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豆腐メンタル少女

 そんなこんなで。

 鉈内翔縁は、現在、天山駅という都会の中央部に位置する駅前で待機していた。とてもじゃないが、七色も鉈内一人を外国へ送り飛ばそうという気はないらしい。同行してくれる『悪人祓い』が誰かは知らないが、鉈内にとっては仲間がいるだけで安心感が芽生える。

 鉈内は、そわそわしながら周りを見渡した。

 同行者である『悪人祓い』が、鉈内のことを知っていると聞いているので、こちらから捜索する必要はない。そもそも、相手の特徴も分からない鉈内は、こうして駅前で待機するしかないのである。

 集合時間は午前十時。

 目的地はヨーロッパ。正確にはフランスである。

 何でも、依頼人はフランスのとある街に住む男性かららしい。メルヘンチックな世界・ヨーロッパには鉈内翔縁も何度か憧れを抱いたことがあり、非常に今回の仕事はついている。初仕事、夢のヨーロッパ。それだけで、鉈内の気分はウキウキだった。

(う、うっしゃああああああ!! これで堂々と仕事先で「『悪人祓い』です」って自己紹介できるぜ!! もう速水さんだの夕那さんだのの後ろで「『悪人祓い』……見習いです」って言わなくて済むんだぜえええええ!! ど、どうよこの現実!! 僕ってば、この不景気のなかでもやってけそうじゃん!? 行けるぞ僕!! やれるぞ僕!! ファイトだ僕!!)

「あ、あの……」

(でもどうするよ!? これで女子にキャッキャウフフされてもおかしくなくね!? 世ノ華あたりなんか、あのバカから寝返って『翔縁お兄様!! 愛してます!!』とか言ってくんじゃね!? ああもうどうしよっかなー、僕ってばハーレムよりも一途に添い遂げる人間だしなぁ)

「あ、あの……鉈内さんですよね?」

(あー、もうさっきから気分ウキウキで綺麗な美少女ボイスが聞こえてくるわ。やばいやばい。同行者の人も僕と同じ『悪人祓い』なんだし、きりっとしないとね、うん! きりっと!!)

「な、鉈内さ~ん? き、聞こえてますかー?」

(く、くそ!! ダメだ!! さっきから美少女ボイスが頭から離れない!! や、やはり昨日やってたギャルゲーが影響してるのか!? ああでも、ハルカちゃんルートも泣けたよなぁ。最近は夕那さんいないし、結構夜更かしして美少女と戯れてたからな……画面越しに)

「な、鉈内さん!! あの、聞いてください!!」

(あー、ほらね? 僕ってばギャルゲーやりすぎなんだよ。おかげで、『気弱敬語系美少女』的な声がさっきからやまないもん。ダメだ、こんなんじゃ! 初仕事だぜ!? 気合いれろ鉈内翔縁!!)

「う、うう、鉈内さぁん!! 返事してくださいよぉ!!」

(ダメだ……美少女ボイスがさらに聞こえるようになってる!! マズイ!! こんなんで戦場に挑んだら死ぬ!! 気を抜くな!! 自信をモテ!! 鉈内テメェいい加減にギャルゲー脳から離れてみせろ!!)

 鉈内は、背後に立っている一人の少女に気づいていなかった。

 しかし、突如響いた少女の鳴き声で全てが解決する。

「う、うう……!! ―――うわああああああああああああああああああああああああああああああん!!!!」

「っ!?!? な、なんだあああああっ!?」

 耳元で鼓膜を突き破る勢いで響いた甲高い絶叫。反射的に振り向いた鉈内は、地面にうずくまっている一人の少女を見下ろす。

 目を引くのはその綺麗で長い黒髪だ。白いリボンによって二つに括られたツインテールは、童顔っぽくて可愛い彼女によく似合っている。茶色の瞳は少々色素が薄いのか、美しい輝きを放っていた。 

「な、なに? どうしたの? 迷子的なあれかな?」

「な、鉈内さんが、全然返事してくれなくて……!! そ、それで、私、どうしていいか分からなくて……!!」

 瞬間。

 少女はハッと、何かに気づいたみたいに己の胸部へ手を当てて、死んだような笑顔をみせる。

「……そうですよね、私みたいな貧乳女、生きてる価値ないですよね。すいません、ちょっと豊胸手術してきます」

「ちょっと待ったあああああああああああ!!」

 何やらめちゃくちゃまずい方向へ進んでいく彼女の手を取った鉈内。対して、少女は死んだ瞳で笑いながら、

「ダメですよ鉈内さん。ほら、私って貧乳ですから、貧乳=ゴミですから。死にますから、はは」

「ひ、貧乳最高!! 僕は貧乳大好きですはい!! だ、だから思いとどまって!! マジで何か目が死んでるから戻ってきて!!」

「え、ほ、ほんとですか? 鉈内さんは、私みたいなゴミが生きてていいんですか?」

「も、もちろん。―――って、なんで僕の名前……もしかして」

 ようやく気づいてくれたことに、えへへと笑った気弱なツインテール少女は、ゆっくりと立ち上がって口を開いた。

「え、えと、黒崎燐くろさきりんです!! この度、七色さんが長期入院されたらしいですね。た、頼りないかもですが、私と鉈内さんでお仕事頑張りましょう!」

「……」

「そうですよね、私みたいなブスと一緒に仕事とか嫌ですよね。喋りたくないですよね。すいません、ちょっと顔面整形してきます」

「何かすいませんでしたあああああ!! もう何か反応できなくてすいませんでしたああああああッ!! いや、ほら、この後の予定とかいろいろあるじゃん? それを整えててさ、反応できなかったんだよ!!」

「ほ、ほんとですか?」

「ほんとほんと!! ちょーほんと!!」

(……ちょっと、待ってよ)

 必死に謝罪の言葉を並べ立てた鉈内は同時に心で思う。

 キョロキョロと周りを見渡して、他に誰も増援がこないことを悟ると、

(この、何か豆腐メンタルの子とふたりで……フランスへ行けって、こと?)

「あ、あはは。鉈内さん、優しい方ですね。私みたいなゴミクズ女と一緒にいてくれるなんて。いや、ほんとに嬉しいです。あ、距離感とかどうすればいいですか? 半径三メートル以内には入らないほうがいいですか?」

「バンバン入ってきて!! もう何か逆に離れないで!! 離れたら死んでそうで怖いから離れないで!!」

「? は、はぁ。分かりました」

 鉈内は思った。

 この些細なことで心が崩壊する少女と自分のような新米『悪人祓い』二人のコンビで……本来、七色夕那が立ち向かうレベルの怪物を祓うということは……。

「ち、ちなみにさ、今回の依頼ってどんくらい難しいの?」

「えっと、確かターゲットの悪人はA級レベル―――具体的には死亡者も出すくらい危ない怪物に憑依されてると思います。死亡率も並ではないかと」

 確信した。

 間違いない。



『―――今日ぶっ殺されまーす』



 朝の運勢占いコーナーで見た老婆占い師。

 アイツの言っていた予言を思い返した鉈内は、間違いなくあの占いが死亡フラグだったなと苦笑いしながら理解した。

 今回の仕事。

 その同行者である仲間の『悪人祓い』。

 全て……殺されるキーとなりそうな要素ばかりだった。

「鉈内さん、どうしたんですか? なにやら無理に笑ってるような―――あ、そうですよね。私の顔って気持ちわるいですよね。見てて吐き気しますよね。すいません、ちょっとマスク買ってきます」

「キモくないキモくない!! だからやめて!! ホントに美少女だからやめて!! マスクとか付けない方がいいから!! ね!?」

「ああ、そうですよね。私のキモ顔に装着させられるマスクが可愛そうですもんね。あはは、鉈内さんって優しいなぁ。マスクさんの気持ちまで分かってるなんて。分からなかった私はクズですね。すいません、ちょっと首吊ってきます」

「何かもうすいませんでしたああああああああああああ!!」   

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