闇堕ち後
同日・同時刻。
朝、という時間帯は人間にとってもっとも大事な存在だろう。人間という生き物は、太陽が登った朝から各々の一日をスタートさせる。つまり逆説的に考えてみれば話は単純で、朝がなければ一日は始まらないようなものだ。
夜行性などはその範疇に入らないだろうが、少なくとも人間はそうだろう。
太陽の光を浴びて、学校やら仕事やらへ向かう。日光にはいろいろと素晴らしい効果もあるらしく、日光浴だなんて楽しみかたもあるそうだ。
だが、何事にも例外はある。
例えば、巨大な地下施設の中にある特別な射撃場の中で立つ夜来初三という少年だ。彼は人間だが、太陽の光を浴びることは好まない。それも日焼けを気にするだとかの理由ではなく、純粋に日光にあたってはいけない体なのである。
故に、闇の生き物。
それはきっと、太陽の光を恐れているからなどの理由と―――彼そのものの心が闇で染まっているからだろう。今思えば、太陽の出ている昼を嫌い、太陽の隠れる夜を好む夜来初三は、本当に心も含めて闇そのものだった。
『難易度レベル4。開始』
機械的な合図が響いたと共に、夜来初三は手に握っていた銀の拳銃をガシャンとリロードする。
彼が立っている場所は―――迷路そのものだ。周りには大きな外壁などが入り組んでいて、実際の屋内戦闘を想定したようなつくりである。
と、そこで。
夜来初三の前方に位置するコンクリートの外壁の隙間から、人型の的が姿を現した。
瞬間。
バァン!! という銃声と共に、照準をぴったりとつけて発砲した夜来初三のおかげで的は粉々に砕け散る。
(……遅いな。狙いをつけるのに時間を食っちまった。クソ面倒くせぇが神経質になりすぎてるな)
その直後からはあらゆる方向から的が出現する。前、後、左、右、上、下、さまざまな場所から姿を表す人型の的は、登場して一瞬でほとんどが打ち壊される。夜来はほぼ全てを正確に素早く打ち抜いたのだが、やはりいくつかは外したものもあった。
それでも夜来は打ち続ける。
連続して響き渡る銃声。それと同時に的には穴があいていく。
(クソが。俺の技術が足りねぇんだか、拳銃の性能が悪ィんだかは知らねぇが、どうにも違和感満載だな。具体的にはライスにお好み焼きを合わせて食うくらい微妙さが絶大だな、ちなみに俺はライスいらねぇが)
しかしそれでも、夜来は心底悔しそうに大きな舌打ちをしていた。何の訓練も受けていない少年がここまで正確に射撃を行えていることには、明らかに誰もが仰天するほどだ。夜来は笑って自慢しても問題ないはず。だというのに、その程度では夜来は満足しない。これでも遅いのだ。訓練を受けている受けていないではなく、単純に満足できない。
と、そこで。
『難易度レベル5。開始』
アナウンスと共に、様々な場所に隠れていた的のいくつかが夜来の体へ襲いかかっていった。的の構造はロボットのよう。関節部分を人間と同じくらい取り付けられているので、的というよりは人造ロボットといったところだ。
(難易度レベル5、ねぇ……。なるほど、『標的の的が意思を持って攻撃してくる』ってわけかよ。おいおい、サプライズにしちゃーちっとばっかし派手すぎなんじゃねーの? 楽しくなってきちまうじゃねぇかよ、あぁ? 俺を興奮させて何を期待してんだよコラ)
的であるロボットの一人が、腕を振り上げて夜来の頭を叩き潰そうとする。
しかしそれよりも早く夜来がその的の頭を打ち抜いた。弾丸が貫通した的は、火花を上げて崩れ落ちる。
(チッ。『絶対破壊』なしだと、どうにも不安が募る)
その通り。
夜来初三が襲いかかってきた的をわざわざ拳銃で打ち抜いたのには理由がある。それは、彼の体からは現在サタンが離れている状態ゆえだ。
だからこそ、夜来はサタンの魔力を使えない。ただの人間なのである。
「っ」
そのとき、周囲に溢れていた的の群れが一斉に飛び出してきた。
『サタンの皮膚』を表す禍々しい紋様がない彼は、再び四方八方から襲いかかってきた大量の的たちに凶悪な瞳を輝かせる。
「いいねぇ。ピンチになるとこっちもやる気が出る」
まずは前方から迫ってくる的の三つを打ち抜いた。よって、四方八方を囲まれていた状態の中に、一つの逃げ道を作り上げたのだ。その道を使って飛び出た夜来は、背後に集まっている的というロボットの群れへニタリと笑って、
(こっちゃあ的をさんざん相手してきたんだよクソが。どこを狙えば着火して爆発するだとかは全部全部教育されてんだっつーの)
ロボットの心臓部を狙ってハンマーを下ろす。弾丸が飛びだし、ビリビリとした衝撃が腕を伝って広がっていく。それでも夜来はひたすらに連射を行い―――ロボットの一つを爆破させることで周りのロボットを爆風で吹き飛ばしてやった。
何度と、この的であるロボットを打ってきたから分かる。
あのロボット達の『核』は心臓部だ。そこから様々な信号を送るパイプの線が体全体に伸びているのだろう。故に、その心臓部付近を滅多打ちにしてやれば、ロボットの体が炎上したり爆発したりすることは実証済み。
夜来はそういった機械関係にはど素人だが―――身をもって知っているからこそ実現できた技だ。注意深く観察して撃破しなければ発想さえ不可能な方法。爆風に巻き込まれたロボットの大群は、周囲を囲んでいるコンクリートの壁にボデイを打ち付けて動かなくなる。狭くて入り組んでいる、この場所だからこその結果だろう。
「……くっだらねぇ」
動かなくなった的のロボット達を見て、吐き捨てるように言った夜来。
彼は面倒くさそうな動作と共に、持っていた拳銃へ視線を落す。
「合わねぇな。っつーか、そもそもグリップが俺好みじゃねぇ。自分の手に食いつかねぇモンなんざ、いくら振り回そうと無駄だってんだよ」
そこで、ビー!! という『難易度レベル5』の屋内射撃訓練のプログラムが停止した音が発生する。そのタイミングで、夜来の背後にある自動ドアが開き、一人の男が入出してきた。
「じゃあ、拳銃そのものを変えてやり直すか? 狩猟用のショットガンから、軍が扱うライフルまでの幅広いジャンルが揃ってはいるぞ? 俺は進めることはしないが」
「……おいおい、懐かしい面じゃねーかよ」
その男には見覚えがあった。
『神水挟旅館』へ行った際に、豹栄真介率いる『凶狼組織』が夜来初三を襲撃したことが過去にある。その『凶狼組織』という大規模犯罪組織の中の一部隊を壊滅させたときに、唯一夜来初三が殺さなかった男―――それが、大柴亮という目の前に立つ人物だ。