負けられない
「お帰りなさい豹栄さーん。ご飯にします? お風呂にします? それともぉ、え・す・え・む・プ・レ・イ?」
「過激すぎんだろ!!」
夜来初三や鉈内翔縁を見下ろせる場所―――高台の上で座り込んでいる上岡真。彼は隣に立った豹栄真介に笑顔を返してから、路上で伊吹連と戦闘中である鉈内翔縁へ視線を移す。
刀を振るう鉈内に対して、妖力という閃光を飛ばし暴れる伊吹。
その激しい戦いに笑ってから、
「ま、鉈内さんは今回置いておきましょう。なにやら頑張ってくれてるみたいですし、それより今は―――」
言葉を区切って、ビルの屋上で対峙している夜来初三へ視線を向ける。
「はつみんがザクロっちをフルボッコできるかですよねー」
「そのネーミングセンス最悪のあだ名はどうかと思います」
「えー、シスコンはヤキモチやいてるんですか?」
「シスコンとかもうあだ名じゃねえだろオイ!! 変えろ!!」
「じゃあ―――ゲロ豹栄とか」
「ただの悪口じゃねえか!!」
「ゲロとか」
「名前はどうしたあああああああ!!! もうただの罵倒だろうが!!」
「興奮しました!?!? 興奮したんでしょう!?!?」
「してねえよ!! なに嬉しそうに笑ってんだよ!!」
そこで豹栄は大きな溜め息をこぼす。
そして愚痴るように言った。
「っていうか、夜来のアホには『居場所を教える』とか言っといて、結局は俺に足止めさせてただけじゃないですか。もうなんか知的感ゼロなんですけど」
「いいんですよ、結局はああして夜来さんにとって最高の舞台へ連れてったんですから」
上岡の視線の先には、夜来初三と『エンジェル』のザクロが対峙しているままだ。
どちらも、まだ動きを見せてはいない。
その戦闘状況に豹栄は鼻を鳴らしてタバコを取り出し、
「夜来のアホなんざいらないと俺は思いますけどね」
「ほうほう」
「大体、俺はもとからアイツ嫌いなんですよ。生理的に無理っていうか? もう本能的に無理っていうか?」
「そろそろデレですか?」
「だからツンデレじゃねーよ!!!」
火をつけた煙草から煙を吸い込み、静かに空気中へ吐く。
一服した豹栄に対して、上岡は笑いながら、
「まあまあ。僕たちは楽しく仲良く喘ぎながら観戦してましょうよ。行動を起こすのはそれからです」
「喘ぎません」
「喘がないんですか!?!?」
「アンタこそ喘ぐんですか!?」
「喘がせるに決まってるでしょう!!」
「だから何で俺が喘ぐことになってんだよ!! つかホントSMばっかだなオイ!!」
「うわ、豹栄さんってそういう人だったんだ……まじ幻滅」
「もう嫌だこの人おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
ついに頭を抱えて絶叫した豹栄真介。
と、そのように軽い豹栄いじめが再発したときに。
とあるビルの屋上から轟音が鳴り響いた。
見てみれば、そこには夜来初三の体からじわじわと溢れ出ている黒い魔力が空気そのものを揺らし、空間自体に影響を与えるレベルで吹き出ている。
その様子に上岡は一言。
「さて、それじゃ楽しく観戦しますか」
おふざけはここまでのようだ。
上岡も豹栄も、ただ悪魔の神の力を扱う悪人の姿へ視線を向ける。
会話はない。
漆黒の魔力を纏った右腕。
正確に言えば右拳を骨がきしむ勢いで握り締めた夜来初三は、ザクロの懐へ飛んでその悪魔の一撃を解き放った。しかし、相手はひょいと軽く体を逸らすだけで、腹部に放たれたフックの軌道を描く拳を回避する。
さらに。
即座に御札を取り出して『悪魔祓い』専用の長剣に変換し、腹の部分を全力で振るう。結果、カウンターで飛んできた鉄の塊に夜来初三は殴り飛ばされた。
「っがっっ!?」
ズガン!! と、重たい衝撃が顔から伝わり、その激痛がすーっと浸透していくように全身へ広がっていく。
だが倒れない。
それでも絶対に、今度ばかりは倒れない。
瞬時に体勢を立て直した夜来は再び走り出す。ザクロの目と鼻の先に移動した彼は、触れたもの全てを自由自在に『破壊』することが可能なサタンの魔力を全身に展開している。つまり『絶対破壊』という武器を装備した破壊兵器そのものの体を使って、腕を振るい、足を振るい、とにかくひたすらに攻撃を行う。
しかし一度も当たらない。かすりもしない。
(クソが!! 何で当たらねぇ!!)
ザクロは最小最低の動きで全てを回避し、隙を狙って正確なポイントへ長剣を振り下ろしてくる。肉を切られ、時には剣の腹で殴り飛ばされる夜来だが、それでも立ち上がって突っ込んでいく。
「呆れるアホだな。私と一体一で戦えば、前回と同じ結果が待っているだけだろう」
「っ!?」
生々しい音が、右肩から咲いた。
右肩付近の肉を斬りつけられた音と共に、ベタついた鮮血が舞い散ったのだ。痛みに声を上げかける夜来は、歯を食いしばることで耐える。
しかし、追い打ちは無情にもやってくる。
「バカなのか? アホなのか? 知能が足りないのか? 貴様一人で私に挑んでも前回と同じだろう。状況も戦況も戦力も同じだろう。一人で何ができる? 貴様のようなカス一匹がどう足掻いたところで―――」
ザクロは長剣を軽く引いて、
「―――結果は変わらん。散れ、クズが」
剣筋を目で追える速度ではなかった。まるで閃光。光のような速さで一閃された長剣が切り捨てたのは夜来初三の胸だ。
深く、鋭く、えぐるように刃が突き抜けたことで噴水のように飛び出てくる血。それは夜来の黒い服を徐々に赤く染め上げていき、同時にザクロの体や顔にも付着する。
ありえない出血量だ。
中に入っている心臓がボトリと落ちてこないことが不思議なくらいに。洒落や冗談ではなく、体の半分くらいは切断されたのではと思う。
「あっ……がっは……!?!?」
「見苦しい奴だ。失せろ」
剣の柄を使って、頭を全力で殴りつける。
結果、夜来はコンクリートの床へ爆音を上げて突っ込んだ。
ピクリとも動かない。指先一つ反応がない。
ただ血の池を出血によって作り出す夜来初三。その格好は悲惨としか言い様がない血に染まった姿。
足元で転がっている夜来を一瞥したザクロは鼻を鳴らして、
「言ったろう。結果は同じだ」
反応がない夜来。
それでもザクロは続ける。
「私と一体一で挑んだ結果、貴様は負けた。敗北した。だというのに、再び一体一で挑んできては、結局同じ最後へ走るものだろう。一体一で挑んだ時点で、貴様に勝機は微塵もない。三下が調子に乗るな」
返り血を浴びたままのザクロは舌打ちを吐き捨てる。
そして倒れふしている夜来に背を向けて歩き出す。鉈内翔縁の方へ回ろうと考えているのか、剣だけは強く握りしめていた。
だが。
そのとき。
ガリ……!!!!
背後から物音がした。
まるで爪を床へ突き立てような音だ。しかしザクロは振り向けなかった。どうしても、どうしても振り向けなかった。なぜならありえないからだ。夜来初三の胸を死なないギリギリのラインで斬ったザクロは、間違いなく手加減などしていない。回復を行うにも、何時間とかかる怪我のはずだ。
故に。
起き上がれるはずがない。
「―――ね―――よ」
「っ」
声が聞こえた。
今度こそ振り向いたザクロは、静かに驚愕した。
「なっ……!?」
そこには、全身血まみれで傷だらけの夜来初三が立っていた。瀕死そのものの彼は、グラグラと揺れるサタンの魔眼へと化している赤い瞳を充血させている。
前回と同じように、殺気だけは異常だった。
ただし怪我は重傷に変わりない。だというのに、彼はガクガクと体重を保てずに震えている膝で立ち上がった。無理に、強引に、必死に立ち上がっていた。
「……負けられねぇんだよ」
「な……に……?」
「負けられねぇんだよ」
フラフラと歩き出した夜来。明らかに歩行が可能とは思えない状態だったが、それでも血を撒き散らして歩いてくる。びしゃびしゃと吐血をしながら、ザクロのもとへ歩いてくる。
(なん、だ……コイツは……!?)
ザクロは言いようのない恐怖に襲われていた。
夜来初三の執念というか、ありえないほどの戦闘続行の意思に恐怖を感じていた。だからこそなのか、ザクロは無意識に刀を振って夜来を切り倒していた。
ズガアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!! という轟音と共に叩き飛ばされた夜来。同時に大量の血が上半身から噴出し、二回三回と転がって無様な芋虫へ成り下がった。
またもや倒れふした悪人。
今度こそ動けないはずだ。いや、動けるはずがないはずだ。
と、ザクロは確信を得ていたというのに、
「な、ぜ……!!」
ゆらりと立ち上がった。
その体には確かに無数の傷と血が存在しているというのに、なぜか再び起き上がってくる。ゾンビのほうが、まだ可愛げがあるくらいに夜来初三は起き上がってくる。
ザクロは生唾を飲み込んだ。
そして、気づけば一歩後ろへ後退していた。
その無意識の行動は、まるで目の前の悪人に怯えているようだった。そんな自分の情けなさに苛立ったのか、ザクロは歯切りしをした後に、
「な、めるなガキがあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
絶叫と同時に飛び出す。
そして刀を振り下ろす。輝く刀身は、見事に夜来初三の左肩から右腰あたりまでを斜め一直線に突き抜けた。その傷口からは赤い線がピーっと走って行き、次第に血が滲み、赤黒い血液が噴出する。
そして、夜来はまた倒れる。
ドサリと、筋力が消えたように倒れる。
しかし。
数秒の時間が経てば。
ゆらりと起き上がってくる。
ついに。
ザクロは夜来初三という存在に、自覚するほどの恐怖を実感した。
「なんなんだ……貴様は……!?」
その問いに。
夜来初三は答えない。
ただし。
ニタリ、と耳まで裂けたような恐ろしい笑顔を浮かべた。
「―――っ!!」
怖い。
ここまで死にかけておいて笑っているのが、怖い。
こんなにも血まみれになって、傷だらけになって、ボロボロになっているのに、夜来初三は笑っている。動物だろうと人間だろうと仏だろうと神様だろうと怯えるくらいの、禍々しい笑顔を浮かべている。
そして。
笑みを崩さずに、夜来は言った。
立ち上がる理由を。
何度も立ち上がり続ける理由を。
言った。
「負けられねぇんだよ。今回ばかりは『死んでも』なァ……!!」
ヤクザとチャラ男が頑張ってくれてなによりです! というか、このままじゃヤクザが死にそうなんですけど・・・・これ、どうしよう?←(作者の自分が分からない(笑))