ロリ肯定
鉈内翔縁が一流の『悪人祓い』へなるための修行として、速水玲と共に遠くの地へ旅立ったことがある。それは現代から一年くらい前のことだ。速水はいわゆるスパルタ教育が主体なので、非常につらい修行期間だった。外国にまで飛んで実際の『悪人祓い』としての仕事を見学させたり、課題をクリアしなければ宿に泊まることさえ許されなかった。
そんなスパルタ特訓を終えた鉈内は当然ながらヘトヘト。日本に帰国した彼は、折れそうになる足を動かして己の家である七色寺へたどり着いた。季節は夏休み真っ只中の炎天下。非常に発汗も激しいため、シャワーでも浴びようと思案しながら境内へ足を踏み入れた。
しかし。
その巨大な敷地を誇る境内には、一人の日傘をさした黒ずくめの少年が立っていた。
当時の鉈内は眉を潜めた。
それもそうだろう。なんせ、明らかにお盆シーズンも終わっているので墓参りの客でもないだろうし、その少年は日傘で壁を作りながらギラギラと輝く太陽を見上げていたのだから。
忌々しそうに、見上げていたのだから。
誰? と鉈内は尋ねていた。
すると少年はこちらをギョロリと眼球だけを動かして睨みつけてくる。鉈内はその恐ろしい形相に一歩後退していたらしい。
その反応を見た少年は、右頬までを隠す前髪や全体的に長く伸びている黒髪の中から光る眼光を尖らせて、
『殺すぞ』
……開口一番に殺すぞときたのだ。
さすがにカチンときた鉈内は、薄く笑いながらも怒りでこめかみをピクピクと動かして、
『いやいや、いきなり殺すぞって君さぁ。なに? もしかして構ってほしいわけ? つーか殺すって言われても、僕ってば綺麗なお姉さんのエスコートないと天国行く気ないんだわ』
『なにほざいてんだテメェ。よほど爆笑必至の死体に加工されてぇように見えるが、まぶた剥ぎ取ってやろうか? あ? テメェの目ン玉で目玉焼き作って採点してやろうか?』
初対面での会話がこれだ。
その後、二人は本気で殴り合ってお互いをボコボコにしたらしい。墓の掃除をしていた七色夕那が駆けつけてみれば、そこには『映画の撮影?』と思われても仕方ないほどの大乱闘が起きていたそうな。
これが……出会いだ。
この最悪の出会いこそが彼らの出会いだ。
故に、犬猿の仲という彼らの関係も納得できるかもしれない。
「どうよ? 初対面でいきなり『殺すぞ』だよ? 口が悪いってもんじゃなかったよ、まったく」
「……しかし、なぜハッチーはいきなり君に殺すだなんて言ったんだい?」
「ああ、それは本人が言うには『ガンを付けられているように見えた』らしいよ。だから、つい『くせ』で脅したんだって」
五月雨はチラリとベッドへ視線を向けてみる。
そこには七色夕那が当時の苦悩を思い返すように腕を組みながら、
「そうそう、こやつらマジで殴り合ってて、ホントに儂のような華奢で可憐で大人しい女の子が仲裁できたのは奇跡だったんじゃ。おお、思い出すと怖くなってきたのう」
「いや、あなた普通に僕とやっくんに腹パンして場を収めて―――」
「でな!! それでな!? ちょうど翔縁が速水と遠出してるときに、夜来のアホを拾ったから翔縁も夜来もお互いが家族だということを知らなかったのじゃ!! じゃからな!? そうなって原因は連絡をしてなかった華奢な儂にもあるのじゃと思うと、罪悪感で夜も眠れんのじゃよ!! ほら!! 儂ってば華奢でか弱いから!! 女の子だから!! 儂ってば少女だからああああああ!!」
「分かったから落ちついたほうがいい。傷口が開く。というより、女の子はもう少しおしとやかにね」
五月雨の冷静な指摘によって息を整えはじめる七色。しかし七色は鉈内にギロリと恐ろしい視線を向けてくる。
結果。
鉈内は『ああ、言わないでおこう』と過去の出来事を己の内に封印する。それも、心の地下深くにある核シェルターへと封印して封印して封印した。それはもう、厳重なロックまでかけておいて。
「まぁ、だからこそ、僕はあのアホがいなくなっても気にしないから。『勝手に行って勝手に死ね』……そう、あいつには伝えたこともある。だからカウンセリングは必要ないよ」
「……そうかい」
「まぁ、あれだよね。夕那さんにはカウンセリング必要だと思うけどね~」
七色はビクリと跳ね上がる。
そしてニヤニヤ顔を浮かべている鉈内に激昂した。
「な、なぜ儂は必要なんじゃ!! あんな不良息子、そのうち家での一つや二つするとは思っていたから問題ないわい!! どーせ元気に儂のことなんて忘れて過ごしてるもん!! 儂関係ないもん!!」
「そこの枕、何かシミできてるんだけど」
「っ……!?」
鉈内の指指した方向には、七色が使っている白い枕がベッド上にあった。……一部の場所だけ水でも零したのかと疑うほどシミになっている枕が。
慌てて枕を背中に隠した七色の、無理な弁解が幕を上げた。
「こ、これはその、ジュースこぼしちゃって……!!」
「あれれー? この部屋で飲み物を飲んだ形跡ゼロなんだけどなー。ゴミ箱にもペットボトルとかなかったし」
「あ、あう……え、えと!! その、これは寝てるときのヨダレで―――」
「こんなにヨダレは出ないでしょー。ってか、出たらびっくり仰天だわ」
「う、うぅぅ!!」
唸った見た目幼女は、隠してた枕を両手で見せつけるようにつき出し、
「こ、これはお漏らしだもん!!」
「その言い訳ダメじゃね!?」
「儂ってばホントは八歳だもん!! しょうがないもん!! だからおしっこ出ちゃったんだもん!!」
「自分からコンプレックスを盾にするほど認めないの!?」
「ば、ばぶー!! あうあうー!!」
「ああもう分かったから涙目で無理にロリを肯定しないで!! 赤ちゃんの真似とかも自虐にしか見えないからやめて!! ちょーやめて!!」
黒髪ロングストレート。金色の瞳。そしてロリ。三つの武器を兼ね備えた見た目幼女は、自分からロリを肯定したことを悲しみ、うるうると涙目になっている。
幼い子供をいじめたような感覚に心をえぐられた鉈内は、泣き出しそうになっている七色の傍に駆け寄って頭をひたすらになでてやった。
……それでも、七色の金色の瞳からは涙が溢れかえっている。もはや大噴火直前と言ったところだろう。
「か、からかい過ぎて悪かったって!! ね? 泣き止んで? 今度お菓子買ってくるから」
「な、泣いてないもん!! 儂強いから泣いてないもん!! ―――でもお菓子はいるもん!!」
……もはや、完全に親子の立場が逆転している光景だった。
そこで、五月雨乙音がゴシゴシと袖で目をこすっている七色にこう言った。
「七色。そろそろ本題に入ったほうがいいのではないかな?」
「わ、分かっとるわい! ただ、その、ちょっと目が痒くて……!! あ、泣いてないからな!? 儂は泣いてないからな!? 目が痒いんじゃからな!?」
「君は本当に根本が幼いね」
五月雨に促された七色は、鉈内を見上げて口を開く。
先ほどからかわれたことに苛立ってるのか、少々意地悪にこう言った。
「このチャラ息子!! お主は一度ヨーロッパでその根性を叩きおなして来い!!」