友として
五月雨乙音は七色夕那が横たわっている病室へ訪れていた。未だに重傷であることに変わりはないため、七色は目を覚ます気配すら皆無なはず。
なぜなら、腹部をその辺に転がっている木の棒が貫通したようなほどの……傷口のサイズだ。内蔵にまで影響があった故に出血量も凄まじかった。それでも奇跡的に、『死なないよう』応急処置をした後のような状態でもあったため、無事に命を取り留めることができたのだ。
よって、意識は以前変わらないまま深い場所。
だと思っていたのだが、
「……ここは」
「ふむ。相変わらず君の回復力には驚かせられるね。よくもまぁ、その状態で意識を取り戻したものだ」
瞼を持ち上げた七色夕那。
彼女の腕には、輸血用のパックから伸びているチューブがあった。それだけでも己の傷が深かったことを自覚したのか、七色は薄く笑って、
「……人生は波乱万丈でこそ面白みがあるのう」
「その趣味は死なない程度にしておきたまえ」
長年の歳月から色素が抜けてしまったのだろう、灰色じみた長い髪を揺らして近寄って来た五月雨。彼女を見上げたベッドに寝たままの七色は苦笑するように笑って、
「で、あのバカ息子どもはどうなんじゃ……?」
「鉈内が結構重傷だね。君に会いにこちらまで来たようだが、喧嘩でもしたのだろう。いたるところがボロボロだった。あの傷でここまで歩いてきたのは、ある意味凄まじいことだが、今では治療を受けている。世ノ華も溜め息を吐いていたよ」
「……あのチャラ息子め。余計な真似をしおって」
鉈内が『どこで』『誰と』『何をした』のかを簡単に推測できたのか、七色は溜め息を吐いてそう呟いた。確かに、これでは七色が傷を負った理由が薄れた気がしてならない。まるで無駄死にのようだった。
「それで、不良息子のほうは、どうしたんじゃ……?」
「それがね―――帰ってこないんだよ」
軽く首をひねった五月雨乙音。
その言葉に、七色も少々体を起こして、
「どういう、ことじゃ……?」
「ああ、そういうことじゃないよ。敵に殺されたとか、行方不明になった……みたいな理由じゃない」
「じゃ、じゃあなぜ……」
「雪白もつい先ほどこちらに来たんだが、まぁ、途中で彼女は迷子になってたらしい。それで時間がかかってこちらにたどり着いて、とりあえず息が荒いから私が水でも渡そうとしたんだがね。―――そのときだよ。彼からのメールが、雪白の携帯に届いたんだ」
眉を潜めた七色。
「メール?」
「そう。本当に、簡潔な内容の一文さ。彼らしい、ね」
五月雨は口を開き、
メールの一文を告げる。
『しばらく帰らないから七色のガキと他を頼む』
ただそれだけ。
ただそれだけの別れに等しい言葉。
「当然、雪白は病院から飛び出して街中を探し回っているよ。他の子には知らせていないが、まぁ、いずれは時間の問題だろう」
「……」
黙り込んだ七色は、そこで傷の痛みに呻いた。
寝てなさい、と五月雨に促されてベッドへ沈むように横になる。
しかし。
七色だけは、どうしても『夜来初三が消えた』理由に心当たりがあった。
それはあの日―――祓魔師が街で大暴れをし、混乱を巻き起こしていたときに訪れた一人の男だ。ニコニコと笑っていて、金色の趣味が悪いスーツを着用している、あの男。
あの男は、自分にこう言っていた。
―――夜来さんが自分から僕たちのもとへ加わったとしたら?
嫌な予感がする。
確かに、単純に夜来が遊び呆けてブラブラとあてもない旅に出ている可能性も否定できない。しかし、明らかにそういった『平和的』な方向には進んでいない感じがする。
まさか、と七色は心で呟く。
しかし現実はサクサクと進んでいくことに変わりはない。
「……戻ってくれる、かのう」
消え入りそうなほど、震える声だった。
七色はもう一度、不安の色で構成された声で、
「あやつは、きちんと戻ってくれるかのう……。また、会えるかのう……」
それは誰にも答えられない。夜来初三の行方は現在進行形で手がかりすらない。しかし本人はきちんとメールで帰宅できないことを知らせている故に、行方不明でもなければ殺されたわけでもないだろう。雪白でさえ、彼の居場所には見当もつかないのだ。
夜来初三。
いま。
彼がどこで何をしているのか、それは誰にも分からない。
しかしそれでも、五月雨は七色の頭をポンポンと叩いて、
「すぐに会いに来るさ。ママっ子なのだろう? ならばすぐに飛んでくる。絶対に会える」
「……そうじゃな。きっと、また不機嫌そうな顔をして、会いに、来るじゃろうな」
「そうだよ。だから寝たほうがいい。今はね」
コクリと頷いた七色を背に、五月雨乙音は立ち去っていく。今の七色には、まだ面会謝絶の形を下ろさないほうがいいだろう。それを速水に連絡をしに病室を出ていった。
足音を鳴らしながら、医者である彼女は七色の不安を取り除く方法を模索し始めた。
それは医者としての仕事ではなく。
七色の友としての仕事であろう。