アホ
「……ん」
視界に光を取り戻した鉈内翔縁。
気絶していたのか、彼はすっかり意識を失っていたようだ。ようやく覚醒した鉈内は、そこで自分の状態に気づく。何やら襟首をひっつかまれて、スーツケースを運ぶように引きずられていることに。
ちなみに、鉈内を引きずっているのは世ノ華雪花だ。
「え、ちょ、どういう状況!? 僕はてっきり、負傷した仲間を優しく抱っこでもして家まで連れてってくれてるのかと思ってたんだけど!?」
「だから連れてってるじゃない」
「引きずってるだろ!! それはもう優しさが感じられないから!!」
溜め息を吐いた世ノ華は静かに息を吐く。
そして解放してやった鉈内に振り向き、
「まったく。あんたはアホか」
「ほぶっ!!」
結構手加減なしの……というか割と本気のチョップが鉈内の頭に振り下ろされた。情けない悲鳴を上げた鉈内に溜め息を吐いて、世ノ華は言う。
「あんな戦い方して……下手したら死んでたわよ?」
「あー、心配してくれちゃってんの? いやー、そういうのマジ嬉しいけどさ。ごめんねー、僕ってば清楚で巨乳な子しか興味ないから。貧乳金髪オラオラ系の世ノ華は無理なんだわー、あっはっははははははは―――ほがっ!? い、いたたたたたたったたたたたたたた!!! 死ぬ!! 死ぬうううううううう!!!」
謝罪するように手を合わせてニコニコと笑いながら馬鹿にしてきた鉈内に、本気の本気でヘッドロックをかましてやった世ノ華。死にかけている鉈内の断末魔の叫び声に舌打ちをして、渋々手を離してやる。
咳き込んでいる鉈内にまたまた溜め息を吐いて、
「で、何かいうことがあるんじゃないの?」
「ああ、サンキュね」
「軽すぎるだろ。あんた、ここまで運ぶのに苦労したのよ? おかげさまで私は腰痛が早めに来そうよ」
「とかなんとか言っちゃってー、ホントは腰が痛いからやっくんにマッサージしてもらおうとか考えてんでしょ?」
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………そんなことないわ」
「すんごく説得力のない間があったよね!?」
世ノ華は心で、『その手があったああああああああああああああああああああ!!』と、予想もしなかった鉈内の考えに歓声を上げていた。まさか腰痛からマッサージという向きに持っていくとは……と、ニヤニヤ顔が浮上しないよう細心の注意を払って歩き出す。
隣に並んだ鉈内は、やはりバランスをうまく取れていなかった。
故に世ノ華は仕方なそうに、
「肩、かしてあげてもいいわよ」
「んー? ああ、いいよいいよ。だって、僕のことさっきまでは『抱きかかえて運んで』くれてたんでしょ? これ以上は迷惑かけらんないよ」
「っ!? な、なんで知って……!!」
「腕とか胸あたりの服、ちょー濡れてるじゃん」
指摘されて見下ろしてみれば、確かに服にシミのようなものが広がっていた。水たまりが跳ねた……とは言い難いほどの量である。となると、『水たまりに濡れていた体』だった鉈内を抱きかかえていたとしか答えはでない。
「ひ、人の気遣いを無駄にするな!!」
「っぎゃ!! い、痛い痛い!! マジ痛いホント痛いからやめてマジ!!」
バレてしまったことにイラついたのか、世ノ華は鉈内のすねを思い切り蹴っ飛ばした。涙目になって痛がる鉈内は、そこでふと気づいたように周囲を見渡して、
「あれ? 雪白ちゃんは? 一緒じゃないの?」
「ああ、雪白なら先に帰ったわよ」
「え、マジで? 僕のこと置き去りにして? 結構傷つくよそれ」
「違うわよ。七色さんのほうに向かってるの。何か、体調が良くなってるらしいから。―――七色さん、無事らしいわよ」
「……そっか」
安堵の言葉を呟いた鉈内。
その反応に苦笑した世ノ華は、ぼやくように話題を変えてみせる。
「あーあ、ホントは私は兄様のところに行きたかったんだけどなぁ」
「あ、そういや、なんで二人は僕のとこ助けに来たの? あ! アレなの!? 実は僕のほうがカッコいい的なアレなの!? アレなんでしょ!?」
「妄想も大概にしなさい。兄様とあんたじゃ、ミジンコと福沢諭吉くらい格が違うわ」
「違いすぎるだろ!!」
世ノ華はクルリとその場で一回転して、
「まぁ、本当のことはさておき」
「冗談じゃねーの!?」
「兄様は今回、『助けちゃいけない』って思ったの。誰よりも兄様は負けた自分に腹がたってた。怖いくらいに。だから―――ここで助けたら、それこそ兄様を『傷つける』だけだと思った……のよ」
思わず目を見開いた。
世ノ華達の判断能力の高さに感心したのだ。確かに、鉈内もわかっているが、今回の件に関して夜来初三に手助けはいらない。手助けなんてしたら―――夜来のプライドを傷つけるようなものだ。
つまり助けないことが助けになる。
そこのところを理解している世ノ華に思わず笑った鉈内。
二人は、早足で七色のもとへと向かっていく。