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殺意に特化した化物

 長い階段を駆け上がっていた。

 二段や三段どころか、一気に五段あたりは飛ばして走り上がっていたのではないかと思う。夜来初三は全力で、とにかく全力で階段を登っていく。激しい雨に打たれながらも必死になって足を動かした。

 その結果。

 七色寺の門が見えた。

 ようやく入口へたどり着き、疲労によってヨロヨロと歩きながら境内へ入る。

 そして。

「……」

 真っ先に目に入った光景とは―――



 ピクリとも動かずに血まみれになっている七色夕那の小さな体だった。


 

 口から大量の血を流し、腹部にぽっかりと穴が空いてダバダバと真っ赤な液体をそこから落とし、血の池を作り上げている七色夕那は意識がない。

「……」

 音が、消えた。

 思考が、止まった。

 胸の中から何かがスーッと抜け落ちていく感覚が走り抜ける。その長い前髪のせいで表情は見えないが、明らかに彼の中にあった何かが消失したことだけは雰囲気で分かった。 

「……」

 一向に口を開くことのない夜来初三。

 ただただ、彼は七色夕那という幼い体が赤く染まり上がっていることから目を離すことがなかった。何も言わず、何も反応せず、何も行動できず、止まっていた。

 そのとき。

「遅かったな」

 先ほど通った後ろにある入口の門。その上に座っている一人の男―――ザクロの声だけが雨の中に入り混じってきた。

「あと五分早ければまだ助けられただろう。まぁ、伊吹たちの功績の結果とも言えるか」

「……」

 ザクロは門の上から飛び降りた。

 地面へ音も立てずに着地し、夜来の背中へ声をぶつける。

「しかしまぁ、あまり『アイツ』に反応はないようだな。もちろん、そう安々と存在の解明が成功するとも思えんが」

「……」

「どうした? 何か反応しなくてはこちらとしても困るのだがなぁ」

「……」

「あまりのショックにフリーズしたのか?」

「……」

「チッ。仕方ない。他の奴らを使うことで二回目に挑戦しなくてはならないか」

「……」

「七色夕那に感謝しろ。貴様のためにそいつは自ら命を渡したようなものだ」

「……」

「だからお前に危害は加え―――」

 そこで見た。

 ザクロはそこで、視界に映ったそれを見た。

 その結果。

 目を見開いて驚愕した。

 なぜなら。



 赤い眼球をグラグラと揺らして、血が吹き出しそうなほど血走った猛獣の目へと化している夜来初三が、目と鼻の先に接近していたのだから。




 雷がその猛獣の背後で光った。

 瞬間、夜来初三は右手でザクロの首を締めて向かい側の壁に爆発的な速度で押し込んだ。ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!! という轟音が炸裂し、ザクロは背骨から伝わってくる激痛と喉を握り潰されそうになっている苦痛に悶え苦しむ。

 しかしそれも一瞬。 

 彼は瞬時に懐から十字架の短剣―――あの悪魔祓いに用いられる、夜来初三の弱点そのものの強力な武器を取り出した。

 ガン!! と、その柄の部分を使って夜来の顔面を殴り飛ばす。

 吹っ飛んだ夜来は痛みに声を上げることもなく―――再び一瞬でザクロとの間合いを詰めてきた。

 しかし妙である。

 先ほど、夜来初三はザクロの肉体に完璧に触れていた。すなわち『絶対破壊』の効果範囲内。先の一撃で勝負はついていたはずだった。

 が、夜来初三はザクロを殺していない。

 いや、正確には殺そうと思えなかったのだ。


『絶対破壊』だなんてもので冷静にザクロを殺そうと思えるほど頭が回らず、原始的な『首を締めれば殺せる』という声に従って殺しにかかっていたのだから。


 つまりは、あまりの怒りに冷静な判断能力すらもなくしてしまったということ。武器の使い方を忘れたようなものだ。

 再び眼前で血が飛び出そうなほど充血させた瞳をぎらつかせる夜来。その姿に一瞬でも恐怖を覚えたザクロは、自分自身を奮い立たさせるように、

「図に乗るな……!! 三下があああああああああああ!!」

 ザクロは御札を取り出して―――十字架の短剣ではなく、悪魔祓いで使われる十字架の形をしたロングソードを出現させる。

 西洋風の長い長剣だ。

 それを全力で夜来初三の頭へ振り下ろした。当然、悪魔の力が効くことのない悪魔祓いの長剣。直撃すれば肉どころか骨さえ断たれるかもしれない。

 しかし。

 何と夜来は。



 左手で剣の刀身を無造作に握り止めた。 


 

「ッ!? 貴様、デタラメすぎるだろ……!!??」

 もちろん血が噴水のように左手からは吹き出す。しかしそれでも、肉を切られていきながらも、彼はその剣を握りつぶす勢いで握力を上昇させる。比例して血は飛び散り、激痛が走っているはずなのに、夜来の目は―――文字通り充血しているほど血走っていた。恐ろしいにも程がある殺意のみで構成された目だった。

 サタンの魔眼ではない。

『アイツ』の目でもない。

 つまり怪物の目へと侵食されているわけではない。

 だからこれは。

 この怪物のような目は。

『夜来初三』という『怪物』の魔眼だ。

「とんでもないな……お前……!!!」

「……」

 夜来初三は何も喋らない。ただ、その『殺意に特化した目』だけは一層ぎらつかせる

 そう、まるで。

 ―――俺の母親に手ェだしたテメェは殺してヤル、と瞳で訴えてくるようだった。

 ブン!! と、さらに彼は右手でザクロの顔を握り消そうと大きく腕を振るってきた。

 が、ザクロはもう片方の手に握られている短剣を使って、迫ってくる腕を突き刺し―――ぐぐぐっと押し返す。しかしそれでも、彼は腕を貫通している短剣の存在など気にすることなくザクロの頭を潰そうと腕に力を込めてくる。

 表情に変化はない。

 ただ恐ろしい目が充血によって赤く染まっているだけだ。とにかく夜来はザクロを殺そうとしている。いつものように嘲笑ったり挑発することなく―――とにかく殺したがっている。 

 その獣のような彼へ、ザクロは薄く笑って冷や汗を流しながら、

「貴様―――本当に『人間』か?」

 ググググググググググググググ!!!! と、夜来初三はその化物の顔を近づけてくる。その行動は、とにかく殺そうとしている膨大な意思が感じられた。

 だからこそ。

 ザクロは尋ねていたのだ。

 疑問に思ったから尋ねていたのだ。

 この怪物よりも恐ろしい男は―――本当に人間なのか?

 しかし彼はその疑問へ答えを提示しない。

 とにかく殺せ。

 それしか脳では体中に伝達されていないのだろう。

「七色夕那、あなたは―――こんな化物を育ててやがったのか……!!」

 ザクロは吐き捨てるように言って、

「だがまぁ、私が今までに祓ってきた悪人の中じゃ―――貴様程度はうじゃうじゃいたぞ格下がァァあああ!!!」

 夜来の右腕を突き刺していた短剣をぐるりと回し、無理やり腕から抜き取った。さらに左手で握り止められている長剣も大きく振って、握力の拘束から脱出し、

「しつけをしてやる、猛犬が」

 二本の刀を猛烈な速度で振り回した。あらゆる方向から飛んでくる刃に対し、夜来初三は漆黒の魔力を纏い暴れまわる。しかし魔力が通じないことは変わりない。故に剣と腕がぶつかり合うたびに、夜来初三の肉は切られ血が舞った。

 グッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! という鮮血の音と共に、右肩を長剣の先で貫かれた。

 それでも。

 それでも。

 それでも。

 夜来初三は表情一つ変えることがない。むしろ体を貫通している剣なんて無視して、グイグイとザクロへ襲いかかろうとしながら瞳孔を凝縮させた。

 夜来は左手で肩に刺さっている剣を握る。刹那、単純な握力だけでその刀身を粉々に握り壊した。当然、その左手からは大量の出血が見て取れる。

 さすがに動転したザクロだが、短剣を使って冷静に喉を切り裂こうとする。しかし、夜来はそれを首を傾けるだけで回避すると同時に、短剣の刀身へ狼のようにかぶりついた。

 そして、噛み砕く。

 その口からはバラバラになった短剣の残骸、そして目を背けるような量の血がこぼれた。

(こいつ、いかれてやがる……!!)

 あまりにも獣のように本能で動く夜来の姿は、ザクロに明確な危機感を植え付けた。長期戦はまずい。下手をすれば、悪人祓いの悪人に対して持つアドバンテージを尽く凌駕され、殺される可能性がある。

 魔力を纏った拳がザクロの耳元を射抜く。かろうじて回避に成功するが、今度は容赦のない後ろ回し蹴りが側頭部を狙ってきた。

 咄嗟に地面を転がる。そうして距離を取ると同時に、新たに短剣を取り出して立ち上がる。右手と左手に一本ずつだ。ザクロはあえて倒れている七色に向けて投擲の構えを取った。

 短剣が飛ぶ。

 当然、七色に突き刺さる前に、彼女を庇った夜来の右肩が血を巻き上げる。身を挺して守ることは予想がついた。魔力も短剣には効果がない以上、自然に夜来は傷を負って隙を作る。

 残りの短剣を夜来に向けて投擲。生々しい音が夜来の左胸に咲いた。グラリ、と上体がよろめいてしまう。その隙をついて、一瞬で夜来との間合いを詰めたザクロは、左胸に刺さる短剣をさらに押し込むように靴底を叩きつけた。

「諦めろ。この悪魔め」

 ショットガンで吹き飛ばされたように、夜来は転がっていく。そうして、今度こそ、完璧すぎるほどに動かなくなる。

 その様を見てザクロは鼻を鳴らし、立ち去っていった。遠ざかっていく足音は七色寺から離れていく。

 結果。

 七色寺の境内には、雨が降り注ぐ中に二つの血まみれの体が転がっていた。

 一人は女。

 一人は男。

「……」

 夜来初三は何も声を鳴らさない。痛みに呻くことさえありはしなかった。

 ただし。

 ズルズルと、雨雲を見上げる形で倒れている目覚めない七色夕那のもとへ這いながら近寄っていく。必死になって、そのボロボロの体を引きずって、腕のみを頼りに近づいていく。

 血を吐き、視界が歪んでも、それでも彼は七色夕那のもとへ近寄っていく。

「……」

 ようやくたどり着いた。

 ようやく、目を閉じたまま血だまりの中にいる七色のもとへ、傍へ、彼はようやくたどり着いた。大事な大事な何よりもかけがえのない存在である彼女のもとへ。

 そして。

 地面に倒れ付したまま、彼は涙を堪えながら言った。

 涙声で、雨とは違った液体を目から流して、




「……母さん……」 




 その呼びかけに母は答えない。

 夜来初三は自分の母の体へ手を伸ばす。少しでも触れようとしていた。少しでも感じようとしていた。少しでも彼女に近づきたかった。

 しかし。

 その手は服にさえ届くことなく―――呆気なく力尽きる。

 意識をなくした夜来初三の顔からは。

 何に対してかは分からない、一筋の涙が頬を伝っていた。

 

 

  








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