自分が悪い
夜来初三の頭の中で―――何かが弾けとんだ。
いや、既に弾け飛んでいたという方が正しい言い方だろう。
七色夕那という存在に対して、夜来初三はどこか引け目にも似た感情を抱いていた。自分というガキを引き取って、育てて、現在進行形で子供として扱ってくれているあの人に。
引け目を感じる理由とは。
なぜ、自分のような悪人が七色夕那などという光り輝く存在に助けられた? 自分のような闇が七色夕那なんて光に照らされている? 悪そのものである自分が、なぜあんなにも白い人間に救われた?
もちろん、七色夕那が善であるとは夜来初三は思っていない。人を助けるという行為は必ずしも善と断言できるものではないからだ。
しかし。
七色夕那は善とか悪とか―――そういった全てのものを置き去りにして認識してしまうほど絶対的な光だったのだ。
だからこそ、引け目にも似た感情を抱く。
そして、それほどまでに、七色夕那には感謝をしていた。
夜来初三は思った。
そもそも、こうなった原因は何だ? なぜ、七色のガキは腹を刺されて、他の身内にも膨大な迷惑がかかっている? こんなにも自分が血みどろになっている理由とは何だ?
答えはただ一つ。
「俺のせい、か……」
ぽつりと呟かれた自虐的な声。
しかし、夜来の呟きは自虐的であって確かな事実でもある。
敵の狙いは自分自身だ。それは確か、上岡真からも聞いたことがある。連中は自分をメインターゲットにしていることは、これまでの過程からして理解できた。
つまり。
結局。
「全部全部、俺が『悪い』ってことだよな……」
その『悪い』という言葉には。
なぜか―――嬉しそうな声が混じっていた。
自分が悪くて良かった。自分がクズで良かった。自分が全ての元凶―――『悪』で良かった、幸せだ、最高だ、楽しくて楽しくて仕方ないといった具合に夜来は笑う。
爆笑する。
とにかく口を引き裂いて笑い声を上げる。
そうして自分は『悪』だと再認識する。
ズタズタいなっている右腕や体中の出血。赤く染まった顔。痛々しい傷の群れ。
それら全てを無視し、彼は開いた手のひらへ視線を落として、
「そーだよなぁ!! 俺が全部全部『悪い』んだもんなァ!! あのガキが腹に穴ァ空いたのも、他の奴らが不安感じてんのも、何もかもが全部全部俺のせいだよなぁ!! だったら説明つくじゃねーかよオイ!! あっはははははぎゃっはははっはははハハハは!! だってだって俺は『悪人』だーもんなぁ!! 悪人が悪くて当然だよなぁ!? 悪人が悪で必然じゃねーかよ!! 悪が悪で当たり前だろバッカじゃねぇえええええええええええのおおおおおおおおおおおお!??! 俺ってばバッカじゃねーのぉ!? なーに今更になって再確認しちゃってんだぁ!? あぁ!? あっれー!? 何だよなんだよもうわっけ分かんねぇよ―――あっはははははははハハひゃっはははっはははハハハハっ!! 面白ェ!! ちょー面白ぇええええええええええええええ!! やっべー最高だわ!! 最高すぎてマジ爆笑!! 俺のクズっぷりに笑い止まんねーよ!! あっはははははははぎゃっははははははははっはははははは!!! ―――きゃっはははははははははははははははははは!!!! ア―――――――ッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」
楽しそうだ。
自分が悪いという事実に―――夜来初三は心底楽しそうな顔をしていた。
それはきっと。
今までの人生から『自分を悪と肯定して生きてきた』故の結果だろう。自分が『悪い』という答えに大満足で心から納得している証拠だろう。
(何なんだ、一体……!?)
その異様な光景に震えていたザクロ。
しかしすぐに、自分の情けなさを振り払うがごとく長剣を握りしめて、
「図になるな……!! 腐れ悪党がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫が響く。
飛び出して駆け出す。
敵の懐へ入ったザクロは長剣を握り直し、勢いよく後ろへ引いた。さらに間合いが絶好のポジションになった瞬間、全力で振り下ろそうとする。
しかし、
「そうだよ」
バサリ!! と背中から漆黒の翼を生やした夜来。
闇のような羽、黒そのものである色。それらを兼ね備えた直径五メートルを越す翼のオーラは凄まじい。
そのサタンと見分けがほとんどつかなくなった姿は、ギリギリのラインで力を引き出している証拠だ。
そして。
静かに口を開く。
先ほどの罵倒に対して、そう言ってもらえて嬉しいですと言わんばかりの顔で。
「そうだよ―――俺は腐れ悪党だ」
久しぶりに夜来くんの狂気が顔を覗かせましたね・・・こっちのほうが彼らしいです