悪魔の少年
今回の戦闘シーンは、あんまり派手じゃないです。
期待してくださってた方はすいません。
『凶狼組織』の男達が、山の奥深くにまで進行してみると、そこには大きな城のような教会があった。夜の静けさもあって不気味さが倍増し、ホラー映画の舞台のように感じてしまう。
その教会を一同は見上げて、言葉を交わしあった。
「おそらく、ここだな」
「ああ。この辺りで探してねえとこは、このバンパイアでもいそうな教会しかねぇ」
「バンパイアはいないだろうが、怪物はいるけどな……」
三人の会話を耳に入れながらも、ターゲットが潜んでいる可能性が高い目の前の教会を凝視していた大柴亮―――このグループのリーダー的存在である彼は、自分の短い黒髪を掻きむしってから歩き出した。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえよ。とにかく、豹栄さんとこに夜来の死体を持ち帰るぞ」
教会内に入る彼の後を追っていった男達も、夜来初三が息を潜めている戦場に足を着けた。
教会の内部は、キリスト教を表す代表的なイエス・キリストが杭で十字架に打ち付けられている像もあり、窓ガラスは西洋風で、異様な空気が漂っていて……はっきり言って気味が悪い。
そこで、会話が消えた。
ここが殺し合いの場だと理解した『凶狼組織』の彼らは、瞬時に気持ちを切り替えたのだ。
いくら、不良やチンピラをかき集めて作られた『凶狼組織』とは言えども、その犯罪っぷりは闇の世界ではかなり有名になっている。
当然、そんな危険と隣り合わせで生きてきた彼らは、もはやチンピラ程度の人間などではない。
ただの、犯罪組織の一員。場合によっては人さえも完璧に殺す、人殺しのプロだ。
だからこそ、彼らは無駄話をして、隙をみせることはしない。
今行うべきことはただ一つ。
夜来初三の殺害のみである。
「背後を固めろ。フォーメーションBを作れ」
「「「了解」」」
大柴の一言のみで、男たちは拳銃を構えながら即座に動きだして、あらかじめ決めていたポジションにつく。
だがしかし。
「……あ? おい、そこのポジション空いてるぞ!」
大柴が指差した場所は、自分のすぐ右側の場所。
本来ならそこにも、フォーメーションBを完成させる為には誰かが立っていなければならないポジションなのだ。
が、しかし。誰もいない。がら空きだった。
「おい、浜井! そこはお前だ―――」
苛立った声で、浜井という男を叱りつける―――はずだったのだが。
「あ、あれ……? い、いない……」
人数が、足りなかった。
他の『凶狼組織』の男たちもきょろきょろと辺りを見回しているが、どこにも気配がない。
完全に、浜井は消えていた。
「ど、どういうことだ……?」
冷や汗を流しながら、大柴はアイコンタクトで残りの『凶狼組織』の男達に「もっと固まって動くぞ」と命令を流す。
それに全員が頷き、おしくらまんじゅうをする様に固まって歩を進め始めた。
「まさか、浜井のやつ……」
「あ、ああ、もしかしたら、夜来に殺られたのかもな」
味方からの恐怖で一杯の会話を耳にしながら、大柴亮は周囲の警戒レベルを高めていく。
油断したら、死ぬ。
現在の夜来初三は『サタンの呪い』を使う可能性が低い、と豹栄真介から言い伝えられている。
豹栄もその身に呪いを宿しているからこそ、夜来初三の呪いに関しての知識もかなり所持しているらしい。部下の自分達には『呪い』というものはよく分からないが、豹栄が言うには―――『呪いの侵食を気にするあまり、夜来は「サタンの呪い」を土壇場でしか使わない』ということ。
確かに、自分達のような呪いの力も宿していない人間相手に、夜来初三が本気を出してくるとは考えにくいことだ。
だから、そこをつく。
今回は、その油断して呪いを使っていない状態の夜来初三を即座に殺害するのだ。
呪いを使わない夜来初三など、しょせんはただの高校生。ガキだ。
それが唯一の勝機であり、突破口でもある。
(とにかく、なんとしても『サタンの呪い』だけは使わせないで殺すしか……)
と、改めて決心を大柴が固めていたときに。
それは見えた。
いや、見てしまった。
「浜、井……」
探していた自分達の仲間、浜井の姿が視界に映った。
そう、あれはどう見ても浜井だった。見間違いではない。
月の光を神々しく浴びている、イエス・キリストが杭で十字架にはり付けられている像の上から、そのイエス・キリストとまったく同じポーズではり付けられて死んでいる浜井だった。
「う、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??」
思わず悲鳴を上げてしまう。
月光に照らされる浜井の頭は真っ赤に染まっていて、顔は原型をとどめていない。
整形手術にでも失敗したように醜く、血まみれになった顔の浜井の瞳は、生気を感じさせていなかった。
手足は明らかにねじれていたり、不自然な方向に曲がっているのだが、イエス・キリストと見間違えるほどに同じポーズで、同じように十字架にはり付けられている。内蔵の一部もベッドのスプリングのように飛び出ている。眼球も一つ足りなかった。まるで、工作気分で殺されたような死に様だった。
「な、な、なん……で……」
他の『凶狼組織』の者達も恐怖で顔を青ざめていて、面白いほどガクガクと震えていた。
それもそうだろう。当然の反応だ。
浜井をあそこまで残忍に、残虐に、殺すことを工作気分で行ったような化物と、これから自分達は戦わなくてはならないのだから。
次は自分が、十字架にはりつけられる。
その事実が、この場にいる『凶狼組織』達全員の頭によぎった。
その時―――
「ハロー、ハローハロー? みんなは元気に遺言を残せてんのかなぁ? 腹ぁ痛めて産んでくれたママーンにゃ一言くれぇ涙腺崩壊するような言葉ぁ並べ立ててんだろうなぁコラ」
「「「ッ!?」」」
突如、ドス黒い声が教会中に響き渡った。
震える両手で拳銃を握りしめた大柴は、ビクビクと震えている仲間の肩を叩いて、できる限り元気づけてやる。
しかし、死神の囁きは止まることを知らない。
「俺ァ心が広いからよぉ、お客様に合わせて殺し方を選ばせてやってんだよねぇ。―――ってことでぇ、お好きな殺され方は一体全体何でございましょうかー? 刺殺? 圧殺? 銃殺? それともそれとも、当店オススメの撲殺でございますかぁ? どーぞお選びください、おーきゃーくーさーまー?」
死刑宣告と取れることも可能な言葉だった。
大柴亮はようやく気づいた。
自分の心臓の動きが異常なほど早くなっていて、汗は炎天下の中運動したぐらい出ていることに。
きっと、恐怖を感じているのだろう。
それはもちろん。
残りの『凶狼組織』の者達も例外ではないはずだ。
「う、うわああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
よって、誰かが取り乱して、銃を乱射する可能性もなくはなかったのだ。
バンバンバンバンバン!! と、辺り一体の暗闇に向けて引き金をひきまくる仲間の暴走を見た大柴は、即座に取り押さえようと動いた。
そんなことをしても、夜来初三に弾丸が命中する確率は低いので無駄な行動だし、何より敵に自分達の居場所を正確に知られることになる。
よって、大柴は彼の暴走を止めようと動いたのだ。
「おい! 止め―――」
が、しかし。
「イっただきまーす♪」
愉快愉快と言わんばかりの声が生まれたと同時に、銃を乱射していた男の顔に何かが投擲された。
それは顔面を文字通りグサリと貫き、そのまま男を背後の壁まで吹き飛ばした。
ダーツのように壁と顔を一本の棒―――鉄パイプで繋げられた彼の生死は、もはや確認するまでもない。
「ひっ、わ、わあああああああああああああ!! た、たたた助けてぇぇえええええええええええ!!」
「おいよせ!! お前も居場所がバレちまうぞ!!!!」
その異常な殺し方で殺害された仲間の姿を見たもう一人の男は、大柴の注意も聞かずに、出口のもとへ何度も転びながら走り出した。
そしてたどり着いた瞬間に、その大きな扉を開く。
視界には、輝く月の姿があった。木々は生い茂っていて、山の奥深くだということを再認識させられるものだ。しかし、外の景色が見れたということは、出口から出られたという証拠。
「た、助かった!」
外にでた男は、数歩足を動かしてから、緊張が解けたせいでその場に尻餅をついた。
腰を落とすのも無理はない。なんせ、あの緊迫した場から脱出できたのだから。
「た、助かったん、だよ……な?」
放心するように呟いてから、
思わず、安堵感で満タンの笑い声を上げる。
「は、ははははっ!! 良かった……助かった、助かったんだ俺は!! あ、ああ!! たす―――」
「助かってよかった……かーらーのー?」
無慈悲にも、邪悪な声が安心したばかりの男の耳にぶち込まれた。
まだ安心して笑っている顔のまま、男は間抜けな声を出して、
「……へ?」
地面に向けていた視線を上昇させてみた。
そこには、
「かーらーのー、デッドエンド……とか、最ッ高に良いオチだと思わねぇかぁ? クッソ野郎、気持ちの悪ィアホ面さらして堂々と生きてんじゃねぇぞコラ」
拳銃の引き金に指をかけている、月を背にした化物が口を引き裂いて笑っていた。
夜来初三は手にしているハンドガンの銃口の先を、呆然としている男の口の中に思い切り突っ込む。
「―――あがっ!?」
バキ! と、前歯が折れる痛々しい音がした気がするが……まぁいいだろう、と夜来は切り捨てる。
そして、容赦なく、躊躇いなく、その指に力を込めて、
「天国移住決定だなぁ、犬畜生が」
引き金を引き、ハンドガンのハンマーを落とした。
結果、バァン! という銃声が山の奥底で響く。
辺りには、鮮血の花火が舞った。
「さーて」
楽しそうに、無邪気な子供のように、そう呟いた彼は、教会の中に一人残った『凶狼組織』の生き残りに、ギロりと視線をロックオンさせる。
「―――っ」
夜来初三が放つ異常な威圧感、同じ人間とは到底思えない邪悪な笑顔、狂ったように人を殺す残虐性に心を壊された大柴亮。彼は全身を小刻みに揺らして泣きそうになっている。
しかし、夜来初三は構わない。
怖がっているからなんだ?
泣きそうになっているからなんだ?
知るか。そんなことは知らない。
くだらない犯罪組織の一員であり、過去に世ノ華雪花を苦しめ、雪白千蘭さえも今回の死闘に巻き込んだクソ野郎共に、かける情けはなかった。
夜来初三。
日光を少しでも遮断するために全身を黒い服で身を包み、紋様を隠す長い漆黒の前髪を風で揺らす、死神のような姿をしている彼。その背後には神々しい月が存在していて、その美しい光が彼を盛大に照らしていることで……本当に悪魔のように思えてしまった。
そんな彼は、獲物に向けて嗜虐的に笑い、
「霊柩車は最高級のモンを準備してやるよ」
雪白千蘭は、部屋から飛び出して世ノ華雪花の後を一心不乱に追っている最中だった。
(……いた!)
しかし、意外と距離は離れていなかったらしく、旅館の外に出た時には彼女の小柄な背中と肩甲骨まで伸びた金髪が見えた。雪白はすでに体力の限界だったのが、限界の先の限界を目指すように走る速度をできる限り早めて、世ノ華の肩に手を置いて捕獲に成功する。
「落ち着け! どこに行く気だ!?」
「離して!! 兄様のとこに決まってるでしょ!!」
雪白の腕を振り払った彼女は、かつて……不良だったときのような刃物のように鋭い目つきで睨みつけてきた。
「アンタも兄様に助けられたから兄様のことを好きなんでしょうけど、私はもっともっともっともっと兄様のことが好きなの! 感謝してるの!! だから助けに行く以外に選択肢はないのよ!!」
「それは私だって感謝している!! だが、お前一人であの豹栄とか言う奴に勝てるのか!? ダメージを与えられるのか!? あの夜来ですら勝てなかった相手だぞ!」
「それは……」
「助けに行っても足でまといになるだけだ!! それすら理解してないのか、貴様は!!」
雪白の一喝に眉根を寄せてうなだれた世ノ華。
どうやら、少しずつ落ち着きを取り戻せているようだ。
「だから、まずはやるべきことをするぞ。それは私たちにしかできないことだ。夜来にはできない、私たちにしかできないことだ」
「や、やるべき、こと……?」
夜来のことが心配なのだろう。
世ノ華がゆっくりと上げた顔は、今にも泣きそうで苦しそうだった。
「まずは、お前の兄……豹栄の『呪い』の正体を暴くぞ」
「そ、そんなのどうやって……」
再び視線を床に落とした彼女に、後を追いかけてきたのだろう、呪いの専門家の声がかかる。
「儂がいるじゃろうが」
そこには、ツヤのある黒髪を腰まで伸ばし、金色の瞳を輝かせている七色夕那が腕を組んでいた。ダークブラウン色をした浴衣を着用ていて、相変わらずお人形さんのようだ。
「まぁ、そういうわけで。夕那さんと僕に話してみてよ、豹栄の『呪い』の特徴」
その隣にいる、チャラチャラとした格好を常に崩さない茶髪の少年が歩み出た。
彼はいつも通りニヤニヤと笑みを浮かべていて、こちらも相変わらずな男だった。
「な? とにかく、焦るな。焦る暇があるなら、こいつら『悪人祓い』に相談しよう」
「……そう、ね」
渋々、といった風に首を縦に振った世ノ華雪花は、辺りの自然―――林のように緑が豊かな空間を見渡すことで心を落ち着けてから、口を開いた。
「豹栄の奴の能力は、『不死身』と土色の翼……『翼』だった。それ以外には私たちは見てないわ。そうよね?」
「ああ、その通りだ」
雪白からの同意を得られた世ノ華は、呪いの専門家―――プロの『悪人祓い』である七色夕那に、答えを求めるような目を突き刺した。
すると、彼女は目を大きく見開いて、誰がどう見ても驚いているだろう顔で、
「不死身……じゃと……!?」
ありえない、と吐き捨てるように呟いていた。
「そ、それって……」
見習いの『悪人祓い』である鉈内翔縁さえも、『不死身』と『翼』という言葉に大層仰天している。
七色は何度か深呼吸を行ってから、
「それは間違いなく、あの厄介な呪いじゃな……」
はぁ、と彼女が漏らした溜め息は、難問のテストを解こうとしている生徒のようだった。
そして、告げる。
『不死身』と『翼』が示す怪物の正体―――呪いの正体を。
「それは、『ウロボロスの呪い』じゃよ」