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恩知らず

 彼は強い。強いじゃないか。少なくとも自分よりは圧倒的に強いじゃないか。だったら、そこまでの力―――サタンの力なんて強大な強さを持っているのならば守れたんじゃないのか? 彼ならば、自分よりも強い彼ならば、七色夕那を『強いんだから守れる』はずじゃないのか?

 そう、思っていた。

 すなわちこれは、自分よりも強い存在があっさりと敗北したことに対する『失望』に近い。七色夕那を夜来初三という『自分よりも強い』存在が守りきれなかったことに対する『失望』に近い。

「お前は強いだろうが!! 僕よりも強いだろ!!! ―――僕よりも夕那さんを守れるだろ!?!!? 僕なんかよりも夕那さんを『守れるだけの力』があるだろ!?!? なのに、なのに何で負けたあああああああああああ!!!! ふざけんな!! ふざけんなッ!!」

「……」

 鉈内翔縁の言い分に、夜来初三は何も言わなかった。

 いや、言い返せなかった。

 鉈内がここまで怒るのも無理はない。なぜなら―――鉈内には力がない。故に七色夕那を守れるだけの力がない。非力だから守ることなんてできない。

 でも。

 でもだ。

 夜来初三には力がある。

 鉈内翔縁とは違って、夜来初三には膨大な力がある。

 鉈内翔縁とは違って、夜来初三には強力な力がある。

 鉈内翔縁とは違って、夜来初三には莫大な力がある。


 鉈内翔縁とは違って、夜来初三には―――母親一人守れるだけの力がある。


 なのに。

 力があるというのに。

 夜来初三は負けた。鉈内では舞台にすら上がれないというのに、彼は舞台に上がってあっさりと敗北したのだ。鉈内ではスタートラインにさえ立てないのに、夜来初三は呆気なく倒されたのだ。

 だから鉈内が激怒することに夜来は何も言えない。反論なんてできない。

 自分は力があるのに母を守りきれなかったのだから。

「僕が守れんならやってやりてえよ!!! 僕がテメェみたいに魔力使って大暴れできんならやりまくってやるよ!! でも!! でも!!! そんな都合のいいパワーアップなんざねえんだよ!!! 僕は弱くてテメェが強いのは変わらないんだよ!!!」

「……」

「だからテメェが羨ましいっつの!! そこまでの力ァあんなら―――夕那さん一人簡単に守れるだろうからな!! 自分の守りたいもん守れるだけの力があるんだからな!! ―――でも僕にゃねえんだよ!! 僕はお前よりも弱いんだよ!! 『守るなんてスタートラインにさえ立ててない』のが僕なんだよ!!」

 きっと、鉈内は夜来初三がどこまで全力で戦ったのか知らない。どれだけ七色を守ろうと夜来初三が戦ったのかをわからない。どれほどまでに猛獣と化してザクロという男を殺そうとしたか知らない。

 だが。 

 それは仕方のないことだ。 

 だって夜来初三は―――結局、七色夕那を守りきれなかったのだから。

 結果論と言えば結果論だ。

 しかし結果は結果。夜来初三は力があるのに七色夕那を守れなかった。

 故に夜来は沈黙し、静かに己の無力さを実感する。

「鉈内!! やめなさい!!」

「そうだ!! ここで暴れても解決しない!!」

 そこで世ノ華と雪白が鉈内を夜来から引き剥がした。離せ!! と大声を上げて抵抗し、彼は夜来へ殴りかかろうとしている。

 夜来初三は小さく息を吐き。

 今度こそ、点滴のチューブを無理やりを引き抜いて立ち上がった。

 そして世ノ華と雪白に押さえられている鉈内の傍へ近づいていき、膝を折って頭を下げた。つまり―――正座して頭を床に付けるほど下げて謝罪の形を取ったのだ。

 手を付き、形は武道のようになっていないが―――深々と土下座をして、



「ごめん」



 ただ一言。

 鉈内に対して、失望させてしまった非礼に頭を下げていた。

 雪白や世ノ華どころか、この場にいる全員が目を見開いて仰天する。

「俺が悪かった。俺が―――あのガキを守れなかった。あの場にいたのは俺だけだ。力うんぬん無しにしても、あの場では俺だけしかガキを守れなかった。なのに負けた。俺は―――力があるのに負けた」

「……っ!!」

「すまなかった……」

 さすがに鉈内も、あの夜来初三が土下座をしていることに驚きを隠せていなかった。それでも夜来は震える声で、七色を守れなかった戦いのことを鮮明に思い出して涙をこらえながら、

「すまな、かった……!!」

 鉈内は歯噛みした。

 自分のやっていた八つ当たりでも、夜来の土下座に対してでもなく―――この夜来も自分も、『どちらも情けない状況』に歯切りしを立てていた。

 結局。

 どちらも母一人守れないクソ息子だったのだから。  

 情けないにも程がある。

 鉈内翔縁も夜来初三も、家庭が歪だった故に愛情なんてもらえなかった。どちらも種類は違えど、親という存在に良い心境は抱いてなかった。

 でも。

 それでも。

 七色夕那という母親だけは自分達に愛情をくれた。彼女は家族というものを知らない二人の少年に、寝床から食事まで用意して本当の息子のように育ててくれた。

 だからこそ。

 だからこそなのだ。

 だからこそ―――そこまでの恩を貰っておいて二人は彼女を守ることさえできない。その事実に、鉈内も夜来も奥歯を噛み締めて激怒していた。

「もう……いいよ」

 鉈内は、ようやく夜来も同じ気持ちを持っていることを察し、雪白と世ノ華から離れて、

「どっちも、ああだこうだ言える資格なんてない。どっちも―――恩知らずのクソガキだってことだよ」

「……クソッタレだな、本当」

 ゆっくりと立ち上がった夜来は目の前に立っている鉈内に顔を合わせる。

 二人は気づいてないのだろうが、どちらも同じ顔をしていた。

 どちらも―――自分の母親を傷つけたクソ野郎を殺す気満々の恐ろしい顔を張り付かせていた。

「……アテはあんの? そのゴミに」

「ああ。俺についてくれば、そのクソの面ァ拝めんぞ。……どうする?」

「決まってんだろ、当たり前のこといちいち聞くな死ね」

「それもそうだな、いちいち噛み付いてくんな殺すぞ」

 鉈内と夜来は速水に向き直って、

「行ってくる。夕那さんのこと、頼んだよ」

「あのガキに何かあったら即効で知らせろ」

「何だね? そんな怖い顔して。気があってそうで何よりだが」

 その言葉に二人は何も言わない。

 ただ、病室から出ていくために扉へと歩き出していった。雪白や世ノ華、秋羽や唯神達も何も言えなかった。彼らの殺気だった雰囲気が恐ろしく口を開けなかった。

 扉が閉まった音が響く。

 病室から出た夜来と鉈内の足音が遠ざかっていく。

ああ、やっぱり鉈内くんは七色ちゃんのことになると我を忘れてしまうようですね・・・・

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