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復讐

 

 目的地である『神水峽旅館』へ向かう狭苦しい乗用車の内部では、暑苦しい激闘が繰り広げられていた。その少年と少年の戦いは、熱が冷める気配はないまま、ヒートアップしていく。

「だーから、ゴミは大人しく部屋の外で寝てりゃいいじゃん? あ、ほらゴミ箱で寝ればいいんだよ」

「そろそろ死にてぇようだな、クソ虫が。アリのエサにでも調理してやろうか?」

 運転席の隣でバックミラーに映る少年を睨みつける鉈内翔縁と、その視線が捉えている、窓から見える景色を頬杖をついて眺めている夜来初三。

 まぁ、いつも通りの喧嘩なのだが今回ばかりはお互いに引くことが出来ない。絶対にできない。

 なぜなら、

「大体、何で男部屋が一人用になってんだよ。あぁ?」

「す、すまんのう。チケットに男部屋が一人用だと書いてあるのに、気がつかなくて……」

 運転席で車を走らせている七色夕那が、申し訳なさそうに口ごもって言った。

 そう。

 つまり、夜来と鉈内が宿泊する予定だった部屋とはどちらか片方の者しか扱うことができない一人部屋だったのだ。

 女部屋は人数丁度の部屋なため、一人用の男部屋を逃してしまえば確実にベッドで安眠することは出来ない。だからこそ、今回の口論だけは負けることが出来ない。敗北してしまえば、そこらのベンチで朝日を迎えるという残酷な運命を受け入れるハメになってしまうからだ。

「っていうか夕那さんさー。何で、いざ旅館に向かってる最中に男部屋が人数足りないって言うのー? ひどくない? もうこれ新手のいじめじゃない?」

「うぅ、儂だって今気づいたんだもん! 儂が悪いわけじゃないもん!!」

「なに精神年齢まで幼児退行してんだロリガキ」

 涙目になり、蛇行運転を行って暴れだす七色のせいで揺れる後部座席から夜来は大きなため息を吐いた。

 すると、夜来の隣に座っている雪白千蘭が授業中の発言を要請する真面目な学生のように、おずおずと挙手をした。

「なら、男二人仲良く一緒のベッドで寝れば……」

「「「却下」」」

 夜来と鉈内がシンクロしたのと同時に、なぜか世ノ華雪花までもが雪白の隣から首を突っ込んできた。

 なぜ、世ノ華まで口をだすのかと疑問を抱いたこの場にいる全員だったが、世ノ華は鉈内に向かって鬼の形相を見せつけて口を出した理由を言い放った。

「ダメに決まってるでしょ! こんなゲイとホモの親から生まれたのだろう男を兄様と二人っきりにすることなんて私が許さないわ!」

「ぼ、僕ってゲイとホモの親から生まれたの!?」

「そうよ!! アンタはゲイとホモのハイブリットなのよ!!」

「は、ハイブリット!? ゲイとホモの!? 何かもうそれアウトじゃね!?」

 夜来と同じで捨て子だった鉈内は、世ノ華の発言を意外にも真に受けてしまって、ショックによる大ダメージを受ける。

「じゃあ……どうするんだ? 私達の部屋にも空きはないぞ」

「そ、それは、そうだけど……」

 雪白が返してきた言葉によって、口を閉じてしまう世ノ華。

 そんなマッチ売りの少女のように悲しげな顔をする世ノ華を横目で一瞥した夜来は、

「おい、生ゴミ」

「なにかなー粗大ゴミ」

「テメェが部屋使え。俺ァ最近不眠症なんだよ、クソが」

 一同は唖然とする。

 その夜来の思わぬ発言に、この場で一番驚愕した鉈内は、

「ッ!? な、なにを企んでるのやっくん? あれっすか? サタンさんに僕をボコボコにしてくれって後々になって頼むつもりなんすか? そうやってチクるんすか?」

『サタン』という夜来の巨大なバックにビビリながら、震える声でそう言った。その哀れな格好を見た夜来は、くだらねぇと吐き捨てて、

「んなことしねぇよ。単純に俺ァ不眠症なだけだ。あと、今までの会話は全部聞かれてたぞ」

 自分の胸をトントンと叩いて、中で眠っているサタンの存在をアピールする。当然、鉈内翔縁は顔面蒼白になっていて歯がカチカチと音を鳴らしていた。

「兄様……」

 頬を染めた世ノ華は、自分に気を遣ってくれた夜来に対して尊敬と感謝の色で構成された瞳を向けている。そんな彼女の視線から逃げるように、夜来初三は再び走り去っていく景色に顔を向けた。

(やっぱり、兄様は優しいな……)

 口には出さずに、世ノ華雪花は夜来初三という人間の素晴らしさを再確認した瞬間だった。

 

 神水峽旅館に到着した一同は、辺りの広大な自然に目を走らせた。

 特に、世ノ華雪花と雪白千蘭はその場で踵を軸にして一回転し、木々などの自然を眺めている。

「兄様、すごいですよここ! ほら、あそこには大きな滝がありますっ」

「……ああ」

「おい夜来、ここは空気が美味しいな! む、あそこにタヌキがいるぞ!」

「……ああ」

 二人の少女を適当に相手し、黒い日傘をさしている夜来は額から流れ出る汗を拭って真っ先に冷房が効いている旅館内へ直行する。太陽がトラウマである彼にとっては、外という環境自体あまり好きではないからだろう。

 駐車したばかりの車の方からは、親子の会話が響いてくる。

「翔縁! さっさと荷物を運べ馬鹿者がッ!」

「僕一人で全員分の荷物持ってるんですけど!?」

 夜来のあとに続いて旅館内へ足を運んだ七色達は、その内装の素晴らしさに大層仰天しながらも受付で部屋の鍵を入手する。そして、椅子に深く腰掛けているダラシない夜来を迎えに行った。

「夜来、部屋に行く……どうした? もう疲れたのか?」

「……その通りだ。あと、お前近ぇんだよ。俺のパーソナルスペース土足で荒らすんじゃねぇ」

 文字通り目と鼻の先まで顔を近づけてきた雪白の額に、軽いデコピンを放つ。その結果、彼女は可愛い悲鳴を上げて後ろへ後退していった。

 夜来は面倒くさそうに立ち上がったが、ここでふと思いついたことがある。

 それは、

「つーか、俺ァ泊まる部屋ねぇんだから行く必要ねぇだろ」 

 先ほどの車内での会話を記憶から引き出した周りの者達は、揃って今気がついたような声を漏らした。

 そのいい加減さにキレかける夜来だったが、怒りという感情を必死に押さえつけて暴れだすことは未然に防ぐ。

 しかし結局、夜来初三の寝床は存在しないことに変わりはない。

 その気になれば車の中で眠るという手段もあるのだが、旅行に来てそれはないだろう。旅館に止まらない旅行など、もはや旅行とはいえない。

「だ、だったら……」

 すると、突如頬を赤く染めた雪白が口を開いた。

 彼女は自身の服を握りしめて勇気を振り絞り、


「わ、私と寝ればいい、だろう」


 と、女子高校生としてどうかと思う大胆発言をした。

 まぁ、もちろん。

 愛しの兄様と共に寝るだなんて雪白の提案は、彼女が許すはずもなかった。

「ふ、ふざけないで頂戴!! 万が一間違いが起きたらどうするのよ!?」

 正論を叩きつけた世ノ華雪花だが、雪白千蘭は首を捻って、

「は? 夜来ならば間違いが起きるはずがないだろう」

 さも当然の如くそう言い返した。

 その躊躇いのなさに一番驚いた夜来初三は、雪白のルビーのように美しい赤い瞳を凝視した後に片手を横にプラプラと振りながら、

「いいっつの。俺はその辺で夜ふかしすっから別にいい。お前だって、俺と同じ布団に入るなんざ―――」

「お前と一緒に寝るのが嫌なわけがないだろう。お前のことは誰よりも信頼している。だから気にせずに黙って私と寝ろ」

 雪白のほぼ命令と受け取れる言葉の威圧感に圧倒されてしまった夜来。

 すると、そんな彼の肩をぽんと叩く影があった。

 それは、

「やっくん。部屋を譲ってあげるよ」

 歯を輝かせてキメ顔でそう言った、雪白と共に就寝することが目当てのゲス野郎……もとい、鉈内翔縁だ。

 自分が雪白と寝なかった場合は、このクソ野郎(鉈内翔縁)と彼女が同じベッドや布団に入る可能性があると瞬時に計算した夜来初三。

 その彼が下した結論は。

「……雪白。部屋に行くぞ」

「ああ!」

 何よりも信頼できるのは最終的には自分だ。よって、自分が雪白と寝るという答えを当然選んだ。

 雪白と夜来が歩き去っていく背後では、己の息子をしつけている最中の七色夕那がいた。

「お主は一回、三分の三殺し程度痛めつけないとならんようじゃのう!!」

「それ殺してるよ!?」

 チョークスリーパーで首を締め上げられている鉈内翔縁の泣き叫ぶ声には、誰一人耳を貸すことがない。 

「兄様! そんな白髪ババァとお休みになるだんてダメですよ!」

 夜来と雪白の視界に姿を現した世ノ華雪花は、必死の表情を浮かべている。彼女の言いたいことは嫌でも分かっている夜来初三は、

「だが、お前と同じ部屋なんだから、お前が考えてることはありえねぇよ」

 確かに夜来と雪白が同じベッドで眠ることは非常にまずい。

 しかし、結局は雪白と同じベッドを使うだけであって、部屋は他の女子と合同。ならば、世ノ華が想定しているような最悪な事態に発展する可能性はかなり低い。

 夜来は世ノ華に、その安全が高いという事実を伝えてやったのだが、彼女は渋々といった風に頷いただけだった。

「……」

 そんな彼らの横を無言で通り過ぎた金髪の男。

 男はとある人物を視線に捉えた瞬間、ニヤリと気味の悪い笑顔を浮かべた。

 ポケットから携帯電話を取り出して番号をかけると、

「ターゲット確認。全員奇襲できるタイミングで動け」

 ただその一言だけを冷淡な声音で告げてから通話を切った。

 その男はもう一度、『ターゲット』である相手の後ろ姿を見て口の端を釣り上げた。

 その捕食者の笑みから動かされた口の動きは、確かにこう言っていた。


 復讐だ、と。

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