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無言は怖い

 ……最悪だ。

 その単語以外に『病院までの道のり』を表す方法が存在しなかった。肩を落として息を荒げている鉈内翔縁は、次々と襲いかかってきた『不運』を思い返す。

(と、トラックと事故りそうになるし、犬の糞踏んだし、何かよく分からないけど僕の顔みて小さい女の子泣き出すし、捨てられてたガム踏んだし、カラスの糞が上から落っこちてきて当たりそうだったし……なにこれ!? はぁ!? マジで何かついてないよね!? 僕ってばマジで今日死ぬの!?)

 鉈内は中央病院にまで既にたどり着いていた(あらゆる不幸のおかげでボロボロだが)。もっと具体的に言えば、彼は現在病院の廊下をフラフラと歩いている。七色夕那の病室までのルートなので当然だ。が、そこで疲れきった顔をしている鉈内の視界に自動販売機が映りこんできた。

「……休憩、するか。夕那さんにも何か買ってってあげよ」

 ため息混じりに呟き、自販機の前まで歩み寄る。

 サイフを取り出し、小銭の中から金色に輝く五百円玉を掴み取って、コイン挿入口へ押し込もうとした―――瞬間。

「のわあああ!?」

 手元が狂ったのか不運の連続なのかは知らないが、見事に五百円玉は自販機の下へ落下してコロコロと転がってしまった。しかもご丁寧に自販機と床の間……さらには奥深くへ入り込んでしまい、鉈内の腕では通らない場所で停止する。

「ぎゃ、ぎゃああああああああああああ!! 五百円があああ!! 十円二十円ならともかく五百円があああああ!!」

 パニックになった鉈内は即座に自販機の下へ手を潜り込ませる。膝を床につき、汚れようとも、五百円という素晴らしい価値を持つコインを見捨てることなんてできなかった。

 ……まぁ、しかし結局。

「ぜぇ、はぁ……!!」

 疲労の影響で四つん這いになってダウンする鉈内という結果に終わった。五百円玉の潜む場所はめちゃくちゃ奥のようで、とてもじゃないが届かない。いっそのこと自販機ごと粉々にぶっ壊してやろうかと思案した鉈内だったが、

「……ま、まぁ。それはあの前髪クソ野郎と同じ原始的行動だし、やめといたほうがいいよね。僕ってば知的生物だし」

 鉈内はあの少年のことを思い出す。

 一体、彼がどこで何をやっているのか未だに確かな情報が握れていないのだ。雪白千蘭や唯神天奈たちも血なまこになって捜索していたらしいが、『不自然なほど見つからない』のである。まるで、裏で何かが手を回しているような気味の悪さ。

 さらにつけ食われば、



「自主退学、だっけ……」



 そう。

 速水玲の話によると、夜来初三は学校をやめる気らしい。正確には、やめる手続きを済ましたあらゆる書類が速水の自宅のポストにぶち込んであったそうだ。速水の意向からその退学に関する書類は学校側に送っていないので、実際はまだ私立天山高校に在籍していると言っていい。

 だが、夜来初三は学校をやめようとしたのは事実。

 もともと彼は不登校だったため、そういう自主退学を実行する確率も低くはなかったが、あまりにも急すぎだ。

「ったく、あのゴミは消えてからも夕那さんに迷惑かけんだよねー。マジでさぁ、失踪するのも蒸発するのもどうぞご勝手にだけど、夕那さんとか雪白ちゃんたちに迷惑かけるのはなめてるわ。のこのこ帰ってきやがったらホントに殺してやろっと」

 軽い調子で笑った鉈内。

 立ち上がって歩き出した彼は、実際のところ『薄々は気づいている』のだ。夜来初三が何か『危ないこと』に首を突っ込んでることは、大方の予想がついている。他の者はどう考えているか知らないが、鉈内は確信を持っていた。

「まぁ、どこで暴れてんのか知らないけど―――僕は心配なんざしないからね」

 きっと、彼はどこかで喧嘩でもしているのだろう。あくまで予想の範疇にすぎないが、どうせその辺の路地裏でゲラゲラと笑いながら暴走しているに違いない。

 ……具体的なことは知らないが、大体その辺だろうと自信を持っていた。

(勝手に行って勝手に死ね。勝手にやって勝手に殺されろ。勝手に動いて勝手に失せろ。―――葬式くらいはいってやっから、精々綺麗な死体で帰ってくるんだね、クソ野郎)

 七色夕那の病室にまで向かっている鉈内は、足音を鳴らしながら歩いている。そして、笑っていた。まるで『夜来初三の心配をすることが無意味』だと言うように、笑っていた。失笑していた。

 呟く。

「あいつは心配されるほどヤワじゃないし―――マジで『どうでもいい』んだわ」

 夜来初三の心配をする必要がないからこそ、鉈内はいつも通りの笑顔だった。夜来初三という―――短気でガラの悪い、喧嘩っぱやくて、無駄に腕っ節が強い、心配なんてされるほど『弱くない』クソったれの悪人に構う必要なんて皆無だからだ。

 鉈内から言わせてみれば、七色達があいつを『心配している理由』こそが分からない。それほどまでに鉈内翔縁は―――あの犬猿の仲であるクソ野郎を信頼しているのか興味がないのか。

 それはきっと。

 本人達にしか分からない。

「さーてと。あの浴衣ロリちゃんは元気にしてるのかねー。なんかベッドでピョンピョン跳ね回ってそうで怖いわー。いろんな意味でちょー怖いわー」

 七色夕那の一人だけが入院している部屋の前にたどり着いた。ドアを見上げた鉈内は、小さく苦笑して入出する。ガララ、と開閉時に響くドアの音と共に病室へ足を踏み入れた……その瞬間。

「あ」

 鉈内は見た。

 五月雨乙音に着替えを手伝ってもらっている七色夕那の―――幼いロリボデイを。彼女はほぼ完全に上半身裸だった故に、ああこれマズイな殺されると判断したそのときにはもう遅い。

「……………………………………………………………………………………………………………………」

 無言で鉈内を見つめてくる七色が足元から拾い上げたスリッパが、気づけば鉈内の鼻っ柱に激突していた。悲鳴も上げずにスリッパを本気で投擲した七色は終始無言。

 ……こういう、『無言で怒る』人ほど怖いものはない。そう確信した鉈内は、床に倒れたまま半笑いだった。

 ただ、これも今朝から続く不運の中に入るのかなと思ったが、可愛い幼女(見た目)の裸を見れたし、真逆の幸運ではとも考えた。

 しかし。

 その可愛い幼女とは鉈内翔縁の母親なため、正直嬉しくもなんともない。故に鉈内は小さくぼやいた。

「……雪白ちゃんだったら良かったなぁ」

「乙音、ちょっとこやつに座薬を五つほど打ってやれ。熱があるようじゃ」

 瞬時に己の尻をバッと隠した鉈内は、間違いなく羞恥プレイに突き進むであろう地獄を前に、美しい土下座を行った。

 

 

 

 

 


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