殺人術
―――イメージしろ。
夜刀を握り直した鉈内翔縁。
さらに握力を増大させる。とにかく刀そのものを握りつぶす勢いで力を加える。奥歯を噛み締めて、頭痛が発生するほど全身に意識を集中させる。
そして。
もう一度だけ言い聞かせる。
―――イメージしろ。
しかし。
そこで鉈内の口から赤黒い塊がびしゃびしゃとこぼれ落ちた。つまり吐血。血だ。それは先ほど叩き込まれた伊吹の蹴りによる影響なのか、純粋にダメージが溜まりすぎて爆発したのかは分からない。
だが。
鉈内はそれでも戦う意思を曲げることはない。
リタイヤなんてもっての他だ。故に口元を拭って、改めてすべきことを実行する。
(イメージだ、イメージしろ。とにかくイメージしろ。―――あの前髪クソ野郎をイメージしろ。思い出せ。アイツの戦い方を思い出せ。そしてイメージだ。―――夜来初三に少しでも近づいて見せろ……!!)
今までに見てきた夜来初三の非情性・冷酷性・冷血性・全てを記憶の扉から引きずり出した。なぜ、そんなことをしているのかと言えば理由は明白だ。
この戦いに勝つため。
鉈内翔縁に足りない―――『殺す技術』を鉈内翔縁本人が掴み取るため。
速水玲も言っていた。君は『殺し合い』に関しては素人だと。そこが足りない部分だと。―――目の前の敵、伊吹連も断言していた。武術に頼るようでは、お前は絶対に勝てない、と。
だから、
鉈内翔縁はそれら全ての指摘を改善するために。
視界に映っている敵を粉砕するために。
『殺す技術』を用いている夜来初三の殺人術を―――イメージする。
夜来初三に近づけ。
少しでも夜来初三と同じになれ。
アイツのような非情を手に入れろ。
「おおおおおぉぉああああああああああああああああああああ!!」
絶叫と共に、
鉈内翔縁は走り出す。
口から溢れ出てくる真っ赤な液体を吐きこぼし、鉄臭い匂いに鼻を刺激されながらも、
自分の母を苦しめたクソ野郎を『ぶち殺す』ために。
(何の、真似だ……?)
伊吹連は走り迫ってきた鉈内翔縁が握りしめている一本の黒い日本刀・夜刀へ視線を向けて眉を潜めた。しかしそれも当然だろう。鉈内が持っている夜刀とは、純粋な刀なのでリーチが短い。故に、伊吹という怪物の力を扱う人間と近距離戦闘を必然的に行うことになる。
いや、なった。
実際、一度は夜刀でぶつかりあった。
しかしその結果。
『九尾の呪い』とガチンコ勝負をした結果は―――見事に惨敗したのだ。夜刀ではリーチが足りない。近づきすぎると妖力の閃光に対処が不可能。かといって、銃や大砲などの遠距離武器があるわけでもない故に―――鉈内翔縁は天棒という長い打撃武器を用いていたはずなのだ。
リーチも長い。
自由自在に振り回せることで活用性も高い。
それが天棒の特徴だった。
なのに鉈内翔縁は―――再び夜刀を手に取っている。
(余裕ぶっている……? いや、さすがにそこまで馬鹿ではないだろう。ではなぜだ? なぜコイツは、また刀なんて至近距離で扱う代物を……)
思考を深くして鉈内の考えを推測しようとする伊吹。
だがそこで。
空気を切り裂く甲高い音が鳴り響いた。
原因は鉈内が振り下ろしてきた夜刀のひと振り。乱れのない剣筋はさすがと評価できるほどだ。が、伊吹にとってはさして恐怖にもならないレベル。あっさりと頭に迫って来ていたギラつく刃物の落下を回避する。
しかし。
そのタイミングで。
バッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! と、『伊吹の足元にあった巨大な水たまりを鉈内が思い切り蹴り上げた』ことで大量の水しぶきが舞う。
「っ!?」
予想していなかった事態に目を見開いた伊吹。
しかし『その隙』を狙って―――夜刀の鋭い刀身が脇腹へ接触し、
「うっっおおおおおぉぉああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
絶叫と共に夜刀をホームランを打ったように振り切った。結果、噴火するように鮮血の花火が音を鳴らす。
この瞬間。
始めて、伊吹の体に深い深い切り傷が誕生した。