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忠告

 激しい激闘は休む間もなく進行していた。

 ザクロは豹栄真介の攻撃を防ぎ、彼が不死身ということを理解した上で反撃を行う。豹栄真介は自分の攻撃が全て防がれるのだろうと承知した上で戦闘を続行する。

 つまり。

 勝敗などつきようがなかった。

 と、ザクロは少なくとも思っていたのだが……。

「おっと」

 そこで。

 豹栄真介のポケットに入っていた携帯電話が振動する。すると彼は大きな舌打ちを吐き捨てて、

「悪いなぁパリ人もどき。―――撤退しろだとよ、面倒くさいけどトンズラするわ俺」

「上岡か」

「正かーい」

 適当な調子で返答した豹栄は。

 土色の翼をバサリと広げて羽ばたく準備をし、最後に気味の悪い笑みを浮かべた。

「それからコイツは忠告だ、パリ人もどき」

「……何だニコ厨」

「―――『今までとは違う』ぞ? せいぜい殺されねえよう腰に力入れて踏ん張っとけよバーカ」

 理解ができない捨て台詞を残して彼は飛んでいった。一瞬で姿を消した豹栄真介と最後の言葉に、ザクロは当然ながら眉をひそめる。雨は既に止んでいた。ただし豪雨が降り注いでいたことに変わりはないため、湿気は酷く、巨大な水たまりがそこら中に出来上がっている。

 水たまりに映るザクロの横顔。

 やはり困惑しているようで、眉根を寄せて突ったっていた。

 と、そのとき。

 


 ―――チャプン。

 


「っ!」

 水が跳ねる音がした。より正確に言えば、水たまりに堂々と足をつけて歩行したような音。聞こえた方向は不気味にも―――ザクロという男の後方からだ。

 徐々に何かが近づいてくる。

(そういえば)

 そこでザクロは豹栄真介の『目的』を思い出した。確か彼は、自分のことを逃がさぬよう、足止めのために戦っていたはず。

 ならば。

 実に、自分の後ろから聞こえた足音の正体は想像がつく。

 足止め役の豹栄真介がいなくなったということは―――足止めする必要がなくなったということ。

 つまり、

「夜来初三……お前」

 ゆっくりと振り向き、その者の名を呼んだ。

 が、その隣には一人の少年もセットでついている。

「鉈内翔縁、貴様もか……」

 二人は何も言わない。ただ、俯くように視線を落としてゆったりと歩いてくるだけだ。水たまりに足が入ろうと、服がその影響で濡れようと、まったくもって気にすることなく歩行を続けてくる。

 明らかに。

 異質な雰囲気を纏っていた。

「なるほど。ようは、貴様ら二人が仲良く二人で私を討伐するためにあいつは使われていたわけか……。それで? 一応尋ねるが、貴様らはなぜここにいる?」

 ザクロは肩をすくめて挑発じみた言い方で告げた。

 対し、二人は何も言わない。

 表情さえも、見えない。

 その様子に溜め息を吐いたザクロは口を開き、

「まったく……言葉が通じないのか? ならば私とて暇じゃないんだ。さっさとかえ―――」

 瞬間。

 ザクロの目と鼻の先には、白目を黒くし瞳を赤く染めた『サタンの魔眼』へと化している夜来初三。背後には鉈内翔縁が爆発的な速度で回り込んできていた。

 どちらも目が―――おかしい。

 どちらも顔が―――イカれている。

 真っ黒な雰囲気を纏った色のない目を持つ二人からは『殺す』意思のみを感じられた。いや、『殺す』以外の思考や感情を二人が抱いているとは到底思えなかった。故に『殺す』のみを悟れた。

「っ」

 喉が干上がったザクロ。

 彼はその異様な危険性を肌で感じ取り、本能的に飛び上がって回避していた。

 その判断は正解だったようだ。

 なぜなら。

 夜来初三は『サタンの呪い』の侵食に気を使うこともなく『全力』の魔力を纏った拳を叩きつけ、鉈内翔縁は愛刀の『夜刀』を『握っている手から血が垂れるほど』力を込めて振り下ろしていた。

 結果。

 圧倒的な破壊が巻き起こり、地面にはビシビシと亀裂が走り回っていく。まるで蜘蛛の巣のようにヒビが入った地上。その光景に唖然としていたザクロだったが、別に彼はその攻撃の威力に驚いているわけではない。あの程度ならば豹栄真介との戦いで散々経験済みだ。

 では彼が冷や汗を流すほどに背筋を凍らせた理由。

 それは。


 

 夜来初三と鉈内翔縁の、人間とは『絶対』に認識できない顔とオーラだ。

 

 

 目とか、雰囲気とか、そういう次元ではない。どうすればそこまで『異様な顔』になれるのか一切理解できなかった。それほどまでに二人は恐ろしい。それほどまでに異質だった。

「……ねぇ」

 そこで。

 ゾワリと鳥肌が立つほどの声を発した鉈内は、ザクロへ問いかけた。

「人違いとか、間違えてましたーごめんなさいとか、そういう笑えないオチだったらマジ面倒だから確認すっけど―――君だよね? 夕那さん刺したの」

「……いきなり殺しにかかってきておいて、尋ねるのが遅すぎではないのか?」

「いいから答えてくんない? こっちはさぁ、もうほんと―――我慢きかなくってどうしようもないんだよォ……!!」

 カタカタと震えている、鉈内の刀を持っている右手。

 それはきっと、恐怖でも躊躇でも何でもない―――言葉通り殺したくてしょうがない衝動を押さえ込んでいる武者震いというやつだ。

 ブュシュ!! と、その右手はついに血が噴き出した。刀を握っている握力だけで爪が割れて、真っ赤な液体がポタポタと流れ落ち、下に広がっている水たまりに溶け込んでいく。

 ザクロはゴクリと生唾を飲み込んでから、

「私がやった。私がお前らの親代わりを―――刺した」

「……そ」

 もはや質問に対する答えに興味がない一言を発した鉈内。

 瞬間。


 

「親代わりじゃねぇよ―――正真正銘、僕らの親だ」



 ザクロの懐へ瞬時に入り込み、持っていた夜刀を無造作に振り下ろした鉈内。その攻撃速度には、彼と同じただの人間であるザクロも目を見開いた。

「っく!!」

 ギリギリのタイミングで身をよじって回避し、転がるような格好で鉈内から距離を取る。しかし追撃は即座にやってきた。疲労をしらないような速度でおもちゃのように軽々と振り回される夜刀。もはや回避は続行不可能だと判断し、後ろへ撤退する。

 だが忘れてはいけない。

(っ、こっちもか!?)

 気づけば、夜来初三の『サタンの皮膚』を表した紋様に覆われた顔と『サタンの魔眼』が目と鼻の先にあった。一瞬で移動してきた夜来の右手から、魔力で精製された大剣が生まれる。

 さらに、それを夜来は全力で振るう。

 結果、その斬撃は漆黒の魔力として放たれ、ザクロの体どころかその先にある建築物や地面を真っ二つに切り裂く。その破壊力に歯噛みしたザクロは、すんでのところでかわした自分に心で拍手を密かに送って飛び下がった。

「……マザコンどもが調子に乗るなよ。帰って牛乳で気を紛らわせていろガキ」

「あのロリにンなモン期待してねぇよ」

「そうそう。夕那さんは逆にミルク飲まされる感じだし」

 夜来初三は禍々しい紋様を顔へ広げて行き、『サタンの呪い』に侵食されている。

 鉈内翔縁は夜刀を握り直し、またもや握り過ぎでズルリと指の皮が剥がれている。

 それでも、二人は止まらない。

 膨れ上がる殺意を抑えきれていない。

「……」

 ザクロは夜来初三と鉈内翔縁の恐ろしい顔を見比べるように確認して。

 ようやく、豹栄真介の言っていた『今までとは違う』という忠告の意味を理解した。

(確かに、今までとは違うな)

 視界に立っている二人の少年。

 ザクロは小さく鼻で笑うように呟いた。

「ニコ厨に借りを作るとはな、くそったれ」

 余裕を見せておいて。

 冷や汗だけは止まらない。

 

 

 


 

 


  



  


 


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