どちらも重傷
夜来初三の獰猛な表情が濃さを増した。
つまり、そろそろザクロの顔―――脳みそは粉々にされて吹き飛ぶことだろう。その事実は誰がどの視点から見ても夜来初三の顔で分かる。あの表情とは言えない凶暴な顔からして、察せる。
だが。
後頭部を鷲掴みしている夜来がザクロの顔をまた地面へ叩きつけようとした―――瞬間。
「殺しちゃだーめですよぉ夜来さん」
聞き覚えのある明るい声が耳の中に入り込んできた。
ギョロリ、と目玉だけを動かして横へ視線を向けた夜来が見たのは、趣味の悪い金色のスーツを着用している若い男。金髪の混じった黒髪をオールバックにしている上岡真だ。
そして彼の隣に立っている白スーツを着用した赤髪の男。つまり、夜来初三と深い深い因縁のある豹栄真介がいた。
上岡はニコニコと笑顔を浮かべながら、
「まったく、夜来さんは短気ですねぇ。殺しちゃダメですよ? ザクロさんは」
「……約束が違うんじゃねぇのか?」
「いえいえ。言い方が悪かったですね。―――『まだ』殺しちゃダメです。夜来さん、お忘れですか? 七色さんを襲ったのも、雪白さんを人質にとったのも、全てそこでボロボロになってるザクロさんや、由堂清だけではありません。他に、『大勢の敵』である『エンジェル』という組織が隠れてるんです。ここでザクロさんをちょちょいと殺しちゃったら―――七色さん達の敵になる者の情報を掴むチャンスを失いますよ?」
「……」
その考えには納得できる。
よって、黙り込んだ夜来は、ザクロの髪を片手で掴んでぐいっと顔を持ち上げ、
「コイツの爪でも剥がして拷問しようってわけか?」
苦痛に顔を歪めているザクロには微塵も興味を向けない夜来。
上岡はそんな恐ろしい化物にも笑みを絶やすことはない。
「というか夜来さん、無理しちゃダメですよ?」
「あ?」
「『限界』なんでしょう? ザクロさんもボロボロですし、一度、呪いを解除したほうがいいのでは?」
反論ができなかった。
確かに、夜来はこれ以上『サタンの呪い』を使うことが不可能だった。正確に言えば、これ以上使用すれば呪いの侵食が完全に身も心にも広がっていく。些細な力一つでさえも、扱うことは許されない状態だったのだ。
故に。
チッ、と舌打ちをしてザクロから手を離し、一歩下がる。
「っくっそ……!! 上岡、貴様……!!」
「あっはは。ザクロさんの負けっぷりを拝められて光栄ですよ。まぁ、夜来さんも戦えない状態ですから、正確に言えば引き分けですかねぇ」
上岡を睨みつけているザクロの瞳には絶望していない意思があった。熱を覚ますことのない目の色は戦う気が未だにあるということだろう。
そこで。
ザクロはぐぐぐっと震える膝に手をついて立ち上がり、
「私たちの目的、を知りたいんだったか? 夜来初三……」
「バカ正直に答えるのか?」
尋ねてきた夜来に対し、
ザクロは鼻で笑う。
「ああ、答えてやる。七色さんを刺した理由もな」
「……なんでだよ」
「―――褒美だよ。それに、こっちの目的をある程度告げたとしても何のデメリットも生まれないからだ。私たち『エンジェル』の目的が何か貴様が知ったところで、こちらに不利はないからだ」
「余裕こいてんのか……?」
「好きなように認識しろ。それに―――そろそろ話し合いをしなくては、貴様も持たないだろう? そんな体じゃ」
その通りだった。
頭から血を流しているのも、体中をズタズタにされているのも、疲労で足がガクガクと揺れているのも―――夜来初三とザクロの両方なのである。
どちらも重傷。
怪我のレベルはほぼ同じ。
双方は等しくボロボロだったのだ。
「まず第一に」
ザクロは呟くように語り始める。
―――目的とやらを。
「私は七色さんへの恩返しの為に七色さんを殺そうとした」