旅行
少女は全てを破壊し、滅亡させていた。
理由は単純。
気に入らなかったからだ。
カップルも、友達同士の奴らも、兄弟仲良くしている奴らも、全部全部何もかもが気に入らなかったからだ。自分は一人なのに、いつも怖がられてるだけなのに、孤独なのに、なぜ他の者達は群れているのだろう。
自分は孤独で、他の者達は仲間がいる。
おかしい。そんなのはおかしい。
なぜ、私だけ孤独で怖がられなくてはいけない?
なぜ、私だけ友達や仲間という存在がいないのだ?
私だけだ。私以外の者達はどいつもこいつも、笑い合って、時には泣いて、たまには喧嘩をすることが出来る。
私には喧嘩をするほど深く関わった人なんていない。
そう心の中で吐き捨てる少女。
それはもう、週間のように、癖のように吐き捨てていた。
だからこそ、彼女にとってあの出会いとあの事件だけは特別なものだった。
彼女にとって、突如現れたあの少年と出会えたことは、本当に救われた出来事だった。
自分を人間と認識してくれた彼に出会えたことで、彼女は変わった。
いや、戻れた。
人間に戻れた。
これは全てを破壊して滅亡させてきた少女のお話。
悪人のお話。
つまり、鬼に憑かれた少女の悪人話である。
「兄様、コーヒーをお持ちしました」
「……ああ。悪いな」
ドアを静かに開き、その手にアイスコーヒーを掴んだ世ノ華雪花を一瞥した夜来初三の額には、大きな青筋が立っている。
世ノ華はそんな彼に小首を傾げて、
「兄様、どうかなさいましたか?」
「いや、お前……どうかなさいましたかって、言わなくても見りゃ分かるだろ。俺がキレてる理由はそこにあんだろ」
「えーとですねぇ」
夜来が睨みつけている方向に目を向けた世ノ華の視界には……。
「あ、ちょ、ズルいぞ翔縁! 今のはなしじゃ! だって儂まだ回復してないもん!!」
「あーダメダメ。夕那さんはたまーに自分に甘いよねー。あれ? もしかしてあれ? ゆとりってやつ?」
「馬鹿者! 儂の時代は戦争ばかりでお主らのように『ゆとり教育』なんて甘い汁を吸ったこともないわい―――ってああ!? うわーん! 息子がいじめるぅぅ!! 息子がグレたぁぁあああ!!」
「鉈内。お前は自分の母親にぐらい手加減をしてやれ。あと、七色は自分の年齢告白してるようなものだぞ、今の発言」
休日の早朝だというのに、夜来が住むマンションの一室にあるリビングを占領している者達が仲良く大人気テレビゲームをプレイしている真っ最中であった。
何やら七色の年齢が大雑把にバレてしまっているが、そこを指摘すれば後々面倒になるのでスルーしておこう。
世ノ華はニコリと微笑んで、
「兄様は人気者ですねっ」
「朝の十時からこれじゃ、俺ァ人気者超えた人気者だな……人気者ってつらいのはマジだったらしい」
ふと時計を見てから溜息を空気中に散らした夜来。
少し前。
彼が睡眠から目覚めてリビングに顔を出してみると、そこには四人の少年少女達が、はしゃいで、暴れて、ゲーム三昧中という迷惑極まりない光景が目に入ったのだ。
覚醒一番、これは非常にツラい。
何より夜来は、まだ高校生だというのにかなりの低血圧な為に寝起きは非常に機嫌が悪い。
先月は隣室の住人が朝っぱらから大音量で音楽を流した行為に堪忍袋が数秒で切れた夜来が、その部屋をターゲットに壁をドンと殴った結果貫通してしまったという最悪な過去さえ存在する。
そんな彼は、この状況に対して、
「うっせえんだよクソ共がァァああああああああああああああッッ!!」
それはもう、喉を壊す勢いで絶叫した。
彼こそが一番うるさいのだが、そこは触れないでおこう。
「つーか何で俺の家入れてんだよ、あぁん!?」
「やっくんってその口なんとかならないの? 何ていうか下手な悪役キャラっぽさ全開なんですけど」
「殺すぞゴラァ!!」
と、いつも通りのやり取りをしている夜来に、七色が先ほどの質問に対する答えを伝えた。
「いや、なんでと言われても、ここは儂がお主の為に借りているマンションじゃぞ? 実際は儂が借りているのじゃから、儂が合鍵を持っていてもなんらおかしいことはないじゃろうが」
「せ、正論すぎんだろ、クソ! じゃあなんでこんな朝っぱらから俺の家に上がり込んでんだよ!! 迷惑行為にも程ってモンがあんだろ!!」
「ああ、それはじゃな……」
気づいたように返答をした七色は、ガサゴソと浴衣の袖を漁り始める。
その結果、七色が取り出したものは一枚のチケットだった。
「あぁん? ……『神水峽旅館へのご招待』だと?」
「そうじゃ! おもしろそうじゃろ! 丁度学生も連休じゃし、雪白の件を解決した祝いとして行こうという旅行計画が今立っているのじゃ!!」
七色は見た目だけ幼女な容姿を兼ね備えているので、笑うと無邪気な子供そのものだ。
この笑顔を崩壊させるような返答を返すことは普通の人間ならば不可能な話なのだが、夜来初三は誰もが予想外だった答えを告げる。
「そりゃ結構な話だな」
「じゃろ?」
「あぁ、好きなだけハメ外してこいよ」
「……は?」
「あ?」
お互いに「何言ってんのこいつ」といった風の顔で視線をぶつけ合っている。
どうやら、夜来は自分が誘われていることに気づいていないようで、いまだに眉根を寄せて困惑しているようだ。
この状況で口を真っ先に開いたのは、この旅行の主役でもある雪白千蘭だ。
「や、夜来は来ないのか?」
「……あーあーはいはい」
ようやく状況を理解できた夜来はソファに座り込みながら納得したように何度か頷いた。
「なるほどな、俺は誘われてたわけか」
「そうじゃ! 儂が誘わずに自慢しただけだと思っていたのかっ!」
腕を振り回して怒ってくる外見年齢十歳を適当にあしらいながら、夜来は最終的な決断を下した。
「まぁ、俺はパス」
「えぇ!?」
突如、背後から聞こえた一際仰天した声に反応して振り向いてみると。
そこには、世ノ華雪花が顔面蒼白で突っ立っていた。
「兄様、行きましょうよ! お願いですから一緒に行きましょうよぉぉ!!」
懇願して夜来の腰に抱きついてきた世ノ華。
その必死すぎる様子に周りの者達は確実に引いている。
「な、なんで俺がそんなクソ面倒くせぇ所行かなきゃならねぇんだよ。っていうかお前も女のくせしてガキみたいに抱きつくな」
「だってだって、兄様と混浴入りたいんですもの!」
「絶対行かねぇぞ俺ァ!!」
断固拒否の意思を曲げることのない夜来の態度を見た世ノ華は、涙目になって静かに床へ膝をついた。……そう。究極の必殺技を使用する体勢を整えたのである。
「分かりました。兄様、最後のお願いです。兄様がうんと言うまで私はお願いし続けます」
「あ、あぁ? 何を―――」
夜来が訪ね終える前に、世ノ華は必殺技を行使する。
その名も、雪白の事件の時に起きたコーヒーの件でも使用したことのある『頭突き土下座』を。
「一緒に旅行へ行ってください兄様ぁぁあああああああああああああ!!」
ガンガンガンガンガンガンガンガン!! と技名の通り『床に全力で頭突きする痛々しい土下座』を行った世ノ華の姿を見た夜来は、
「止めろアホがァァああああああああああああああああああああ!!」
当然、そんな自傷行為にも等しい頼み方をされれば慌てるのも必然である。夜来は世ノ華の肩を無理に押さえて『頭突き土下座』を阻止しようとするが、世ノ華は意地でも床に額を激突させているので止まる気配はない。
「止めろォォおおおおお!! それ以上やったら頭割れんぞクソガキィィいいいいいいいい!!」
「止めません! 止めません! 止めさせたいのならば兄様も旅行にご同行してください!!」
朝から一番テンションが高い二人の光景を見つめる七色達は、当然、異様なものを見るような目になっている。
まぁ、最後にはやはり、夜来も世ノ華の自傷行為に負けて、
「分かった! 行くからから止めろアホォォおおおおお!!」
仕方なく、本当に仕方なく旅行に同行することになった。