ストレス
「よお、パリ人もどき」
ザクロの視界には一人の煙草を咥えた男が映っていた。真っ白なスーツに赤い髪。右手にはゴム製の白い手袋を装着している一人の男。
つまり。
「豹栄真介……何のようだ?」
ザクロは現在、部下である伊吹連達と合流するために集合場所のビルへと向かっていた。そのビルの屋上に待機させてあるヘリコプターで、即座に帰投しようという考えが本来の帰投計画だったのだ。
だがしかし。
ビルへ向かう道中、ザクロは豹栄真介という厄介な相手に捕まってしまったのである。
豹栄は煙草を地面へ吐き捨てて足で踏みにじる。そして新たな煙草を一本取り出してライターの火をつけた。
ニコチンやタールが含まれた煙を吸い込み、静かに吐く。
「あー、やっぱ煙草はよくねえよな。っつってもやめる気にはなれねーし、こりゃあれだな、うん、ニコチンが全部悪いな」
「単純に薬物にはまった貴様が悪いだろう」
「あぁ? 違ぇよ? 俺はあれだよ? ニコチンやタールも肺に入らなきゃ存在する意味なくて可哀想だなと思ってるから吸ってやってんだよ? 俺はニコチンとタールの救世主だよ? むしろ褒め称えるべきだよ?」
「さっきまで煙草依存症の全責任をニコチンに追わせていたのに何を言ってるんだこのバカは」
「ほら良く親が言うだろ? ニコチンもタールも生きてるんだから大切にしなさいって」
「言わねえよ」
豹栄は煙草を人差し指と中指に挟んで、先をザクロに向けながら、
「あー、なるほどね。お前、ニコチン君とタールちゃんの気持ち考えたことねー奴だわ。薬物扱いされて嫌悪されてるニコチン君とタールちゃんの愛の逃避行を知らない奴だわ」
「まず第一に、ニコチンとタールがカップルという事実に驚きだ」
「バカ。ニコチン君とタールちゃんは熱々バカップルだぞ? ―――共に気管へ入り、肺という名の新築住宅へ引越し、最後の最後には肺を黒くカビだらけにするほど生活してんだぞ? あれだけ黒くするのには結婚して五十年以上はかかるぞ? もうすげー熱々だろ? ババァとジジィになってまで共に肺をカビだらけにするんだぞ? な? 愛の逃避行オンパレードだったろ?」
「とりあえず貴様の肺が汚いことはよく分かった。くだらん情報をありがとう」
「どーいたしまして。今後一切、ニコチン君とタール君を馬鹿にするなよ? したらマジ殺す」
「おい、ホモカップルになってるが大丈夫なのか? タールちゃん性転換したようだが大丈夫なのか?」
ザクロは豹栄真介に溜め息を吐く。
そして面倒くさそうに睨んで、
「で? 何のようだ?」
「んー? お前の足止めしろだってよ。あの変態バカ野ろ……上岡さんがお前を見張って逃がすなだとよ」
「今、間違いなく上岡のことを上司と思っていなかったよな?」
「うっせーな! こっちもあの変態上司のツッコミに体力使ってんだよ!! たまにはこうしてボケさせろよ!! ニコチンちゃんとタールちゃんの話させろよ!!」
「おい、百合カップルになったが大丈夫なのか? 大丈夫なのか?」
よほど日頃のストレスが溜まっているのか、豹栄はひたすらボケを混ぜ込んでくる。その光景は上岡真という男から発生するストレスの量が嫌でも理解できた。そして彼のツッコミ役が非常に大変なのも簡単に察せた。
しかし。
どうやら冗談もここまでのようで、
「まぁ、つーわけでだパリ人もどき。―――ちっと俺とはしゃいでくれよ」
豹栄真介が煙草を咥えたままニタリと笑った。
瞬間。
彼の背中から土色の翼が勢いよく飛び出した。まるで生きているように一対の翼は蠢き、ザクロを食い殺そうと準備をしているようにも見える。
対してターゲットにされたザクロは息を小さく吐いて、
「殺すが、構わんな?」
「アッハハハハハハ!!! おいおい! パリ人もどきの分際でなにマジモンのパリ人みたいにカッコつけてんだよバーカ!! ―――殺すゥ? は? 誰が? お前が俺を? ぎゃっははははははははははははははは!!!! 寝言は二度寝して言ってろよヘドロ野郎!!」
「二度寝は関係ないだろう―――まぁ、とりあえず死ね」
気づけば。
土色の翼の槍の如き先端がザクロの胸元へ迫っていった。風を貫いて突撃してくる一撃。それを見たザクロは懐から一枚の御札を取り出す。
そして口を開き、
「『絶対防御―――鉄壁』」
すると御札は眩しいほどに発光し後、光り輝く巨大な壁を創りだす。結果、突き進んできた翼は刀と刀がぶつかり合ったような甲高い音を鳴らして弾き返される。
しかしまだ終わらない。
さらにザクロは一気に三枚の御札を取り出して、
「『絶対火炎―――煉獄』・『絶対水爆―――深水』・『絶対砲弾―――風激』」
「っ!? おいおい盛りすぎだろうがパリ人もどき……!!」
吐き捨てるように呟いた豹栄の元へ、赤黒い炎の閃光、巻き上がるように迫ってくる水、塊と化した風圧があらゆる方向から接近してきた。
その結果。
轟音と共に時限爆弾でも起動したのかと錯覚する大爆発が起きる。
ぽっかりとくぼみが出来上がった爆心地。その被害は直径百メートルにも及ぶ。故に、明らかに人など立っていないはずなのだが―――不死身の怪物を宿した悪党は笑っていた。
楽しそうに、バカを嘲笑するように爆笑していた。
「あっははははははははぎゃっはははははははははは!!!! なんだよお前!! ちょーなんなんだよ!! ―――どんだけ頭いっちゃってんだよ!! この俺に攻撃? はあああああ??? 頭だいじょぶですかー? もしかして勝算があったりとか錯覚してるのかなーパリ人もどきは? これだから『もどき』は論外なんだよなーマジで。あれだろ? おまえ罪悪感なしでパクリとかするやつだろ? 絶対学校のテストすまし顔でカンニングしてる奴だろ?」
「相変わらず、お前もイカれてる悪人だな。言動といい戦闘の際の嗜虐的な笑顔といい―――夜来初三そっくりだぞ、貴様」
「ざっけんなバーカ。俺をあの前髪悪魔と一緒にすんな。俺はあんなに非情じゃねーよ。つかあれだからなー? 煙草吸ってるやつって悪い印象強めだけどあれだよー? 己の身を犠牲にして煙草という税金に回される買い物わざわざしてやってんだよー? 国の救世主だからな喫煙者って、マジで肺やばくなるけどなぁ」
「国のため国家のためと抜かすならば、いっそのこと自衛隊にでも入隊しろアホ」
再び激突が始まった。
豹栄真介は己の翼を大きく振るい、ザクロは『対怪物用戦闘術』を持って立ち向かう。
よって。
またもや爆音が鳴り響くと同時に破壊の爪痕が誕生する。