クズ
短い黒髪をかきあげて、大柴は以前変わらない無表情を維持している。
対して、夜来はゆっくりと振り返り、ブチリと裂くように笑顔を作り上げた。
「久しぶりだなぁ。元気に小悪党やってたか? っつーか、俺が空けた風穴はもう塞がったのかよ」
「……ああ、お陰様でな。俺としても、あのとき死ななかったことは誇りに感じてるっつーの」
フラッシュバックした。
目の前で邪悪に笑っている夜来初三と―――前回、自分の前で仲間を皆殺しにしていた夜来初三の狂気の笑顔がダブって見えた。
やはり、コイツは次元が違う。
『サタンの呪い』がかかっていない状態の夜来初三だというのに、言葉通りの意味で『いつ喰われるか分からない』そのオーラだけは健在だ。ゴクリと生唾を飲み込み、大柴は一歩後ろへ後退する。
その様を鼻で笑った夜来は、辺の広大な射撃場を見渡して、
「しっかしまぁ、くだらねぇほどに設備が整ってやがんなぁ。正直、金遣いが荒ぇクソガキがここを仕切ってるように見えるんだが。ま、だとしたら俺は今すぐテメェらぶち殺しそうで怖ぇがな」
「俺は下っ端だ。俺に当たられても困る。というより、お前こそどうするんだ? 拳銃が合わないとか言っていたが、変えてみるのもいいんじゃねえのか?」
「殺されてぇのかテメェ。理解者ぶった口聞いてんじゃねぇよ、こちとら既に五丁以上は使って打って実証済みだ。どれもこれもクソ合わねぇ。喧嘩売ってるとしか思えねぇよ」
「……コンバットデルタ」
「あ?」
「俺とお前が戦ったとき、お前が俺の部下から奪って使ってた銃だ。あれは『コンバットデルタ』っていうハンドガンだ」
眉を潜めた夜来は、続けて低い声を出す。
「それがなんだってんだ?」
「あれ、使いやすくなかったか? 見た感じでは、お前は至近距離の発砲が多かったが、結構馴染んでいたような気が……」
しばし沈黙し。
夜来は右手で握っている拳銃を見て、
(……確かに、あんとき使ってた拳銃はこれよりかは使いやすかったな)
「おい小悪党。そいつを寄越せ。使ってみるのも価値はあんだろ」
「……心変わりか。まぁ、構わねえが」
大柴は、腰に巻いていたホルスターから己の拳銃を抜き取った。一瞬目を細めた夜来だったが、突き出されたその拳銃を見て鼻を鳴らし、
「趣味を伝染させようってか?」
「ひどい誤解だ。勘違いしてんぞ」
夜来は持っていた拳銃を投げ捨てて、代わりに大柴から受け取った『コンバットデルタ』というシルバーの拳銃を握り、
「そうかい、そりゃ悪かったな」
適当な調子で言って、遠くで倒れている的の残骸にいきなり発泡した。ガァン!! という爆音とともい、的の残骸はさらなる残骸を生み出した。
夜来はその結果を鼻で笑って、
「こっちのほうが全然いいなぁ」
ハハッ!! と恐ろしく笑った夜来は、大柴へ銃を投げ返した。それを瞬時にキャッチした大柴は慣れた動作で拳銃をホルスターへ戻し、再度尋ねる。
「で、どうする?」
「俺もテメェの趣味に合わせることにした。後で支給されんだろ? そんときゃそれをよろしく」
夜来は先ほど投げ捨てた拳銃を床から拾い上げた。やはりグリップが気に入らない。その時点から合わないと改めて実感した夜来に、大柴から声がかかる。
「まあ、呪い解放時のお前に銃は必要ないだろうがな」
「―――何度も言わせんな。理解者ぶってんじゃねーよクソ野郎。あのクソ悪魔の力は引き出せば引き出すほどこっちが飲まれる。つまり有限なんだよ。だからこそ少しでも節約するために、銃だのナイフだのは利用できる分は利用する」
まぁ、と付け足して、
「結局は目の前のクソを殺せりゃ等しく同じだが」
「魔力で敵を殺す。銃で敵を殺す。つまり、結局は相手を殺せれば全ては同じということか?」
「異論でもあんなら元気に挙手でもしろ。つーか、目的が同じだから何でもいいんだよ。魔力使おうが、銃使おうが、刀使おうが、最終的にそれら全ては『敵を殺す』ためだろ? だったら、『手段』が魔力か銃か刀かの話だ。殺せりゃ同じだろうが」
「……非情なんだな」
「その非情を肌で体験したクソはテメェだろう。まさかとは思うが、今更この俺に優しさとか期待してるわけ? だったら俺なりの優しさを今ここで叩き込んでやろうか?」
「そんな淡い期待は持ってねえよ。俺もお前も同じ『クズ』だ。そこは理解してるがな」
瞬間。
夜来初三の凶悪な笑い声が反響し始めた。ツボに入ったかのように大笑いするその姿は、やはり恐ろしい。もはや、行動一つ一つに人を殺せるような力を秘めているようだ。夜来は拳銃を片手でクルクルと回しながら、
「面白ぇことほざくな、テメェ」
「なに……?」
「俺とテメェは『クズ』だ。そこにゃ踊ってクルクル回ってやりたいくらい同意だね。だがなぁ、『同じ』じゃねぇよ。俺とテメェは『同じ』なんてレベルじゃねぇ」
夜来は己のこめかみを持っている拳銃の先でトントンと叩き、
「俺はテメェ以上のクズだ。そこを吐き違えるなクソ野郎。じゃねぇと今ここで撲殺死体に変えてやるぞコラ」
「……確かに、説得力に溢れる評価だな」
そこで、二人の耳にはまたもや自動ドアが開く音がした。
新たな入出者である。ちなみに、その入出者の顔を見た瞬間、夜来は忌々しそうに舌打ちを吐き捨てた。
「なんのようだ、シスコン野郎」