ザクロ
『エンジェル』の一人、ザクロ。
彼はアメリカのニューヨークにある喫茶店で紅茶を飲んでいた。日本から遠く離れた異国の地ということで、緊張の一つでもしているのかと言えばそうでもない。英語さえ使えればアメリカだろうと何だろうとこの世界では生きていけるからだ。
そして一番の理由としては。
彼は外国に仕事をする経験を何度もしてるからであろう。
ただし彼は一人ではない。
対面には一人のアメリカ人が何やら怪しげなスーツケースをテーブルに置いて座っている。
ザクロは面倒くさそうに溜め息を吐き、
「きっちり報酬分の働きを私はしたぞ? まさか、足りないとか吠えるきではないだろうな?」
「い、いえ!! 約束通り五百万は揃えてあります」
アメリカ人の男はスーツケースを軽く叩いて必死に言い放つ。
英語で会話をスラスラと行うザクロに対して、アメリカ人はなぜか未だに視線を泳がせている。
眉を潜めたザクロは紅茶を一口喉に流し込んで、
「ならばなぜ、そこまでオドオドしている? さっさとその五百万を渡して礼の一つでもして帰ればいいだろう」
「そ、その、本当に、うちの息子は大丈夫なんですか? あんな化物みたくなって、あなたという『プロ』を呼んだのですが、どうしても、まだ不安で……」
「貴様の息子には『呪い』という現象がかかっていた。それを私が解いた。ただそれだけであって、それ以上の事実もそれ以下の事実も何一つ存在しない。安心しろ、息子はもう化物にはならない。私が保証してやる。何かあったらもう一度私を呼べ。それだけだ」
はっきりと事実のみを告げると、男の顔には安心感で一杯の笑みが溢れ出た。その後は約束通りに報酬代の五百万が入ったスーツケースを手渡して立ち去っていく。
一人になったザクロは鼻を鳴らした。
造作もない仕事だったな、と思わず愚痴るようにぼやく。
すると。
「ザクロはちっとあれだよな。何ていうか、馬鹿?」
「開口一番にわざわざ『殺してください』とアピールする理由を教えろゴミ祓魔師」
ザクロと共にアメリカへ来ていた一人の祓魔師・由堂清が、両手いっぱいにホットドッグやフランクフルトを運んで、先ほどまではアメリカ人の男が着席していたザクロと対面の椅子に腰を下ろす。
「いやいやだってお前あれだろー? さっきの依頼、解く『呪い』のレベル高かったんだろ? 俺は悪魔専門だからお前ほど『呪い』全般は分からないが、今回の仕事はレベル高かったろ?」
「私にとってはレベルが低い。故に五百万で十分だ」
「うっそだー。ぜーったい、一千万は報酬として受け取っても問題ないレベルだったろ。あの男の息子の呪い、ありゃ確か北欧神話の上級あたりの神だったろ? そんじょそこらの妖怪や魔物だったなら五百万でもいいが、上級の神クラスとなれば話は別だろ。一千万はいけるって」
「バカが。『その程度』ならば私にとってレベルが低いのだ」
「ふーん」
ザクロは紅茶の入ったカップを揺らしながら、ニューヨークの広大な街並みを眺める。由堂はハグハグとホットドッグを貪るように食している。
そんなダラシない祓魔師は口の中に入ったままの肉を飲み込んでから、
「んじゃ―――『どの程度』ならザクロは苦戦するんだ?」
「さぁな」
「悪魔の神を宿した悪人なら―――一流の『悪人祓い』のお前でも苦戦するのかねぇ?」
由堂の言葉にピクリと肩が上がったザクロ。しかし彼はくだらないと言わんばかりの溜息を吐いて、被っている黒のハット帽で表情を隠した。
「それは確かに反論できんな。あの七色夕那でさえ解いていない身近の呪い。さらには貴様という『悪魔退治専門』の祓魔師でさえ片腕と内蔵をぐちゃぐちゃにした相手だ。夜来初三という悪人に関しては確かな勝算はない」
由堂の右腕―――正確には『義手』にチラリと視線をやったザクロ。機械的な音を鳴らす義手の扱いにようやく慣れたのか、由堂は新しい腕をうまく使いこなせていた。夜来初三の手でぐちゃぐちゃにされた内蔵に関しては、専門の医療機関で大規模な手術を行なった故に問題はない。
ようやく全快状態に戻れている由堂清。
彼は口元についたマスタードを指で取ってペロリと舐めて、
「おいおい勘違いすんなよザクロちゃん。俺は別に『夜来初三』には勝てたぜ? ただ『アイツ』がいきなり出てきて負けちゃっただけ。『アイツ』には負けたが『夜来初三』には勝てたっつーの」
「結果的に敗北しただろう。―――まぁ、そうだな。確かに私達の『現在の目的』は『アイツ』の詳しい研究だ。そろそろ動くか」
立ち上がったザクロはニューヨークの街を歩いていく。
背後からついてきた由堂に背を向けながら、
「任務に動く。日本に出発だ」
「俺は前回『雪白千蘭』を使って軽く夜来の精神揺さぶったが、結果はなしと言っていい。んで、ザクロは今回何をするってわけ?」
「―――『ダシ』に使う人材の変更。やることは貴様と同じで『アイツ』の出現条件の分析らしい」
「ほーう。じゃあ『雪白千蘭』以外をまたダシにねぇ。で、それは誰よ?」
「……」
その問いにザクロは答えなかった。
ただし由堂は何かを悟ったのか、小さく笑って、
「ま、頑張ってきなよ。必要ならサポートもすっから」
ザクロは黒のハット帽を片手でかぶり直してから息を吐いた。
そして先ほど『悪人祓い』の仕事である呪いの駆除で手に入れた五百万が入ったスーツケースを片手に空港へ向かう。
「ところで、パリ人もどきのザクロちゃんのために、一回パリ寄ってく? 本場のハット帽、買ってく?」
「どうやら私は嘔吐物レベルの祓魔師を殺さねばならないらしい」