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稽古

 鉈内翔縁は速水玲と七色寺の広大な敷地の裏を使って体を動かしていた。といっても、彼らはスポーツをするわけでも健康保持を目的としたストレッチをしているわけでもない。

 正解は。


 格闘術の実践訓練だ。


 ドゴン!! という轟音と共に鉈内は体を叩き飛ばされる。

 ゴロゴロと転がっていった彼は即座に立ち上がって、余裕の表情を見せている速水のもとへ走り出していった。彼の顔にはいつもの笑顔がない。代わりに武人としての仮面が貼り付けられていた。

 そんな鉈内から放たれるのは、素早い動きで繰り出される拳と蹴りの豪雨。

 対して、速水は眉一つ動かさずに必要最低の範囲で回避する。

「遅い。正拳突きとは脇をしめることが重要だ。空手道の中には松濤流・剛柔流・和道流などの様々な流派が派生している。だがしかし、結局のところ『当たらねば意味がない』のが攻撃だ。つまり、まずはスピードを意識しろ。力はその後だ」

「―――っ!?」

 ぐるりと視界が反転した鉈内。

 気づけば速水に投げ飛ばされていた。どう攻撃されたのかすら分からないほどの『スピード』。おそらく彼女はその『スピードの重要さ』を言葉だけではなく実践してくれたのだろう。

 しかし裏を返せば。

『実践してもらえる』ほど鉈内は遅くて弱いということ。

(マジむかつくなそれっ……!!)

 吐き捨てた彼は地面に落ちる前に二本の足を使って地上へ着地する。そして飛び出す。間髪いれずに、即座に走り出した。そのスピードには感心したのか、速水はわずかに笑みを見せる。

 鉈内が繰り出したのは、頭部を狙った廻し蹴りだ。しかし、風を切って迫ってくる足という凶器に対して、速水はやはり表情の変化さえ行わない。

 そして。

 ドガン!! と、鉈内のミゾには強烈な中段逆突きという空手道の手技の一つが込められていた。説明してしまえば簡単。腰を落とすと同時に腰を回転させる―――体の位置を低くして腰を回すことで生まれる回転力を利用した猛烈なストレートパンチだ。

 この技のポイントも速度。

 腰の回転力を利用するのだから、遅くては技の鮮度が落ちてしまう。

 がはっ!! と一時的に呼吸を行えなくなった鉈内は思わず後ろへよろよろと後退し、

「い、今の、マジ、無理……!!」

「あとそこも弱点だね」

 速水は咳き込む鉈内を指差し、

「前に夜来と君が殴り合っただろう? 雪白を助けに行く前に」

「あ、ああ」

 呼吸を整えられたのか、汗を拭って鉈内は頷いた。

 夜来初三と殴り合った……というのは、以前、雪白を祓魔師の手から救い出すために動こうとした夜来を元に戻すために発生した出来事だ。雪白の精神的攻撃によって瞳の色をなくしていた夜来初三。彼の心を殴り合って元に戻したときのことだろう。

「君、あのとき夜来に押されただろ?」

「う、うん。まぁ確かに。いきなり唾かけられたり、殴ってもあのクソ野郎、笑ってたりしてて効いてなかったっぽいし……」

「それが足りない」

「どういう……ことっすか?」

「夜来と君が本気で『武術の試合』を行ったら間違いなく君が勝つ。だが―――夜来と君が『殺し合い』を行ったら間違いなく夜来が勝つ」

「……それはつまり。『殺し合い』に慣れてる殺し合いのプロのやっくんは『殺し合いという土俵』では僕より強い。けど、『武術』っていう殺し合いとは違う『試合』というものに慣れてる僕は『武術という土俵』ではやっくんより強いってこと?」

「その通り」

 速水は右拳でグーを作って、それを自分の頬にコツコツと軽く当てながら、

「夜来は戦闘の技術はない。だけど『殴り合う行為には誰よりも慣れている』というのが大きな武器だ。つまり、武術という枠を超えた『殺害に特化した個人技術』をアイツを持ってるということ。実際、アイツに唾を使った目くらましをされて、君は押されただろう? 殴っても殴っても効かなくて、正直びっくりしただろ?」

「まぁ、普通、つば何て使わないし……」

「ほらな。そこだよ。武術を極めている君じゃ、唾を使った目くらまし何て考えつかないだろう? それは武術じゃ唾なんて吐いたら反則だからだ。武術じゃ唾なんて使わないからだよ」

「でも―――『殺し合い』には『もってこいの武器』、だよね?」

「そう。だから『殺し合いのプロ』が夜来。『武術のプロ』がお前だとでも考えていい。だから君は、夜来みたいに『殴られる事に慣れていない』んだ。君は武術を使って回避し、受け止める。対して夜来はうたれ強いから殴られても対してダメージにならない。この時点で―――君は『武術に頼りすぎている』というわけ」

「え、ちょ、じゃあなに? 僕をコテンパンにボコして打たれ強くさせようっての? マジ勘弁なんだけど」

「あいにくと、そういう趣味も趣向も俺は持っていない。だからこれはアドバイスだ。―――君は殴られることに慣れることも必要かもしれんぞ?」

 めちゃくちゃ嫌なアドバイスだ、と思い鉈内は苦い顔をする。

 だがしかし。

 ここで何とも言えないタイミングでも、あの少年が姿を現した。


「あ? テメェら何やってんだ?」

 

 さらに隣には少女がいた。

「おお。稽古中というやつか?」

 夜来初三と雪白千蘭が、寺の裏で行われている戦闘訓練の音に反応して嗅ぎつけてきたようだ。近くには七色もちょこんと立っていて、何やら彼女に用事でもあったのだろうか。

 しかし残念なことに。

 速水はこのタイミングで夜来初三を見逃す訳もなく、しばし鉈内と夜来をチラチラと見比べてから、

「夜来」

「あ? 何だよクソ教師」

「―――君も少し鉈内を鍛えるのに手伝え。具体的には鉈内と殴り合え」

 ……嫌な予感しかしない鉈内はがっくりと肩を落としていた。

 

 

 

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