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病院

 もともと。

 唯神天奈は秋羽伊那と、家でゴロゴロと過ごしながら夜来初三の帰宅を待っていたのだ。しかし、どれだけ時間が経とうと帰ってこない。それでも不安になりながら待機していた。もしかしたら、外は雷も落ちている大雨故にどこかで雨宿りをしているのかもしれない……などの可能性を抱いていたのだが。

「これは予想外……」

 唯神天奈は天山市の中央病院へ駆けつけていた。隣には秋羽伊那もいつものようにセットで付いているが、問題は別だ。

 今注目すべき者は。

 清潔感あふれるベッドで体中のいたるところに包帯を巻かれて意識を失っている夜来初三だった。腕には点滴がされており、チューブが伸びている。

(……大怪我)

 目を細めた唯神。

 少し前。

 唯神達は家で彼の帰りを待っていたら世ノ華雪花たちから電話があったのだ。そうして呼び出された結果、この病院という医療機関の一室にたどり着いた。

 もちろん。

 ここまで傷だらけになった夜来初三と対面するとは予想外すぎた。

 病室には彼だけが寝かされている。

 そして周りにはいつもの面子が勢ぞろいしていた。

 世ノ華雪花、鉈内翔縁、雪白千蘭。さらに自分と秋羽伊那も含めれば、ほぼ全て夜来初三の関係者の姿があった。

「状況説明が欲しい」

「……兄様と七色さんが七色寺の境内で倒れてた」

 パイプ椅子に座って、夜来の傍らにいた世ノ華が返答を返す。

 しかし唯神は淡々と続けて、

「倒れてた、ではなく『襲撃された』ではないの?」

「その通りだろうな」

 そこで、雪白千蘭が壁に背中を預けながらポツリと言った。

 その気迫はどこか恐ろしい。殺気立っていることが嫌でも分かる。

 唯神は世ノ華に視線を合わせて、

「誰が襲ったの? 誰が初三たちを運んだの?」

「分からないわ」

「?」

 世ノ華は顔を上げて、

「わからないの。いきなり病院から電話がきて……でも、七色さんまでやられて、兄様もここまで傷だらけになってるから、誰かに襲われたのは分かる。それでも、誰が二人を運んだのかはわからないの」

「七色夕那は?」

「治療中だそうよ。兄様は『サタンの呪い』があるから回復力は高いから問題ない。ただ、出血が激しいから点滴とかはある程度必要だわ。七色さんは……最悪の場合も想定しておいたほうがいいらしい」

「そう……」

 痛々しい夜来初三の姿へ視線を移し、唯神は静かに頷いた。

 すると、彼女の隣にいた秋羽伊那がか細い声で、

「お、お兄ちゃん、大丈夫なんだよね? ね?」

「ん。問題ない。だから安心して」

「ほ、ほんと? 死んじゃったり、しないよね……?」

「死なない。大丈夫。すぐに目を覚ますから」

 唯神はうっすらと笑って秋羽の頭を撫でる。

 と、そこで。

 ガラガラと音を生み出しながら病室の扉が開いた。入出してきた者は二人。一人は私立天山高校の教師である速水玲。もう一人は白衣を着た女の医者だった。

 見知らぬ顔が入ってきたことにより、全員が全員、眉を潜めて女の医者を見る。すると彼女はクマがひどい無表情顔を維持しながら肩をすくめて、

「私は医者故に、患者やその家族からいろいろな感情がこめられた視線を向けられる。悲しみも怒りも、安堵も絶望もね。だが、そういう邪魔者を見る目は初体験すぎる。一応そこで寝ている彼を見たのも私だ。もう少し柔らかく見てくれると助かる」

「彼女は俺と七色の旧友だ。だから安心していい、怪物だの呪いだののオカルト関係も熟知している。今回の夜来と七色の襲撃に関しても、外には流さないでくれるそうだ」

 それならば確かに安心できる。

 この天山市とは特別有名なわけでもなければ悪い点があるわけでもない、普通の街だ。だからこそ―――寺の境内で二人の男と女が血まみれになっていただなんて事実が誰かの耳に入れば、自然とそれは大問題へと進行していく。最悪……というか、ただの医者だったならば警察に即効で調査を依頼するところだろう。患者の二人が刃物で傷つけられて瀕死状態なのだから。

 だがしかし。

 全員の注目を浴びているクマがひどい無表情な女医―――五月雨乙音さみだれおとねが口外無用し、極力話を広めないのならば問題は生まれないはずだ。

「五月雨乙音だ。好きなように呼んでくれて構わない」

 五月雨乙音。特徴なのはそのクマがひどい目と健康状態が悪そうなほどに白い肌だ。どこか灰色っぽい髪は色素が抜けているようで、腰あたりまで伸びている。今にも倒れそうな危ない顔色とぼーっとした顔は、今すぐにでも患者として病院を利用させたいくらいだ。

「―――だったら、クマ女と呼んでも構わねぇんだな?」

 そう返答を返したのは、いつの間にか目を覚ましていた夜来初三だ。彼は自分の腕に通っている点滴のチューブに目をやって鼻を鳴らす。

 当然、世ノ華や雪白などの長時間彼の覚醒を待ちに待っていた者達は驚いて声を上げた。

 秋羽伊那は驚きよりも嬉しさのほうが勝ったようで、泣きながら夜来初三の胸に飛び込んでいた。まだ傷が痛むのか、彼は少々顔をしかめる。

「ほら、伊那。嬉しいのは分かったけど離れなさい」

「いーやーだー!!」

 唯神に強制的に抱っこされた秋羽の声を聞きながら、夜来は一息吐いた。そして五月雨をじろりと睨むように見て、

「あのガキはどうなった?」

「ガキ……ああ、七色のことかい? 彼女ならば今は腹部に空いた穴を塞ぐための手術を受けている」

 夜来はしばし沈黙し、

 はっきりと七色夕那の状態を理解しようと動いた。

「死ぬのか?」

 その問いに反応したのは、この場にいる全員だ。誰もが耳を立てて神経を研ぎ澄ませている。

 中でも、椅子に俯いて座っている表情が見えない鉈内の肩は大きく動いていた。

「……まぁ、その可能性もなくはないかもしれない。私も先ほどまでは彼女の治療を行っていたが、ほぼ刃物が腹部を貫通していた。間違いなく致命傷だろう。―――死ぬかもしれない、とも言えるが……」

 そこで五月雨は少し首をひねって、

「だけど生存率のほうが高い。奇跡的に出血の量や傷口があさかった。だから安心していいよ」

「……そうかよ」

「ところで、君はもう大丈夫なのかい? 何やら元気そうに見えて恐ろしいくらいだが」

「まぁ、あれだけの悪魔ァ背負ってんだ。さすがにこれだけ休めばよくもなる」

 彼は腕に巻かれた包帯を無造作に引き裂いた。おそらく既に完治したため、必要のないものだったからだろう。見れば傷口はしっかりとふさがっている。

 その後もビリビリと包帯を全て外した彼は、最後に点滴を抜こうとした。

 瞬間。

「ねぇ……」

 今の今まで、ずっと口を開くことのなかった鉈内翔縁が俯いたままそう言った。

 夜来は特に反応せず、停止する。

 鉈内は椅子からゆらりと立ち上がって、



「夕那さんやったの―――どこのゴミなんだよ」



 普段の彼からは想像さえつかないレベルの低い声だった。

 今にも暴れだしそうな恐ろしい雰囲気の鉈内翔縁は続けて、

「言えよ。どこのゴミが夕那さんやったんだよ……」

「『エンジェル』のザクロって奴だ」

「で、お前はそのザクロって奴に負けたのかよ……」

「ああ、ボロ負けだ」

 あっさりと敗北を納得した夜来。

 対して鉈内はぎりり!! と奥歯を噛み締めて、

「何で……なん……で……!!!」

「……」

「―――何で夕那さんを守ってくれなかったんだよォォォおおおおオおおオオおおオオおオオおおおオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 殺しにかかるようにベッドへ座ったままの夜来へ飛びついた。さらにその襟首をつかみあげて、目と鼻の先で絶叫する。

「何で!! 何でだ!! ―――お前なら、お前なら守れただろが!!!! 何で……!! 何で夕那さんを守ってくれなかったッッ!! 守り抜いてくれなかったあああああああああああああああああ!!!!」

 八つ当たりだということは鉈内自身、はっきりと自覚していた。

 だがそれでも、納得いかなかったのだ。

 鉈内翔縁は―――弱い。夜来初三よりも弱い。だからこそ、彼は尚更納得いかなかった。



 自分よりも強い夜来初三が、七色夕那を守りきれなかったという事実に―――納得いかなかった。




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