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盗撮

 遠くから雪白千蘭が走り寄ってきた。夜来初三は缶コーヒーの蓋を片手で開けながら、用事を終えた彼女に尋ねる。

「んで? 目当ての品はあったのか?」

「ああ。問題ない。きちんと購入できた。他にも日用品なども買いだめしてしまったから、少々荷物は多いが」

 夜来初三は雪白の手に握られた、ふくらんでいるビニール袋をチラリと見る。

 そして一瞥し、

「行くぞ。ちんたら歩かれたらこっちが迷惑だ」

 やや乱暴にその荷物の山を雪白の手から奪い取る。まったくもって『持つよ』だの『手伝うよ』などの優しさを見せない彼はあろうことか『迷惑だ』と告げた。

(どうしても……『そこ』は一切治らないんだな……)

 もちろん雪白は彼がこうしなければ行動できない人間だと知っているので、何も言わずに苦笑する。ただし、やはり彼の優しさを信じている彼女からしてみれば心に悲しみが溢れてきた。

 と、そこで。

 次の目的地に向かおうとした夜来は、足を止めて雪白に振り返った。

「……一つ聞くぞ」

「ん? なんだ?」

「何でお前―――『さっき買ったばっかのデジタルカメラを首にかけてる』ンだ?」

 ギクッと雪白の肩が跳ね上がる。同時に紐でかけられたデジタルカメラも飛び上がった。

 しかし彼は全て見抜いているのか、

「おい、ちっとばっかし『記録』を見せみろ」

「き、記録? 何だそれは?」

「とぼけんなアホ。『撮った写真を見せてみろ』っつってんだよ」

「こ、購入したばかりだというのに、何も撮っているわけないじゃないか」

「ほーう。じゃあ何でテメェ何も撮る気がねぇのにデジタルカメラなんぞを首にぶらさげてんだよ、あぁ? あれか? いかにも自分は写真家でーすとかガキみてぇにアピールでもしてんのか? ―――そんな妙な野郎じゃねぇよなお前。つーか特別カメラに思い入れがあるキャラでもねぇ。さて、じゃあちょっと見せてみろ」

「せ、接続詞がおかしいぞ初三!!」

 瞬間。

 夜来の動きがそこで止まった。

「は、初三……?」

「あ、いや、す、すまん! つい……嫌だったか?」

「べ、別に嫌じゃねぇよ。名前で呼びたきゃ勝手に呼べ」

 何やらラブコメ臭プンプンな雰囲気になったが―――『そんな手』に夜来は惑わされなかった。

 がしっ! と彼は、雪白の頭を荷物を置いたことで空いた左手を使って鷲掴みし、

「で? そうやって『何かラブコメっぽい空気にして誤魔化してしまおう』作戦を立てて見事実行した雪白ちゃんは一体何を撮ったんだコラ」

「バレてた!? い、いや、だから何も撮って―――」

「墓穴を掘ったな雪白千蘭。さっきの『何かラブコメっぽい空気にして誤魔化してしまおう』はそこそこな機転だったが、テメェは『何かラブコメっぽい空気にして誤魔化してしまおう』以前に墓穴を掘った」

「作戦名長っ!! というか私は何もしていない!」

「お、おお! 『なに』のイントネーションが正しい女が目の前にいる……何だこの安堵感は……!!」

「唯神達は何をしているんだ!?」

 夜来初三の日常がどれだけ下ネタで汚染されているか一部を嗅ぎ取った雪白だったが、彼は彼女のカメラから意識を離すことはない。

「観念しろやコラ。カメラを渡せ」

「だ、ダメだ!! 恥ずかしいだろ!!」

「おいおい雪白何言ってんだぁテメェ。『一枚も撮ってない新品のカメラ』を見られて『恥ずかしい』と思えるわけねぇよな? 何かしら恥ずかしいと感じるにはそこに―――『何かがある』からじゃねーのか? あ?」 

 視線が泳ぎ始めた雪白。

 彼女は即座に背を向けて一時撤退を企んだ。

 だが。

「逃がすかよアホ」

「―――っ!??!?」

 腰に回された夜来の腕と耳元で聞こえた彼の声によって、頬が一瞬で赤く染まった雪白はプシューと顔から湯気を上げてフリーズする。

 力がなくなった彼女に首をかしげた夜来だったが、原因が何なのかは深く詮索せずに、目当てのカメラをいじりだした。初めは触れたことがない機械だったので混乱したが、一分と経たずに撮った写真が保存されているシステムを見つけ出す。

 そうして掘り出した画像が、

「……雪白」

「な、なんだ?」

 声が裏返った雪白だったが、それは夜来に触れられて恥ずかしいからなどの可愛らしい理由ではなく、『怒った声』にビビっているだけだった。ただ単純に夜来初三のドスの効いた声に怖がっただけだった。

 彼は続けて低く言う。

「これは盗撮ではないのかなァオイ」

「い、いや、その、たまたま見ちゃって―――」

「言い訳はいいわけぇ?」

「親父ギャグすぎるだろ!!」

「ツッコミ入れる場合があんなら、とっととこれについて説明しろや」

 夜来初三がカメラの画面から、先ほど雪白が『つい』撮ってしまった画像を見せつけてきた。雪白の目と鼻の先に押し付けられた画像は何と―――



 夜来初三が幼い子供たちに囲まれる中、怪我をした男の子の手当をしている光景だった。



 伺うように視線をチラチラと夜来に向ける雪白に対して、彼は盛大な溜め息を吐いた。そして無慈悲に、

「消せ」 

「い、嫌だと言ったら?」

「ぶっ殺す」

「いきなり死刑!? さすがに重罰すぎるだろう!! 第一、これほどお前のレアな場面はそう拝めん。それに別に見られて困るものでもないはずだ。どうせ―――『ただ俺はうるせえクソガキを静めるために怪我という敵を排除しただけの結果だ』とかいうつもりなのだろう?」

「……」

 反論できなくなった夜来初三はしばし沈黙する。だがしかし、結局は雪白千蘭の言う通りの言葉を発言しようとしていたのが事実であるので、反論を返すどころか返答を行う気力さえも削がれてしまった。

 夜来は雪白から離れて荷物を取り、日傘で顔を隠しながら歩き始める。

「あのチャラ男あたりに見せやがったら、手足もぎ取ンぞ」

「お前は最後の一言に、なぜいつも殺害予告を付属させる」

「……ただの癖だ」

 夜来初三の『優しさ』を信じ、理解し、肯定している雪白千蘭にとっては、あの写真だけはどうしても消せる代物ではなかった。普段から自分を『悪』と納得することで行動している彼の姿の中で―――唯一『子供を助けているという客観的に見て単純な優しさだけ』を写してくれる写真。

 この客観的だけでも優しい夜来初三を見ていられると、つい笑みが溢れてしまう。そんな雪白は、本当は優しいが優しさを認めない夜来初三の『優しさだけを捉えることが可能な写真』を入手できたことに微笑みながら、歩いていく彼の後をついていった。

 結論は。



 雪白千蘭は誰よりも夜来初三の『善』を信じている。



 これは確かな事実なのだ。

 これは絶対的な事実であるのだ。

雪白ちゃんは、きっといい子になってくれた・・・前よりもいい子に更生してくれた・・・・と作者の自分が涙をホロリと流しています(笑)


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