タフ
土色の翼が一気に膨れ上がった。
まるで空気の入れすぎで内側から破裂しそうになるように大きくなった翼は、弓を引くように蓄えられた力を放出する。
一秒にも満たない超高速攻撃。
閃光と化した翼はザクロという男の体をぐちゃぐちゃの肉塊に変えるために地盤を割って激突した。
だが。
「私は『悪人祓い』だぞ? 貴様のような悪人との戦いが仕事であり特技であり存在価値でもある」
「!?」
「故に私が敗北することなどありはしない。阿呆が」
真後ろから聞こえたザクロの声。
その冷静沈着な音と発音には余裕がありふれている。だからこそ、ザクロは面倒くさそうに溜め息を吐いて豹栄真介の体へ装備していた長剣を振り下ろした。
結果、上半身と下半身を綺麗に分けられた豹栄。
だがもちろん。
「パリ人もどき、知ってるか?」
瞬時に傷口ごと完治した体。不死身の力を宿しているウロボロスという竜に憑かれている悪人はニタリと笑って、そう言った。
歯噛みしたザクロは大きく後ろへ後退する。
すると悪人は額に手を当てて上を見上げながら笑い、とにかく笑って、顎が外れるほど爆笑して、
「俺の堪忍袋が破裂する条件ってなぁ三つある」
「……」
「一つ、男のくせして一人称が『私』の知的ぶってる学級委員みたいな奴。二つ、何か常にすました顔してインテリぶってる生徒会長みたいな奴。三つ、噛み付いていい相手も分からねぇDQNみたいなモブだよ」
つまり、と付け足して。
「全部テメェ当てはまってんじゃねええええかああああああああ!!!!」
絶叫しながらも楽しそうに笑顔を見せてくる豹栄は勢いよく羽ばたいた。上空へロケットの如く浮上した彼は、傍にあった巨大な電柱を片手で根元から抜き取って、
「ってことで死ね」
「っ!!」
まるで音速。
まばたき一つしていたら反応することさえ不可能だったろうレベルで投擲された電柱は轟音を上げて地面を削り取る。回避に成功したザクロは翼を上下に動かして浮かんでいる豹栄を見上げて、
「私を捕まえておくのが貴様の役割じゃないのか? 今のは確実に殺す気だ―――」
「ほらもうそーゆう『私』って言い方うざいから。なんなのそれ、マジ何なの? あれなの? 私とか言って知的キャラ作ってんの?? まぁいるんだよねー、そういうムカつくインテリちゃん。中学時代の隣席だった谷岡がそうだったよ。アイツも『私』とか言ってメガネくいっと上げてたね、うん、こう、くいっと。別に上げる必要ねぇのに何かしらくいっとやってたよね。くいっとワイパーかよコラって言いたかったわ。くいくいくいくいしてて思わずメガネぶっ壊しちゃったからね、俺。あー、今思えばマジで谷岡うざかったなぁ―――って何か思い出したら腹たったから死ね」
「完全に八つ当たりだなおい。というか谷岡どんだけ嫌われてたんだ」
豹栄は翼を振るいに振るって振り回す。乱舞されている翼は壮絶な破壊活動を繰り出し続けてくるので、ザクロはうまく回避しながら反撃の機会を伺っていた。
「PTAから特に嫌悪されてたな」
「ホントどんだけ嫌われてたんだ……」
二人は無駄口を叩くが無駄な動きは作らなかった。ある意味すごい集中力である。
そこで、豹栄の攻撃パターンを読んだザクロが隙を突いて勢いよく御札を五枚取り出し、
「『絶対風炎―――神風』・『絶対斬撃―――疾風』・『絶対砲撃―――爆炎』・『絶対拘束―――神縄』。『絶対砲弾―――岩石』」
「だから盛りすぎだろオイ!! 今時のJKもそんな盛ってねーよ!! ギャルもそんな髪ィ盛らねーよバカが!!」
舌打ちをした豹栄の体へ突風のように突き抜ける炎、肌や肉を切り裂いてくる見えない刃物、炎の塊そのものである閃光、光り輝く縄の群れ、隕石の如く迫ってくる一撃が放たれていた。
当然、再び轟音が上がり空間そのものを大きく揺らす衝撃が巻き上がる。
攻撃が集中した場所は燃え上がっている。火災現場と化したその破壊地点には腕が転がっていた。白いスーツに包まれている腕だ。おそらく体そのものが弾け飛んでしまう威力だったのだろう。
だがしかし。
「あー、やっぱ腕が飛ぶってのは違和感満載だな、ハハ!!」
燃え上がっている炎を背にして立ち上がった豹栄真介は、一瞬にして片腕どころか些細な傷口すらも再生させる。落ちていた腕は灰と化して舞い散った。
新しい腕の調子を確かめているのか、豹栄は肩を回したり首の関節をコキコキと鳴らして、
「ムカつく野郎だ。噛み付く相手を選べっつってんのが聞こえねえのか? おじいちゃん、お耳遠いんですかー?」
「……相変わらずタフな男だ」
「そりゃどうも。お褒めに預かり光栄だね」
ザクロは豹栄真介を睨み。
再び発光している御札を取り出して飛び出す。