武術に頼るようでは
瞬間。
握られていた御札は激しく輝き―――銀色の棒へと変化した。長さは役130cm。両手を広げて比べても、少々あまるレベルの非常に長い棒。
(あっちは怪物なんて力を扱うズル同然の野郎だ。さっきの攻撃は視覚できないレベルだし、接近はまずい。だったら夜刀じゃリーチが足りない。刀じゃ近くに接近しなくちゃいけないから少しでもリーチを稼げる天棒がもってこいか)
腰を落としてチーターのように接近する。
伊吹連は鉈内翔縁の扱う武器が変化したことに多少の反応を見せた。眉を潜めている彼は警戒をしているのか、ひとまず距離を取ろうと後ろへ下がろうとする。
しかし鉈内はそれを許さない。
瞬時に、天棒を使って棒術を全力で振るう。
弾丸のように突き出された棒の先端をギリギリでかわした伊吹。その顔には冷や汗が流れている。先ほどまでの夜刀と違って、天棒のリーチの長さを計り知れていなかったようだ。
さらに鉈内は天棒を慣れた手つきで振り回し始める。手のひらで踊るように回転し、その回転力を利用したひと振りは強力な打撃攻撃だ。
右腕で受け止めた伊吹も、夜刀とは比べ物にならない一撃に顔を歪める。
そのダメージが効いている様子に笑みを浮かべた鉈内は、即座に後ろへ後退して安全を確保する。
「どーよ? ご感想は?」
掌でクルクルと棒を回している鉈内はそう質問する。
対し、伊吹は純粋な回答を行った。
「貴様ほど武術に長けたものもいないだろう。素晴らしいことだ。素直に感心している」
「おおー。何よ何だよどうしちゃったんですかー? そこまで絶賛されるとこっちも歯ァ浮くからやめてよねー。ニヤニヤ顔が常時展開しちゃうじゃん」
「ああ、確かにお前は武術に関しては右に出るものはいない。俺が保証してやってもいい」
そこで。
だがな、と伊吹は付け足して。
「『武術』では負け知らずだろうが、『こっちの戦い』じゃ青二才にもほどがあるぞ」
轟音が炸裂した。
伊吹は右腕を無造作に振り下ろす。すると赤黒い妖力が走り抜けていって、鉈内の体を食い殺すように突撃していった。地面は削れ、空間は揺れる。それほどまでの破壊力を秘めた塊に打つ手はなかった。
ギョッとした鉈内は瞬時に転がるように回避行動を取る。
しかし。
回避した鉈内の後ろには、伊吹連が能面のような顔を浮かべて拳を引いていた。
「っ!?」
妖力を纏ったストレートパンチが後頭部を捉えている。
しかし鉈内は本能的に危険を察知し、身をよじるようにかわしてみせる。
(クソ!! 初撃はわざとか!? 僕が回避するよう『誘導』して、その回避ポイントにあらかじめスタンバイしてるってわけかよ!!)
歯噛みした鉈内は天棒を握りなおす。
その様を見た伊吹は失笑するように言った。
「怖いか……?」
「はぁ?」
「―――『武術』ではなく、いま行っている『殺し合い』が怖いかどうか聞いているんだ」
「……」
「貴様の動きは洗練されている。素晴らしい。だが、『こっちの戦い』―――つまり『殺し合い』ではハッキリ言って無力すぎる。わざわざ正面から突っ込んできて、わざわざ正々堂々戦おうとしているお前はあまりにも弱い。弱すぎる。いや、バカにも程があるバカだぞ」
その『殺し合い』というものに、鉈内が力不足だと告げていたのは速水玲も一緒だった。以前も、夜来初三との戦いの中でも鉈内は苦い思いをしている。
まさかここにきて。
『殺し合い』に対する『実力不足』が影響しているというのか。
「だからここで言っておいてやる」
「何をさ……」
伊吹はニタリと笑った。
そして宣言する。
「武術に頼るお前では間違いなく俺は殺せない。つまりその結果―――俺がお前を殺すことになる」