無情
「あ、っが……!?」
腹の中心部分に生じる違和感。内側から伝わってくる冷たい鉄の感触。それら全てに痛みを感じるほどの余裕がない伊吹。もはや痛覚なんてものすらも麻痺しているのかもしれない。
そして。
それほどの重傷を負った結果といえば実に単純。
スプリと生々しい音を立てて、鉈内は伊吹の体から日本刀・銀刀を抜き取った。
「くっ、そ……!!」
バタリ、と受身すらも取れずに膝を地面へつき、伊吹は胸から沈むように倒れふした。水たまりに服や顔が濡れて、出血が水と混じっていくが、いちいちその程度のことに気を遣うほど気力が残っていなかった。
そんな伊吹は呼吸を荒げる。
それでも自分を見下ろしている鉈内へ薄く笑って、
「ほら、どうし……た……? 殺すん……だろ、う? さっさと、やれ……!!」
「……」
「で……きれば、いじめないで……もらえると、助かる、がな……!!」
必死に言葉を紡ぎながら、敗北を認める伊吹。
そこで、無理に笑っていた彼の口からドロリと血の塊が吹き出す。
明らかに立ち上がることは不可能。
その事実を改めて自覚したのか、伊吹は再び笑って、
「だめ、だな……これは。ああ、言っておくが……殺すなら……早めにし、ろ。俺は仮にも……怪物を、宿し……た悪人だ。止め、を刺さなければ……死なない……ぞ」
「分かってるよ」
凍るような一言。
鉈内は輝く銀色の刀を頭上高くへ振り上げた。
「遺言は?」
「そう……だ、な……。―――ザクロさん、に……役たたずで申し訳ない……と、謝罪……したかった、な……」
「そう。そりゃ残念」
もはや鉈内の顔は生気を感じさせない。
まるで人形だ。眉一つ動かさずに敵を殺すだけの殺戮人形。兵器よりも恐ろしい、感情ゼロの瞳。躊躇いのない豹変は、まさしく今までの鉈内翔縁という存在からはかけ離れすぎていた。
さすがに、その様子に身震いしたのか、遠くで世ノ華や雪白がぎょっとしている様子が視界の端で見える。それでも鉈内は止まらない。彼はまさしく―――『殺し合い』に適用しすぎていた。
情けなんてかけないから隙さえも見当たらない。
その『殺し合い』に特化した完璧さに、伊吹は素直な感想を告げた。
「く、くくく。似ているな、貴様……。本当に―――夜来初三と……同じだ……。その非情性は……この先、大きな武器に……なる。大事にする…んだな……」
「アドバイスどうもありがとう」
じゃあ、と続けて。
鉈内は言った。
「死ね」
その一言は何よりも鋭い刃物のようだった。
ドライアイスよりも冷たい一言だった。
しかし。
鉈内は止まらない。
振り上げたままだった輝く刀を勢いよく―――振り下ろす。同時にその両目は見開かれる。筋肉がブチ切れるほどに力を込めて伊吹の頭部へ迫っていった。
死を覚悟した伊吹の顔は。
どこか清々しい笑顔が誕生していた。