夜来初三の放った驚愕の言葉。
その恐ろしい提案に、夜来の腕へ抱きついたままのサタンは可愛らしい笑顔を咲かせて、
「うむ、価値がないのだから『とりあえず』殺しておけ。殺しておいて損はないだろう」
「だな。どっちみち、この男のほうが生きてりゃ、また拷問する場合にも使えるし。ぶっちゃけ女はいらねぇよな」
「もうそんなことはどうでもいい。我輩は小僧と仕事デートに行きたいの! だから『とりあえず』殺しておいて早く帰ろう! 我輩のどかわいた! オレンジジュース飲みたいぞ!!」
「はいはい、分かった分かった。『とりあえず』女を殺してからな」
その『お遊び』ような感覚で、敵とはいえ女をなぶり殺しにしようとしている様子は、実に狂っていて恐ろしい。実際、この場にいる全ての者は唖然として体を震わせていた。
直後に。
笑っている夜来初三は金属バッドを女の頭に容赦なく振り下ろした。
「……で、拷問の収穫は?」
「なしだな。ありゃマジで何も知らねぇぞ」
拷問部屋から退出してきた夜来初三と大悪魔サタン。豹栄真介はそんな二人から視線を横へ移して―――透明な壁の先で『気絶』している『エンジェル』の男と女を視界に捉える。
そして鼻で笑ってから、
「なんだ、別に殺してもよかったんだぜ? 意外にも『お優しくなった』んじゃねーの、夜来くん。俺とやりあった時ァもっと非情で残虐だったと思うんだけどなあ」
「……」
「おいおい、そう黙り込んで睨むなよ。怖くてちびっちゃいそうだわ」
夜来は大きな舌打ちをして、
「非情なのは変わらねぇよ。俺は狂ってるからな」
「あらま。随分と肯定したな、自虐か?」
「そう。それだ。―――俺がそうやって非情っつー『悪』に走って自虐するのをバカみてぇに悲しむアホ女がいんだよ。だから丸くなっただけだ」
「ハハ!! あれで丸くなったってのか? まぁ、そうかもな。俺の知ってるお前なら、わざわざ敵を生かしておくはずがねぇ。いい子ちゃんになったみたいで感心だねぇクソガキ」
夜来は、隣で買ってやったオレンジジュースを両手で持ってごくごくと飲んでいるサタンの頭を優しく叩いた。ジュースの缶から口を離したサタンは、首をひねって尋ねる。
「どうした、小僧」
「いや、なんつーか面倒くせぇ演技させたなぁと思って」
「? 演技ではないぞ? あれは小僧を狙う敵だ。本当に殺しても我輩は良かったというのに……まぁ、小僧が殺さんのなら殺さないに納得するが。だが、せめて女のほうは『乳房でも切り落としてやったほうがいい』のではなかったのか?」
相変わらず、この悪魔は夜来初三以上に非情で冷酷だ。
女性にとって大事な体のパーツである乳房―――胸を切り落とすだなんて、考えただけでゾッとするだろう。普段の無邪気さの中に隠れるサタンの非情性は、悪魔という存在通り膨大だった。
しかし。
それはやっぱり、夜来初三と『似た存在』ゆえだろう。
「ほんと、お前は俺とそっくりだな」
「当たり前だ。でなければ、我輩と小僧は一心同体になどなっていない」
それもそうだな、と返答した夜来は歩き出した豹栄の後へ続いていく。
サタンは当然の如く夜来の腕へ己の腕を絡ませて歩行速度を合わせた。
「で、もう吐かせる情報がねぇって分かったが、俺はどこに行ってどこを潰せばいいんだ?」
「はん。初仕事だからって気合入ってるのは感心だが、まぁそう焦るな」
豹栄は鼻を鳴らして、
「現場までは車で移動だ。お前は到着したら指示に従って暴れりゃいい」