夜来初三とは正反対
音がおかしかった。
普通、頭めがけて刀を振り下ろしたのならば、脳みそが散らばる気持ち悪い音や頭蓋骨が割れて砕ける破壊音が鳴り響くはずだった。
なのに。
生まれた音は。
ガッキイイイイイイイイイイイイイン!!!! と、コンクリートの地面に激突して発生した甲高い衝撃音だ。
当然、伊吹連は無事。頭に突き刺さったはずである刀の感触がないことに眉を潜めた。よって、鉈内の顔を倒れふしたまま見上げてみる。
そこには。
「お前……なにを」
歯切りしを立てて、伊吹の頭スレスレの位置にあった地面に刀を叩きつけていた鉈内翔縁がいた。寸前のところで狙いを逸らしたのだろう。しかし狙いを逸らす理由が分からない。
もう一度、伊吹は怪訝そうな表情を浮かべながら、
「お前、なんの、まねだ?」
鉈内は答えない。
「俺……を、殺すん、だろ?」
鉈内は答えない。
「なの……に、貴様は何をやって、る……?」
鉈内は答えない。
ただ、顎が壊れるのではと心配になるほど奥歯を噛み締めていた。
そして。
ポツリとつぶやくように、言う。
「―――せ―――い」
「? な、に?」
鉈内は大きく、宣言するように告げる。
「殺せ、ない!!」
その言葉には伊吹が一番驚いていた。
しかし鉈内は吐き出すように続ける。
「殺せ、ないんだよ……!! 夕那さん刺したテメェらを、どうしても、どうしても僕は殺せないんだよ……!! ―――『人を純粋に殺せない』んだよ……!!」
馬鹿だな、と鉈内自身自覚していた。
あれだけ容赦なく戦ったというのに、いざ『殺す一歩手前』までたどり着いた瞬間、彼はこうして『元に戻る』のだ。敵にさえも手を差し伸べるような、いつもの鉈内翔縁へ戻ってしまうのだ。
彼はきっと。
そんな自分自身に混乱している。
「本当、失望させられる、お前には」
伊吹は愚痴るように言って、
鼻で笑う。
「前言撤回……だ。お前……は、夜来初三と似て……いない。結局、お前は非情になんか……なれないチキン野郎だ。俺が……保証して、やる。お前はいくらあがいたところで……夜来初三と正反対……というポジションは変わらん。お前は白―――夜来は黒。それは、やはり変わらん……な。お前は夜来初三とは真逆の人間だ。バカみたいに……お人好しの、スーパーヒーロー気取り……とでも言ったところ、か。だからお前は悪役にさえ……成りきれないだろう。―――どこまでもどこまでも、敵・味方問わずに手を差し伸べるアホだ。自分の母親を殺そうとした……俺に情けをかけるほどにな」
「だ、まれ……!!」
「黙れ、だと? バカか……お前は。黙れせたいなら、俺を『殺せ』ば……いいだろう。さっさとその刀を……振り下ろせ。それだけで、俺の耳障りな独り言も……貴様の母親を傷つけたクズも……まとめて一掃できるぞ。ほら、やれ。さっさとやってみせろ、チキン」
もちろん。
鉈内にはできない。
人を傷つけることに抵抗がある。人を一方的に潰すことに抵抗がある。人をただ殴り消すことに抵抗がある。
そんな単純な理由で、彼はあれほど憎んでいた敵を処分できない。
故に。
鉈内は自分自身に激怒しながらも踵を返して立ち去っていく。
遠ざかっていく足音。
それを耳にしながら、伊吹は笑い声を上げた。
「く、っはははははは!! あっはははははははははははは!! 本当に甘いな!! 何だその甘さは!! お前は砂糖から生まれてきたのか!? バカだ!! 純粋に馬鹿だ!! 本当に甘すぎて胃がもたれてしまうなぁおい!! ―――二度と『こっちの世界』に関わるな。これは忠告だぞ。貴様のような『善人気取り』が首を突っ込んでいい世界じゃないんだよ、こっち側は」
鉈内は振り返らない。ただ歩きさっていく。
それでも伊吹は声を大にして言い放つ。
「貴様のような光が俺たちのような闇に触れれば、こっちの闇は貴様の周囲をも飲み込むぞ!? 貴様のような敵に情けをかけるようなヤツが関われば、一瞬で首が飛ぶぞ!? それが嫌ならば二度と俺たちの世界に触れるな!! それはもちろん―――夜来初三に関してもだ!!」
そこで。
初めて鉈内の歩行が止まった。それでも振り返らずに、聞き耳を立てている。
その反応に口の端を上げた伊吹は、
「貴様のような光が夜来初三のような闇と関わっている時点で間違っているんだよバカが!! 分からないのか!? 夜来初三は闇じゃない、悪じゃない、だのと吠えていたよな? お前は馬鹿だ。夜来初三がいかに『鉈内翔縁と正反対』かを理解していない!! あれは貴様……いや、貴様らのような白い人間が触れていい存在じゃない。あれはただの悪人だ。―――本当の意味で、悪人だ。忠告はしたぞ? 夜来初三は悪だ。よって、俺たちのような『同類』を呼び込む。故に、貴様のような光がその周りをウロチョロとしていれば巻き込まれると言っている」
「……」
「これは貴様のアホっぷりで命を拾ったことに対する礼のようなものだ。もう一度言っておく。―――夜来初三のような闇と関われば、貴様や貴様の仲間のような光は巻き込まれる。傷つくことになる。だから―――関わらないほうが、少しでも生存率を引き上げられる」
「……」
最後のセリフをきちんと頭に叩き込んだ鉈内は、ボロボロの体を引きずって立ち去っていく。遠くから世ノ華や雪白達が駆け寄ってくる姿が見えたが、今の彼にはそれを気にするほどの余裕さえもなかった。
『善人気取り』。
伊吹は自分をそう評価した。
そこに対するイライラと、単純に伊吹から受けたダメージが爆発したのか……。
鉈内も静かに地面へ倒れ込んだ。
チャラ男VS狐
ようやく二人の戦いに幕を下ろせました。鉈内くんは、やっぱり『善人主人公』らしい終わり方にしてみました。
一般的に見て善人主人公。純粋系主人公である鉈内くんらしい・・・終わり方だと思っていただけたら幸いです。