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ツッコミ

 夜来初三という男の性格について事実を確認しよう。

 戦闘時は残酷性などが多い危ない男だが、それらの攻撃性は全て敵に向けられるものであって、味方に危害を加えることは決してない。つまり非情な面が多い少年だ。しかしながら、それらは全て戦闘時によるものだ。日常生活の中では、常に不機嫌そうで悪人面が張り付いていて口癖がこれまた非常に悪い。『殺すぞ』だの『クソ』だのと、映画のヤクザよりも凄みのあるオーラを纏って告げてくるので、雪白達以外の耐性がない者からして見ればめちゃくちゃ怖い。さらに言えば面倒くさがりなところも多い。

 長くなったが、結論としては―――『鉈内翔縁の手伝い』何て面倒なことをするわけがない男ということ。普段の彼ならば『パス』や『知るか』の一言で済まし踵を返す。

 だというのに。

「いいだろう」

 夜来初三はそう言った。

 ……そのまさかの返答に鉈内翔縁は「へ?」と、つい間抜けな声を出してしまう。

 しかし夜来は日傘をさしたまま鉈内のもとへ近づき、早足で近づき、目の前に到着した瞬間に、



 いきなり頬をぶん殴った。



 しかも本気マジだ。

 ズザザザザザザザザザザザザザ!!!! と地面を転がっていった鉈内を見て夜来は……ピクピクと唇を噛み締めて必死に笑いをこらえている。本当に悪魔のような少年だった。

 当然、周りで見ていた雪白、七色、速水は同様に心で、

((((い、いきなり殴ったあああああああああああああああああああ!?!?)))

 そしてもちろん。

 殴り飛ばされた鉈内はガバッと起き上がって、

「テメェまじふざけんなゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

「いや、だって殴れって言われたし」

「だからってマジで殴るやつがいるかああああああああああああああああああ!!!! つか即効で殴んの!?!? 躊躇いもなくいきなり人の顔面ぶん殴んの!? せーのとかよーいドンとかの合図という素晴らしい前置きを実行しないの!?」 

「うっせぇな。殴れつったから殴ったまでだろ」

「せめて合図しろよおおおおおおおおおおおおお!!! 何テメェさっきから傷害罪自覚しねぇで笑いこらえてんだよゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 今にも吹き出しそうな夜来は必死に顔を片手で隠している。しかしながら、余計にそれが鉈内の体を燃やす怒りに油となって注ぎ込まれた。

 気づけば鉈内は走り出していた。

 一瞬で迫ってきた彼に夜来は少々度肝を抜かれる。

 そして。

 結果。


 

 夜来初三も同じように殴り飛ばされた。



 こちらも本気マジだ。

 ド派手に吹っ飛んでいった夜来は地面にもの凄い速度で転がっていく。バタリ、とようやく倒れ止まった彼はしばしピクリとも動かなかったが、

「おもしれェ」

 がりっ!! と土をえぐった指先。

 さらに、ゆらりと立ち上がった全身黒ずくめの少年は鉈内をギロリと睨みつけて、

「いきなり人の顔面ぶん殴ってきやがったんだ―――正当防衛オッケーだよな?」

「どんだけテメェ自分のこと棚に上げてんだよ!!」

「この傷害野郎。とっとと牢獄入ってこいクソボケ」

「こっちのセリフ丸々パクんじゃねえええええええええ!!!!」

 ぜえはあと息を荒げている鉈内と夜来はにらみ合う。その何が原因でここまで緊迫した状態になったか謎であることに雪白と七色は首をかしげていた。

 そこで木刀が二人に投げられた。

 投げた張本人は速水玲だ。

「ま、まあお互いにやる気でたみたいだし、ちょっと試合てきなものをやって―――」

 しかし話は彼らの耳に届かないようで、


「死んどけクソ前髪イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」

「絶対ェ殺すぞウンコ頭アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」


 どちらも手加減だとかやり過ぎないよう注意しなきゃだとかの感情を抱かずに激突した。鉈内の振り下ろした木刀を夜来がギギギギギギギと音を鳴らしながら木刀で防いでいる。

 これまでの時間、わずか二秒。

 どちらも踏み込むタイミングなどをガン無視して、『真っ先に殺しにかかった』という状況だろう。

「誰がウンコだああああああああああああああああ!!!! こりゃ現代っ子の象徴・茶髪っつーんだよ前髪キモロン毛ええええええええええ!!!!」

「あぁ!? 茶色だァ!? カレー食った後のウンコ色じゃねェかよ大差ねーんだよアホが!!!! 大体テメェは何回言ってきかせりゃ分かるんだよクソが!! 前髪は紋様隠してるからだっつの!!!」

「とか何とか言っちゃって現在進行形の厨二病なんだろうオイ!! どうせ鏡見るたびに『隠されし邪眼が解き放たれる!!』とか右目だして言ってんだろ!?!? 言ってんだろ!!?! 認めちまえよぉ前髪いいいいいいい!!」 

「黙れウンコがあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 どうすればここまで仲が悪くなれるのか不思議な二人に、周りの者は皆呆然としていた。速水玲もまさかの事態に突っ立っているだけで、具体的なアドバイスを鉈内に送れていなかった。

 それらに構わず。

 二人は久しぶりに木刀を振り回しながら大喧嘩を披露する。

「ウンコウンコうるせえんだよ前髪イイイイ!!!! あれか!? あれですか!? クソが形態変化してウンコになったんですか!? 『クソったれ』を『ウンコったれ』って言うのかよあぁ!? ほら答えろよ厨二病!!!!」

「さっきから厨二厨二うっせぇんだよウンコが!! クソもウンコもテメェに向けるのにゃ意味なんざ似たようなモンなンだよ!! あれだろ!? あれなんだろ!? 実はウンコって自覚してっから頭ァウンコ色にしたんだろ!? ウンコにしたんだろ!? ウンコなんだろ!? もうお前ウンコなんだろ!?!?」

 二人は木刀をぶつけ合いながら、目と鼻の先で叫ぶ。

「ウンコウンコうるせえんだよボケがああああああああああああああああああ!!!!」

「厨二厨二うっせぇんだよクソがああああああああああああああああああああ!!!!」

 ……もう本当に何があったらここまで木刀を振り回して容赦なく喧嘩できるのか分からなかった。二人の間に何があったらここまで縦横無尽に殴り会えるのだろうと誰もが思うはずだ。

 その疑問は雪白も七色も速水も抱いていた。

 しかし、意外にもこの状況は鉈内に『殺し合い』というルールなしの体験をさせるのには、もってこいだったのかもしれない。 

 なぜなら、夜来初三がすぐに『殺し合い』に対応した個人技術を見せてくれたから。

「クソはクソなりにほどつつしんで水洗便所にレッツゴーしてろよクソガアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 何と彼は―――持っていた木刀を振るうのではなく『投げた』。武器を手放す行為同然だったが、それは鉈内の体へ直撃する。が、寸前で鉈内は刀を使って防いでいた。

 しかし。 

『その時間』を利用して夜来は迫ってきていた。

「っ!?」

 仰天した鉈内の顔面を鷲掴みした夜来の右手。直後にそれは鉈内を全力で投げ飛ばした。吹っ飛んだ彼は咳き込みながら夜来を見上げようとするが―――


 ガキイィィィン!!! と、起き上がろうとした鉈内の手から木刀が吹き飛んだ。

 

 原因は夜来の放った蹴りだ。正確には蹴り飛ばされたと言える。しかしそれでも鉈内はめげずに、お互いに手ぶらになった現状を受け入れた。

 故にもう一度夜来のもとへ突っ込んだ瞬間、

 ズザアアアア!!! と蹴り上げられた土と砂が鉈内の目に入り動きを鈍らせた。

 直後には襟首を強引に掴まれて投げ飛ばされる。

 転がった彼は膝に手をついて立ち上がろうとしたが―――そこで中止の合図が鳴った。

「やめやめー!! はいやめー!! もうやめー!!」

 速水は二人の間に割って入ってそう叫ぶ。

 さらには砂が入ったせいで涙目の鉈内にハンカチを手渡して、

「ほらほら可哀想に。一体どこの誰にいじめられたんだい?」

「元凶はアンタだよ!!」

 しかし元凶は小さく笑って夜来に振り返り、

「夜来。弱い者いじめはダメだろう! ちゃんと謝りなさい!」

「そうっすねェ。弱い者はいじめちゃダメですよね。弱いんですからねぇ。ごめんねェ弱い者、弱い者に悪いことしちゃったよォ。許してくれるかなァ弱い者」

「アンタらマジでグルだろオイ!! つかそこまで悪意こもった謝罪始めてされたわ!!」

「まぁ冗談はさておき。―――分かっただろ? 君は強いが、『殺し合い』には慣れていない。武術には長けているが純粋な戦闘に関してはまだ素人だ」

「わ、分かったから、分かったからちょっとマジ目ぇ痛いからほっといて」

 鉈内の肩をポンと叩いて速水は観客に言う。

 もちろんそれは雪白千蘭と七色夕那だ。

「さて、ご感想は?」

 雪白は苦笑いしながら、

「ま、まぁ二人の仲がよくわからないことは分かった」

 次に。

 雪白の隣に立っていた七色が感心するように腕を組みながら、

「まぁ、翔縁の頭がやはりウンコ色じゃったということは分かったわい」

「アンタ息子になに言ってんのおおおおおおおおお!?!!?」

 鉈内のツッコミも虚しく、

「いやー、儂も疑問じゃったんじゃよ。何でわざわざ茶色なんて下品な色に髪を染めるのかよう分からんかったのじゃ。―――まぁ謎の答えは翔縁がフンだったからじゃな」

フンってウンコより傷つくからやめてくれない!?!? オブラートに包んだのかもしれないけどちょー威力増大してるよ!??!」

「なんじゃフン。うるさいぞ」

「名前すらフンかよ!! 僕の扱いマジでくそレベルだろ!! クソだけに!!」

 うまいことを言ったのか言っていないのか良くわからないツッコミだった。しかし夜来は鉈内に構わず、汚れた自分の黒い服を見下ろして舌打ちをし、

「ったく、おいクソガキ一号」

「息子に一号とか言われた親代わりの儂はどう反応すればいい……? 殴っていい……?」

「『儂がクソガキ一号でーすイエイ』とか言ってりゃいいだろうが。ンなことよりシャワー貸してくれ。どっかのウンコのせいで汚れた」

「なんじゃそのバカっぽいキャラは……まぁいい。さっさと汚れを取ってこい不良息子」

「ウンコの部分否定しろよおおおおおおおおおお!!!! 何か最近、つーか僕ってば扱いひどくない!? 何かちょー僕ってば不幸じゃない!? 不運じゃない!?」

「ウンコだし仕方ねェだろ」

「テメェもっかい表出ろゴラアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 鉈内が過去最大のレベルで激怒している様子は実にシュールにも見えた。さすがに鉈内も今回のボケにはキャラ崩壊が起きるほどのツッコミを要するらしい。

 結論。


 ツッコミは人を変える。


 鉈内翔縁はこの絶対的な事実を身をもって知ったと同時に、ツッコミを控えようと静かに決意する。


 


  



   


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