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圧倒的

 圧倒的という表現が適切すぎる状況だった。

 何十、何百という数を誇る伊吹連が率いる『エンジェル』の攻撃部隊の人員は全て銃火器を所持していた。火力は抜群。故に多少は大悪魔サタンの力を扱う相手でも『一分』は持つと考えていた。

 しかし。

 決着はものの『一秒』でついてしまった。

「うぜぇよ」

 そんな悪人の言葉と同時に。

 溢れ出した漆黒の魔力が周囲一体をなぎ払う。直後に大量の血液が空気中に散布された。身体を下半身と上半身に真っ二つに両断された者もいれば、単純に体の構造自体をぐちゃりと変形させられた者もいる。

 壊滅だ。

 何百という銃火器や防具服を所持して着用していた大部隊が―――一秒で壊滅だ。

 圧倒的以外にどのような表現が可能だろうか。

 圧倒的で圧倒的の圧倒的すぎる圧倒的な破壊の一撃。

 圧倒的という単語がこれほどまでに使用できる場面はそうないだろう。

 だが。

「ほーう」

 唯一、その圧倒的な破壊の嵐から逃れていた―――伊吹連を見て夜来は口の端を釣り上げた。多少の傷を負っているものの、明らかに致命傷は全て回避していた。かすり傷や切り傷が目立つ程度の怪我で済んでいるところからして、おそらく……。

「『悪人』か? テメェ」

「ご名答」

 伊吹は短く返答した。

 対し、夜来は鼻でその様を笑い、

「まぁ、テメェ一人だけが手ぶら&スーツってなァ薄々気にはなってたんだよ。―――そんで? ボクちゃんは一体全体どーんな呪いにかかってるのかなー?」

「『九尾の呪い』」

「へぇ、そりゃまた面白ぇモンに憑かれてんなぁテメェ」

 九尾きゅうびきつねとは、中国神話の生物。九本の尻尾をもつ妖狐―――狐の妖怪である。他にも……九尾の妖狐、九尾狐きゅうびこ、単純に九尾、または複数の尾をもつ狐の総称として尾裂狐オサキとも呼ばれる。万単位の年月を生きた古狐が化生したものだともいわれ、妖狐の最終形態の存在であるとされる。

 つまり妖怪サイドの怪物だ。

 世ノ華雪花に宿っている鬼とは違った狐の妖怪。栃木県の殺生石になっていると言われている九尾の狐。その怪物に関しては、夜来初三も軽くは知っていた。九尾伝説とは、かなり日本国内では有名な故だろう。しかし根本までは勉強なんていちいちしていないので、

「確か九尾ってなァどんな『悪』を背負っているんだっけか? 狐なんつー犬コロ同然のクソにいちいち頭使ってねぇからわからねぇよ」

「……中国の各王朝の史書では、九尾の狐はしばしば瑞獣としてその姿を見せる。『周書』や『太平広記』など一部の伝承では天界より遣わされた神獣であると語られていて、その場合は『平安な世の中を迎える吉兆であり、幸福をもたらす象徴』として描かれている」

「あ? じゃあ何か? テメェが背負ってる悪は『平安な世の中を迎える吉兆であり、幸福をもたらす象徴』だってわけか? ―――つまり『幸福をもたらしたい』っつー『偽善』がテメェの悪ってわけか?」

「肯定しよう」

「アッホくせぇ奴だなぁオイ。ようは『ヒーローぶる』ようなモンじゃねぇかよ。なに? あれなわけ? もしかして、そういうヒーローに憧れちゃってる痛い人なわけ? 必殺技とか作って毎回毎回キメて必殺技叫んでるわけ? ピンチになったら必殺技使う出し惜しみしやがるカッコつけなわけ?」

「好きなように認識して構わない。俺の過去に貴様も深入りする気はないだろう。ただ、『幸福をもたらしたい』という願いが俺の人生上芽生えているだけだ」

 瞬間。

 ギギギギギギ!! という無理に何かを引っ張るような音と共に伊吹の歯―――犬歯が伸び始めていった。さらには爪や髪なども少しばかり長くなり、凶暴な狐に似た姿へと変わる。

 おそらく、その現象は『九尾の呪い』というやつだろう。

「俺がするべきことは夜来初三、お前の足止めだ。故に足の一つや二つはへし折るぞ? マゾヒストならば利害関係が一致するんだが、気は合いそうか?」

「生憎と俺ァサディストサイドだっつーの。つーか、おいおい何だよその面ァ。すげー毛深いじゃん、ダンディーでワイルドだなぁオイ。胸毛むなげとか脇毛わきげとかボーボーなんじゃねーの?」

「それは自分でも恐ろしくて確認したことがないな」

 夜来初三の挑発にちっとも引っかかる様子がない伊吹。彼は右手をカギ爪のように広げて、下から上へ無造作にアッパーのように振るう。

 すると。

 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!! その軌道に従った赤い閃光が地面を削り取っていきながら夜来のもとへ迫っていった。

 しかし。

 当然ながら、その一撃は夜来初三の肉体―――『絶対破壊』によって蒸発するように壊されてしまう。

 夜来は、先ほど自分に直撃してきた攻撃による破壊の跡が残っている地面を見て、

「……『妖力』ってやつか?」

「正解だ。九尾の力は妖力の扱いが可能という点に注目して欲しいものだ。理解してくれたか?」

「しねーよ。俺ァ勉強大ッッッ嫌いなんでね」

 大嫌いという部分を強調した元不登校少年は。

 自分の足元に転がっている死にかけの女にジロリと視線だけを移し、


 その瀕死状態の重傷者である女を伊吹に向けて蹴り飛ばした。


 まるで弾丸のように吹っ飛ぶ女。当然、伊吹は自分の仲間を攻撃することに躊躇い、飛んできた女を胸元でキャッチする。

 しかし。

自分テメェの心配したほうが良いんじゃねぇの?」

「ッ!?」

 背後から聞こえた悪魔の邪悪な声。

 瞬時に伊吹は女を抱きかかえたまま飛び下がり、夜来初三から距離を取った。その直後、轟音が耳元で炸裂した。見れば、先ほどまで立っていた場所には巨大なクレーターが出来上がっている。あと少し反応が遅ければ、間違いなくあの世行きだったろう。

「おいおい―――さっすが『偽善』を宿してるだけあって、お優しいみてぇだな狐くん?」

(コイツ……!?)

 伊吹連は先ほど『幸福をもたらしたい』と言っていた。それが願いであり、悪であると言っていた。だからこそ夜来初三はその『優しさ』を利用したのだ。

 例え偽善でも、そこまで光に満ち溢れようとしている伊吹が―――自分の仲間を見殺しにできるか? もちろん答えはノーだ。故に夜来は彼の仲間である女を使って、伊吹にわざと『助けさせた』。そして隙を作らせたのだ。

 改めて。

 夜来初三は非情だということが分かる場面である。

「極悪な悪たれだな、貴様……まぁ俺も同じような人間だが」

「オッケーオッケー。―――自覚はあるぜクソったれ」

 笑いながら夜来は返答を返し、勢いよく飛んだ。

 そして伊吹のもとへ猛烈な速度で獲物を狙うワシのように急降下し、


『絶対破壊』を纏っている悪魔の右腕を地盤を叩き割るレベルで振り下ろす。


 しかし破壊されたのは地面だけだ。といっても、その威力は半径五百メートルの地盤にビシビシビシビシと亀裂を入れるほど。直撃していたら、それはそれで幕が降りていただろう。

 夜来は、背後からした足音に振り返る。 

「すばしっこい狐だ。ネコ科ってなぁどれもこれも逃げ足だけは一流なのか?」

「狐はイヌ科だ」

「おいコラ。なに真顔で間違い指摘してんだよ、こっちが赤っ恥だろうが」

 狐はイヌ科らしい知識を頭にさりげなく詰め込んだ、勉強嫌いの不登校少年はぺっと唾を吐き捨てる。対して伊吹は『九尾の呪い』に染まりながら、

「お前は強い。それは認める」

「あっそ。で?」

「だがしかし、結局はその魔力にさえ当たらなければいい話だ。『絶対破壊』とやらをまとった体にも、魔力自体にもな」

「それでテメェは、どう俺に一矢報いる気なんだよ。あ? 触れもしねぇで俺に勝とうとか決心してんなら、ちょっと脳外科行ってこいバーカ」

「確かにそれでは勝てない。お前の体……正確には纏っている魔力に触れてしまえば即昇天決定なのは揺らがない事実だ。だから俺はお前より弱い。故にお前に勝てない」

「んーで?」

「だが先ほども言ったろ? 俺は『足止め』が目的なんだ。お前に勝てなくても、時間さえ稼げればいい」

「……」

 夜来は目をうっすらと細めて黙り込む。

 そう、ずっと気になっていたことに我慢の限界が来たのだ。

「さっきから『時間を稼ぐ』だの『足止め』だのと吠えてるが……『何の』時間を稼いでんだよクソ。目当ては俺だろうが。―――俺以外に何かやってるってのか? 俺以外の奴に何かしに行ってるってのか?」 

「……」

「ああ、言っとくが黙秘権なんざ認めねぇぞコラ。吐かねぇなら胃袋に詰まってるモンごと吐かせてやるよ。たーっぷりと胃液ジュース作ってやるから感謝し―――」

 伊吹はゆっくりと口を開き。

 告げた。



「七色夕那」



「―――ッ」

 夜来初三の極悪な笑顔が消えた。

 一瞬で、その名前を耳にしただけで、彼の顔から笑顔どころか些細な動きさえもが消えた。

 指先一つ動かなくなった。

「今、ザクロという『悪人祓い』が七色夕那を始末しに動いている。それの時間稼ぎが今の状況だ」

「……」

「だから貴様に邪魔をされないようにしているのが、俺の仕ご―――」

 瞬間。


 今度こそ、伊吹連という男の上半身が容赦なく潰れた。


 ぐちゃりと、肉が潰れた音と流れ落ちていく血液にうめき声を上げ―――いつの間にか目の前へ移動していた夜来初三に目を見開いた。

「っつが……っは……!?!?」

「……」

 夜来初三は何も言わない。

 笑いもしなければ、追い打ちさえもかけはしない。

 バタリと倒れた伊吹連。何をされてこうなったのかさえ分からない速さの攻撃だった。あまりにも唐突すぎる敗北と激痛に、彼は呻き倒れ伏す。しかし息はある。まだ、死んではいない。

 だからこそ、いつもの夜来初三ならば『確実に殺害していた』はずだ。きっと、間違いなく止めをさしていたはずだ。

 しかし。

 だがしかし。 

 クルリと夜来は踵を返し、立ち去っていく。

 ゆっくりと、フラフラと危ない足取りで歩いていく……が、徐々にその歩行速度を上げていき、早足になった。―――そしてついに、全力で呼吸さえも忘れる勢いで走り出していた。

 彼の瞳は揺れていた。

 怖がるように、怯えるように揺れていた。

 そして。

 夜来初三は走りながら叫ぶ。

 転がりそうになって、つまずいて、倒れそうになるほどの哀れな姿になるほど速く走りながら、

 必死の叫びを上げた。

 絶叫した。



「―――ガキぃぃいいいいいいいいいいいいイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!」


 雨が降ってきた。

 ポツポツと、徐々に勢いを増していく曇天の空から降り注ぐ雨。

 直後に。

 不吉な雷鳴を空は轟かせる。 

 




 

 




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